第201話 雑じゃない?

 アルナの一撃が、ティアラの作った合成モンスターを真っ二つに斬り裂いた。


 鈍い音を立てて上半身と下半身が地面に転がる。


 それを見下ろし、ティアラは顔を真っ青にした。


「う、嘘……私のとっておきが、たった一撃で?」


「弱いわ。あんなもの、いくら生み出したところで私の相手にはならない。実力差、理解できたかしら?」


 鋭い視線を飛ばし、アルナは冷ややかな声でそう告げる。


 圧倒的だ。


 僕は今日ほどアルナの力に恐怖を抱いたことは無い。


 これまで幾度も見たフーレとの喧嘩が可愛く見えるほどの力だ。


 僕では倒せないレベルの魔物を相手に、一撃。


 まさに次元が違う。


「ありえない……ありえない! あなたたちのために長い月日をかけて用意した私の最高傑作が!」


「ご苦労様。無駄な努力だったわね」


「ッ⁉ あ、アルナああああぁぁ!」


 吠えるティアラ。


 彼女は周囲に複数の巨大な魔物を召喚し、一斉にアルナへけしかけた。


 その魔物たちも女神の石を取り込んでいたが、当然、アルナが剣を振るだけで一蹴される。


 肉片が地面を真っ赤に染め上げた。


「何度やっても無意味よ。あなたじゃ私には勝てない」


「くぅッ!」


 ティアラの表情が苦悶に歪む。


 あれだけ余裕の態度を崩さなかった彼女も、もう打つ手が無いといったところか。


 大人しく二人の様子を眺めていると、近くにフーレが下りてきた。


 彼女もまた、アルナを見上げながらくすりと笑う。


「ふふ。アルナちゃんってば無駄に張り切っちゃってるよねぇ」


「え? あれって張り切ってるの?」


 凄い仏頂面だけど。


「そうだよ~。ヒーくんの前だからってカッコいいとこ見せようとしてるんだぁ」


「あ、アルナが?」


「アルナちゃんも可愛い女の子だもん。好きな人の前でくらいカッコつけたいもんだよ?」


「フーレ、あんまり余計なことを言うとあなたも攻撃するわよ」


「え゛」


 アルナの冷ややかな声にフーレの肩がびくりと震えた。


 汗を滲ませながら彼女は苦笑する。


「あ、あはは~、なに言ってるのアルナちゃーん。じょ、冗談に決まってるでしょ~? いまのアルナちゃんに攻撃されたら、私、普通に死んじゃうし~」


「あなたが死ぬなんてこと、世界が滅びるよりありえないわ。いいから、その口を塞ぎなさい」


 じろり、とアルナの鋭い視線が飛ぶ。


 なぜか僕までびくりと肩が震えた。


 いまのアルナのまとう魔力に気圧されている。


「は、はーい、了解でーす……」


 右手を上げて大人しくアルナの指示に従うフーレ。


 普段からお姉さんぶっても完全に上下関係ができあがっていた。


「……そうか。あなたがいたわね!」


「⁉」


 いまのやり取りを眺めていたティアラが、急に矛先を変えた。


 アルナに差し向けていたはずのモンスターたちを、一斉に僕たちのほうへと向かわせる。


「ッ!」


 慌てて剣を構える。


 いま、ティアラが召喚してるモンスターたちは女神の石の力を取り込み続けている個体だ。


 普通に戦えば僕程度なら苦戦する。


 それが何十体も並んでいるのだから、微妙に嫌な予感がした。


 しかし、僕の隣には光の女神フーレがいる。


 彼女は僕の肩に手を添えると、ウインクをして言った。


「ふふーん。ここはお姉ちゃんにお任せあれ☆」


 そう言ってフーレはもう片方の手を上げる。


 かざし、手のひらからいくつもの光線を放った。


 それほど太くも無い光線が、——一瞬にして眼前に迫っていたモンスター全ての眉間を貫いた。


 モンスターたちは即死する。


「チィッ! 光の女神ですらこれほど強いっていうの⁉」


 あてが外れたらしいティアラの表情が、さらに絶望へ近づいた。


 もはや彼女にどうこうできる状態じゃない。


「酷いなぁ。光の女神ですらってなによ~。私、これでもアルナちゃん以外には負けたことないんだよ~? 不思議な力を使うけど、あなたごときじゃ無理無理」


 普段、暴言を吐いても明るい表情を崩すことがない天真爛漫なフーレが、珍しく妖艶な笑みを作った。


 静かに、嘲笑するようにティアラを見下す。


 ゾクゾクゾクッ⁉


 妙な寒気が全身を巡った。


 フーレが本気で切れると、ああいう表情になるのかな? 今回はそこまで怒っていないようだが、想像しただけで震えた。


 普段優しい人がキレると怖い——だな。


「しかも~、いま、私じゃなくてヒーくんを狙ったよね? ヒーくんを殺すか捕まえれば、私たちに勝てるとでも思ったのかなぁ?」


 ゴゴゴゴゴ。


 大気が震えるほどの神力がフーレから放たれる。


 結局怒るんだ!


 隣にいるから僕まで震えが止まらない。


「言っとくけど、私たちに人質とか無駄だよ? ヒーくんごとあなたを殺すもん」


「それは僕に対して酷くない⁉」


 いいけどね。捕まった僕が悪い。


「絶対に蘇生させてあげるからね! 頑張ろう、ヒーくん!」


「そんな笑顔で言うことじゃないだろ⁉」


 家族を殺害する発言をしたあと、痛みとか苦しみとかそういうのは我慢してね☆ と言うフーレ。


 たまにフーレって怖いんだよなぁ……なまじ生命に関する精霊だから、命に軽いって面もある。


 死ねば蘇生! それで丸く収まると本気で思っている。


 この価値観は彼女ならではのものだ。たぶん。

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