第202話 末っ子、もしくは娘

「くぅっ……ぐっ!」


 ぎりり、とティアラは奥歯を噛みしめる。


 悔しそうな表情を僕たちに向けるが、ティアラではどうやら回復に特化したフーレにすら勝てないらしい。


 力量差は判明した。そのことに尋常ないくらいの怒りを抱いている。


 一体、彼女はどうしてそこまで女神たちを超えようとするのか。


 気になった僕は、ここぞとばかりに訊ねた。


「なんで……なんでお前はフーレたちを倒そうとしたんだ? そもそもお前は何者なんだ」


「教えると思う? まだ、まだ私は諦めちゃ——」


「——精霊」


 ぽつりと、背後に立っていたフーレが漏らす。


 僕は目を見開いて彼女の顔を見た。


「まさか……そんなことがありえるの?」


「私たちも確証は無かったよ。最初は」


 フーレが頷く。


 その瞳には確信のようなものがあった《》

「でも戦ってみて、近くで能力を見たからこそ分かった。彼女は私たちと同じ精霊。たぶん、生まれてそんなに経ってないんじゃないかな?」


「ッ」


 図星だったのか、ティアラは分かりやすく驚愕を見せる。


 僕もまた驚愕した。三人の女神以外に精霊がいたことを初めて知ったから。


「どうして……分かったの?」


 もう隠そうともしないティアラ。彼女はフーレに訊ねる。


「だってあなたの力は、——ベースになっているんでしょ?」


「フーレの神力がベースに?」


「うん。きっと、私たちの力をそれぞれ混ぜ込んで生まれたのが彼女。偶然だろうけど、凄い子が生まれたね」


「みんなの力が合わさって生まれた精霊……だから、みんなとは近いようで別の能力が発現したってこと?」


「たぶんね。能力が違うから、断言はできないけど」


「じゃあなんで、家族とも言えるフーレたちを襲ったんだろう?」


「——家族じゃない!」


 吠えるように、叫ぶようにティアラが言った。


 その瞳にめらめらと対抗心のようなものが宿っている。


「私はそいつらを家族とは認めていない! 私は、私だ! お前たちのおまけじゃない!」


「おまけ……?」


 どういう意味だ?


 僕には分からなかったが、隣に並ぶフーレには分かったらしい。


 悲しげに目じりを下げて言った。


「そっか。あなたはそういう風に捉えたんだね」


「くだらないわ」


 アルナが僕の目の前に下りてくる。


「なんとなくわかったけど、対抗心を抱く必要なんてないじゃない。どうして自分が特別だとは思わなかったの? ……いえ、そう思ったからこそ、私たちを憎んだのね」


「二人とも彼女が戦おうとした理由が分かったの?」


「簡単よ。この子は、私たちが羨ましかったの。そのうえ自分にしかない能力を持ち、孤独だったからこそ、逆に私たちを恨み、自分のほうが優秀だと証明したかった。そのうえで、チヤホヤされたかったんじゃない?」


「……え?」


 う、嘘だろ?


 そんなバカげた理由で……彼女は王国と戦争を起こそうとしたのか?


 女神が祝福する国を亡ぼせば、手を貸した自分が勝てるとか思ったり?


 困惑する僕に、ティアラが言った。


「何よ! 私が間違ってるって言うの⁉」


「——当たり前でしょ」


「ぎゃっ⁉」


 ティアラに近づいていったアルナが、拳を握り締めて拳骨を落とした。


 ティアラは凄まじい衝撃を受けて地面にめり込む。


「自分勝手な理由で戦争まで起こそうとするなんて、とんだ家族ね」


「だ、だから! 私はあなたたちを家族なんて認めて——」


「黙りなさい」


「ぎゃふっ」


 またしても拳骨を喰らい、今度は首まで地面に埋まった。


 あれだけの暴力を振るわれながらも平然としてるあたり、本当にアルナたちと同じ精霊なんだろうなぁ。


 僕が受けたら死んじゃいそうな威力が出ている。


「あなたがどれだけ私たちを突き放しても、私たちから漏れ出た力があなたという存在を生み出したのは事実。不快だけど私たちは家族なの」


「不快ぃ⁉ そんな風に言わなくてもいいじゃない! 酷いよぉ」


 僕はぎょっとする。


 いきなり辛辣にされたティアラがぼろぼろと泣き始めたのだ。


 実力でも勝てず、準備したあらゆる障害を正面から粉砕され、最後は殴られ、心も抉られた。


 とうとう耐えられなくなったのだろう。外見どおりの年齢にまで落ちた彼女は、涙を止めることなくギャン泣きを始めた。


 アルナがヤクザみたいな顔でティアラを見下ろしていた。


 あれは確実に怒ってる顔だ。




「あ、あのー……ヒスイ、様?」


 背後からローズが話しかけてきた。


 そう言えばローズやエリザベート殿下が近くにいたことを忘れていた。


 僕は振り返り、彼女に答える。


「なにかな?」


「先ほどから急に地面が砕けたり衝撃波が発生していますが……い、一体何が起こっているのでしょう?」


 事件が解決したことから敬称などを戻したローズ。


 そんな彼女が非常に困惑した様子で僕に訊ねた。


 直後、僕は「いけねッ⁉」とことの重大さを知る。


 ローズやエリザベート殿下は三人の女神が見えない。


 ティアラはアルナたちと違って見えるようだが、アルナたちのことは見えない。


 目の前で繰り広げられた謎のやりとりを含めて、様々な疑問を抱いたのだろう。


 僕はどう説明したらいいのか迷い、——三人の女神に助けを求めた。

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