第63話 vs第一王子
リコリス侯爵の前で二つの属性を操った僕は、案の定、その情報をリコリス侯爵経由で国王陛下に知られる。
すると、前回の謁見からまだ一ヶ月も経っていないというのに、もう二度目の謁見が決まった。
できればもう少しだけ遅くてもよかったのに、と思いながらも、正装に身を包んで王宮を訪れる。
相変わらず荘厳な造りだ。外も内も異様にピカピカ光っているように見える。
だが、謁見の間に立ち込める空気感だけが、以前とは違って少しだけ柔らかかった。
その理由は、恐らく国王陛下のそばに控える三人の子供。
子供と言っても僕より年上だ。
ひとりは次期国王にもっとも近いと言われる第一王子のリベル。
国王陛下によく似た顔つきの青年だ。
他にも、側室の女性の血を濃く継いだと思われる二人の男女がいた。
第二王子のアインに、第一王女のマイア。
どちらも第一王子とは違って黒髪である。
前回は多くの貴族が謁見の間にいた。そのせいで緊張もぐんと上がっていたが、今回はたった数名。
これなら緊張もそこまでしない。
ホッと胸を撫で下ろし、しかし、——面倒な事態になった。
第一王子のリベルが、僕の実力を疑って喰ってかかる。
疑うというより、どうやら、師匠であるペンドラゴン公爵とやらに認められた僕が気に入らないらしい。
傲慢さと自己顕示欲の塊みたいな男が、実力を調べるために僕に勝負を挑む。
国王陛下からもちょうどいいと言わんばかりに打ち合いを所望され、一介の男爵がそれを断ることなどできなかった。
渋々、陛下や殿下からの提案を承諾。
全員で、謁見の間から近衛騎士などが訓練を行う広場にやってくる。
「さあ、剣を取れ男爵! 魔力は好きに使ってくれて構わない。これは能力を示すための場だからな!」
木剣を握り、やる気まんまんな第一王子リベル。
ぶんぶんと素振りを行う姿は、たしかに訓練を受けた
だが、僕が魔力を使うと、下手すると第一王子を殺すことになりかねない。
相手がアルナくらい強いならまだしも、それを一国の王子に求めるのは酷だろう。
できるかぎり魔力の出力を絞って、第一王子と向き合う。
国王陛下の護衛も兼ねているペンドラゴン公爵が僕たちの間に立ち、かしゃりと騎士甲冑を揺らして告げた。
「——勝負開始!」
「おらああああぁぁ————!」
試合開始の合図が告げられるや否や、第一王子リベルが王子とは思えない声で地面を蹴る。
すでに魔力を使っているのだろう、一瞬で五メートル近い距離を踏破し僕に迫る。
振り上げた剣を力強く落とした。
それを手にした木剣で防ぐ。
カーン、という乾いた音が訓練場内部に響く。お互いの剣がぶつかり、鍔競り合いになった。
「ほほう? 俺の剣を止めるとはやるじゃないか。お前はなかなか骨があるな」
「どうも」
この程度の打ち合い、アルナに比べれば児戯だ。
彼女の刃は、というか魔力を用いた訓練は、たとえ木の枝であろうと油断できない。
アルナなら木の枝で真剣を切断することも可能だ。
木剣を切り裂くどころか、ヒビすら入れられないのでは、第一王子リベルの実力もそこまで高いとは言えない。
ぐぐぐ、と全力を入れてくるので、パワーで押し返す! ——ような真似はしない。
体ごと剣を斜め横にズラし、相手の力を受け流す。
全力だったこともあり、やや前のめりに第一王子は倒れる。
魔力が使えるなら転ぶことはあるまい。だが、そこには致命的な隙が生まれる。
これまで随分とゴリ押して勝ってきたみたいだが、それが通用するのは格下まで。
いや、むしろ格下にも通用しなくなってくる。
現に、ただ受け流しただけで王子の目は驚愕に変わった。
一歩前に足を踏み出し、それを軸にふんばる。
全体重がいま、第一王子の左足に集中している。それは逆に、すぐにエネルギーの移動ができないことを意味していた。
であれば、あとは木剣を振り下ろすだけで勝てる。
熱くなり、本来の実力をまったく発揮できなかった己を悔いてほしい。
そう思いながらも僕は、剣を相手に当てないように振り下ろした。
第一王子リベルの首元でピタリと止まる。
直後、
リベルが振り返った体勢のまま、
「勝負あり!」
審判役のペンドラゴン公爵の声が再び響いた。
ほぼほぼ魔力を使うこともなく勝利する。
一瞬だ。
「な……な……!」
わなわなと、あまりにもあっさり負けたものだから、第一王子が怒りに震える。
僕との打ち合いは二手で終わった。そりゃあ恥ずかしいし苛立つ。
「今のはなしだ! ズルいぞ、受け流すなんて! 魔力の勝負なんだからもっとパワーで……!」
意味不明な言い訳をまくし立てる王子。
ぎゃあぎゃあとひとり騒ぐ中、その言葉の途中で国王陛下が口を挟む。
「リベル! 黙れ。勝負を挑んでおいて、魔力すらろくに使われずに負けるとは……なにを熱くなっているのだ!」
「お、お父様……しかし、いまのは魔力とは関係のない戦いでした! もう一度、もう一度戦わせて——」
「くどい! お前は魔力すら使うに値しない姿を見せたのだ。まさか嫉妬に狂ってあのような醜態を晒すとは……しばらく自室で頭を冷やせ!」
くるりと踵を返し、国王陛下は来た道を戻る。
置いていかれた第一王子リベルのほうへ視線を伸ばしつつ、僕もまた国王陛下の背中を追いかけた。
実際、魔力なんてほとんど見せていないけどよかったのかな、あれで。
無言で進む陛下の背中に視線を戻し、ふと僕はそう思った。
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