第211話 王女様がきた

 国王陛下との謁見が終わった。


 いろいろ話しかけてくる貴族がいたが、忙しいと断って急いで自宅に戻ってきた。

 途中、マイア殿下がなんか言ってた気がするが、聞かなかったことにして帰ってきた。


 リビングのソファに座り、ずーん、とテンションを下げる。


「陞爵……しちゃったなあ」


 するとは思っていたが、子爵からもう伯爵だ。

 きっと本来はもっと爵位を上げてくれ——と言えば通ったんだろう。

 わざわざ一つしか爵位を上げなかったのは、僕が爵位に頓着していないから。

 陛下も陛下で考えてくれたに違いない。


 違いないが……もっとこう、ね?

 めんどくせぇよ、貴族社会。

 思わず汚い言葉が内心に溢れる。


 すると、頭上から声が落ちてきた。聞きなれた女神たちの声が。


「ふふふ。ヒーくんってば落ち込んでる~」

「そんなに嫌だったの? 爵位が上がるの」

「くすくすくす。爵位など所詮は飾り。あなた様を表現するのに相応しくありません」

「みんな……そりゃ落ち込むし嫌だよぉ。カルトの言葉はともかく、別に上がったところで良いことないしね」


 むしろデメリットがあるとさえ言える。


 今度はどんどん貴族同士の付き合いとやらが増えるだろうしね。


 そういうのやめてほしいと陛下に言ったらOKもらえるかな? 僕、期待のドラゴンスレイヤーらしいし、ワンチャン?


「もらえる物はもらっておきなさい。いずれあなたの役に立つ可能性があるわ」

「そうかな?」

「そういうものよ。特に目に見えないものはかさばったりしないしね」

「……確かに」


 それはアルナの言うとおりだった。

 現物は困るが、爵位なら形はない。いずれ、僕にとって有利に働く、かも?




「——ヒスイ? いるの?」


 コンコン、コンコン、とリビングの扉がノックされた。

 聞こえてきた声は……アルメリア姉さんだ。


「アルメリア姉さん? いるよ」

「あ、本当にいた。どうしたの、ヒスイ。こんな時間に家に帰ってきて。今日は陛下との謁見があると聞いたけど……」


 ガチャリと扉を開けてアルメリア姉さんがリビングに入ってくる。

 僕の対面に座って首を傾げた。


「謁見ならもう終わったよ。長話になりそうだったから急いで帰ってきた」

「そうなの? 何か陛下から褒美はもらえた?」

「もらえたよ。うん……もらえたね」

「その様子だとあまり嬉しくないのかしら」

「陞爵だったんだ」

「陞爵……というと、ヒスイは子爵から伯爵になったのね!」


 パン、と手を叩いてアルメリア姉さんは嬉しそうに微笑んだ。


 これが普通の人の反応だ。普通の人は爵位が上がると喜ぶ。なぜなら、爵位とは普通に暮らしていたら上がらないものだから。


 一代で底辺男爵子息から伯爵家当主まで成り上がったのは、歴史上僕だけらしい。

 陛下がそんなこと言ってた気がする。


 他のドラゴンスレイヤーはそこまで出世しなかったのかな?


「嬉しそうだね、アルメリア姉さん」

「もちろん嬉しいわ。自慢の弟がもう伯爵になったんだから」

「僕としては複雑だよ。どんどん面倒になってくる」


 柵とか柵とか柵とか。

 それらもろもろを弾くための許可を陛下にいただきたい。


「ヒスイはあまり爵位を上げるのに積極的じゃないのね」

「まあね。僕は姉さんたちと穏やかに暮らせればそれでいい。別に権力はそこに必要ない」


 金だけは無限に欲しいけど。


「それもそうね。私もヒスイやアザレア姉様たちがいてくれればそれでいいわ。決して裕福じゃなくてもいいの。ただ、みんながいてくれればそれで」

「ふふ。ありがとう、アルメリア姉さん。でも甘いね」

「甘い?」

「僕はみんなを幸せにしたいんだ。金だけは稼ぐ。今回の件で報奨金も出るらしいからまた金が増えたしね」

「まあまあ。さすがヒスイね。自慢の弟すぎて目が眩むわ」

「それほどでもある、かな?」


 あはは、と僕とアルメリア姉さんは笑いあう。

 そんな時間が二時間ほど経った。

 その時。


「旦那様、お客様がお見えです」


 コンコン、とリビングの扉がノックされた。

 口調からしてメイドだろう。


「お客? 誰かな」

「マイア王女殿下です」

「ま——⁉」


 ままま、マイア殿下ぁ⁉

 王宮で別れたはずの彼女が、なぜ僕の家に⁉


 驚きながらソファから立ち上がる。


「と、とりあえず連れてきて。お願い」

「畏まりました」


 メイドの女性は滑らかに答え、その気配が遠ざかっていく。

 いきなり来訪で驚いているのは、僕——とアルメリア姉さんだった。


「ま、マイア殿下が家にきてるの? び、びっくりね……私は先に部屋に戻るわ。ゆっくりお話ししてちょうだい」

「え? 別にここにいてもいいんだよ、アルメリア姉さん。マイア殿下は心の広い人だからね」

「遠慮しておくわ。私……人見知りだから!」

「あ! 姉さん!」


 アルメリア姉さんが勢いよく部屋から出ていってしまった。

 僕の味方をしてくれる者はもういない。

 がっくりと肩をすくめ、ソファに座り直す。


 それから少しして、リビングにマイア殿下が姿を見せた。


 果たしてなんの用事だろう?


———————————

あとがき。


『俺の悪役転生は終わってる』

『最強の悪役が往く~実力至上主義の一族に転生した俺は、前世の知識を使って世界最強の剣士へと至る~』

新作二作も面白いのでぜひ見てください!

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