第210話 今度は伯爵ですか
夏休み、アネモネとともに皇国へ行くことになった。
目的地は海上都市アクアビット。
皇国の首都へ繋がる唯一の海路中継地点だそうだ。
わざわざ海の上に都市を作るなんて……と思ったが、どうやら少しだけ違うらしい。
アクアビットは、厳密には無人島を開拓して街にしている。
周りが海に囲まれているため、海上都市を名乗っているのだとか。
どちらにせよ船でしか行けないのなら、確かに海上都市——と言えなくもないのかな?
それだと全ての街が海上都市みたいなものだけど。
「——ヒスイ・ベルクーラ・クレマチス子爵。どうぞこちらへお進みください」
おっと。考え事をしていたら呼ばれた。
僕は言われたとおりに兵士が示した道をまっすぐ進む。
現在、自宅を出た僕は王城内部にいる。
何をしに来たのかって? もちろん国王陛下に会いに来たんだ。
よく磨かれた美しい壁面を眺めながら歩いていると、やがて謁見の間へ繋がる大きな扉が見えた。
扉の両サイドには鎧をまとった兵士が二人。
その兵士が扉を開けると、すでに何人もの貴族が広間に集まっている。
僕を見た瞬間、ざわざわと騒ぎ始めた。
奥には玉座に座る陛下と、隣にはマイア殿下の姿も。
アイン殿下はいないのかな?
まあいいかと思考を切り替える。扉が完全に開くのを待ってから、僕もまた謁見の間へと入る。
「よく来てくれたな、ヒスイ子爵」
僕がカーペットの半ばを超えて膝を突くと、陛下が優しい声をかけてくれる。
頭を垂れ、しっかりと挨拶した。
「滅相もありません。陛下がお呼びとあらばどこへでも」
「うむ。ドラゴンスレイヤーの言葉は頼もしいな。……して、単刀直入にはなるが、子爵に訊きたいことがある」
「なんなりと」
「子爵に頼んでいた帝国の件はどうなったかな? 一応、同行したグリモワール公爵令嬢から手紙はもらっている。詳しくは子爵から聞いたほうが早いともな」
「説明させていただきます」
一拍置いて、周りが静かになった途端、僕は話を始めた。
「まず、帝国が王国へ戦争を仕掛けようとしていたのは事実です」
「なんと⁉」
静まり返ったはずの空気は、僕の一言で再び喧噪を生んだ。
左右に並ぶ貴族たちが「このまま戦争だというのか⁉」と心配そうな声を漏らしていた。
陛下が、
「沈まれ、皆の者」
と彼らを治める。
なんとか動揺は少しだけ小さくなった。が、まだ不安を抱えている貴族たちは多い。
僕はさらに続ける。
「皇帝陛下には女神の石と呼ばれる頼もしい道具と、魔物を操る能力を持った協力者がいました」
「魔物を……操る?」
おや? この話はしてなかったのかな、アネモネは。
「はい。どれほどの能力を持っているかまでは確認できませんでしたが、ご心配には及びません。すでにその者はどこかへ消え、戦争に必要だった女神の石は全て破壊しました」
アルナがね。
「その際、協力してくれたエリザベート皇女が皇帝陛下を説得してくれましたので、戦争にはならないでしょう。要するに、問題自体を解決してきました」
「おお! さすがドラゴンスレイヤーだ!」
「あんな小さな子供が、戦争を止めた⁉ まさに英雄的偉業ではないか!」
「まさに神が我々のために遣わしてくれた使徒に違いない!」
わあああ! と僕の言葉を聞いた貴族たちが盛り上がる。
その勢いは今までの比じゃない。
めちゃくちゃ騒がしくなったが、国王陛下はそれを咎めることなく満足げに頷きながら聞いていた。
どうやらこういう盛り上がりは悪くないらしい。
「そうか。子爵には世話になるな」
「いえ。これも王国の臣民として当然のことかと」
「うむ。貴殿の働きに褒美を与えたい。何か欲しいものはあるか?」
「わたくしとの結婚でも構いませんよ?」
なぜか急に陛下の横からマイア殿下が口を挟む。
貴族たちが一斉にざわっと沸き立つ。
「し、子爵がマイア殿下と結婚⁉ なんと……それはまた素晴らしい話ですな!」
「子爵はいずれ伯爵……いや、侯爵にまで昇るでしょう。今から手をつけておいて損はない!」
「い、いえ……さすがに褒美で殿下と結婚するのは失礼かと」
なんでそんな好意的なんだよ! 前はあんまり認めてくれるような空気じゃなかったはずなのに。
あれか? ドラゴンスレイヤーを国がらみで囲んでおきたいのか?
別に僕は王国を出るつもりは今のところないけどね。
「子爵とわたくしの間には愛がありますから問題ないですよ」
初耳ですが?
「ごほんっ。まあ、そういう話はプライベートでしてくれ。当然、褒美は別のものだ。無難に金銭と……伯爵の地位かな?」
「ッ」
マジかよ。金はまだしも一番いらんものが増えた。
だが、陛下の言葉を否定するのは不敬罪にあたる。
謙虚が美徳とされる世界ではないのだ。みんな、普通はガツガツもらっていく。
なんだか、本気でマイア殿下との婚約を狙っているような感じがした。
渋々、僕は頷く。
「ありがたき幸せ」
と。
本当は全然幸せじゃない。
———————————
あとがき。
新作二つ、面白いよ!よかったら見てね!
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