第15話 姉さんを守る
コスモス姉さんに尾行され、三女神の存在がバレた。
幸いにもコスモス姉さんは、フーレたちが女神だとは気付いていない。
それよりも先に、茂みをかきわけて魔物が現れる。
「————!」
犬型の魔物が奇声を発する。
何度見ても醜い姿だ。
しかし、あんな外見でも肉は食べられる。
僕も最初はびっくりした。
教えてくれたのはフーレだ。倒した魔物を前に、彼女はたしかにこう言った。
「この魔物どうする? 焼いて食べたら結構おいしいよ~」
と。
もちろん僕は冗談だと思った。
見るからにゲテモノの肉を食べるなど、導火線に火がついた爆弾を抱えるようなもの。
結果は明らかだ。
けれど、フーレは何度も「魔物のお肉は美味しいの! 本当だよ!」と力説する。
いざという時はフーレに治療を頼み、彼女に唆された僕は初めて倒した魔物の肉を食べてみた。
……マジで美味しかった。
僕が普段、肉なんて食べていないからそう感じただけなのかもしれない。
それでも、たしかに美味しかったのだ。
気付けば焼いた肉はすべて僕の胃袋に収まった。
ドヤ顔を浮かべるフーレにお礼を言って、それからも魔物を倒しては定期的に食べている。
おかげで、朝・夕の質素な食事も我慢できた。
——つまり。
僕の目の前に魔物が現れたってことは、食料がそこにあるってこと。
戦闘経験を積むためにも、一歩まえに出る。
そこで二つほど気付いた。
ひとつ。
僕はまだ武器を持っていない。
家族にバレたら言い訳ができないため、いつもはこの辺りの茂みの中に隠していたからだ。
ふたつ。
僕の後ろにはその家族のひとり、姉コスモスがいる。
彼女の前で【魔力】か【神力】を使えば、僕の力がバレてしまう。
アルナに頼めばあんな魔物ごとき、軽く瞬殺してくれるだろうが……。
そうなると今度は、アルナに関して説明しなきゃいけない。
自分の力がバレるのと、アルナたちの説明をするの、どちらがより面倒か……。
誤魔化すなら後者。理由なんていくらでもでっち上げられる。
だが、仮に、アルナたちのことが両親にバレたら……。
僕の秘密がバレるより面倒なことになるかもしれない。
そうでなくとも、あまりアルナたちのことは喋りたくなかった。
少しでも迷惑をかけたくなくて、僕はやっぱり魔物と戦うことに決める。
あとはコスモス姉さんが秘密を守ってくれることを祈るばっかりだ。
「な、なにあれ!? 気持ち悪い……。は、早く逃げなきゃ! ヒスイ!」
コスモス姉さんは、初めて見る魔物に恐怖を抱いていた。
無理もない。
これまでほとんど魔物が人里に近付いてくることはなかった。
フーレ曰く、魔物にもある程度の知能はあるらしい。動物が人間を見たら逃げようとするように、魔物たちも本能的に恐ろしい相手がいるとあまり近寄ってこないとか。
この辺りにいる人物で、魔物が嫌がる相手……。
まあ、三女神だろうね。あとはアザレア姉さんか。
コスモス姉さんは僕と同様にあまり家から出ない。
人里に近付く魔物の大半は、アザレア姉さんが倒していたから、未知の生き物を前に恐怖心を抱いてしまった。
外見もアレだし……。僕も最初は怖かった。
魔力も神力も呪力も持たないコスモス姉さんが、その恐怖心に抗う術はない。
ガクガクと震える彼女に、しかし僕は笑顔で言った。
「平気だよ、コスモス姉さん。あのバケモノは……僕が倒すから」
「——え? な、なに言ってるの、ヒスイ? あんなバケモノに勝てるわけ……」
「大丈夫」
コスモス姉さんの台詞を遮る。
一歩、また一歩と歩き出しながら告げた。
「姉さんは僕が守る。姉さんがしてくれたように」
「ヒスイ……」
意識を切り替える。
武器はないが、戦闘態勢に入った。
【魔力】を使える僕なら、たとえ剣がなくても戦える。
肉体を限界まで強化し、——地面を蹴った。
「——ふっ!」
目前に迫った魔物の顔面を蹴る。
魔物は僕の動きに対応できなかった。
子供だと思って油断したのか? 生憎と、いまの僕は大人が相手だろうと余裕で勝てる! ……はずだ。
確証はないが、これまで魔物を倒してきた実績はある。
倒れ、転がる魔物へ追撃する。
魔物もやられっぱなしじゃない。鋭い牙や爪を使って反撃してくる。
が、そのどれもが遅い。余裕で回避できる。
こちらが一方的に攻撃を仕掛け、相手の体力がなくなったところで——。
ゴキンッ!
首をへし折った。
さすがに素手だと決定打に欠けるからね。急所を折ったほうが早い。
最後に不気味な奇声が口元から漏れると、魔物はそのまま動かなくなった。
べろん、と長い舌が垂れて絶命にいたる。
———————————————————————
あとがき。
マッスルは全てを超越するのだ……。
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