第84話 仲良し兄妹?

 第一王女マイアと姉コスモスの激しいやり取りに挟まれた翌日。


 僕はやや疲労を残しながらも学校に登校した。


「おはようございますヒスイ男爵」


 例のごとく校舎の入り口で僕を待っていたマイア殿下が挨拶する。


 たった一日で彼女の対応にも慣れたものだ。内心の動揺を悟らせないよう、努めて冷静に挨拶を返した。


「お、おはようマイア殿下。今日も僕のことをわざわざ待っていたんですか?」


「はい。わたくしにとってヒスイ男爵を待つ時間はとても楽しいひと時でしたよ。だからご心配ならずに」


 いや心配とかそういう話じゃない。待たせている僕に対してなにも相談しないのが問題なだけだ。


 別に同じクラスなんだから教室で待っていればいいのに。


「別に僕のことを外で待つ必要はありませんよ? 教室で待っていれば会えるかと」


「それでは面白くありません」


 ぶー、とマイア殿下が口を尖らせる。可愛いけどなにを言ってるのかはサッパリだった。


「面白くない……?」


「ええ。全然まったくこれっぽっちも面白くありません。ここでヒスイ男爵を待つことに意味があるのです。ドキドキしてワクワクするんです!」


「な、なるほど……?」


 彼女が言ってることが理解できなかった。


 これは僕が悪いのか? それとも彼女の頭がちょっとアレなのか?


 実に返事に困った。


 もう半ばマイア殿下の説得は諦めていると、そこに彼女の兄が姿を見せる。


 第二王子アイン殿下だ。


「やあ、おはよう、マイアとヒスイ」


「おはようございますお兄様。奇遇ですね」


「おはようございますアイン殿下」


 振り返って背後に立つアイン殿下へ挨拶を返した。


 アイン殿下はニコニコ笑顔で続ける。


「奇遇って……マイアが早くに家を出るから一緒に登校できないんじゃないか。妹のくせに兄を放置するなんて酷くないか?」


「妹のくせに、と言うお兄様のほうが酷いかと。それにわたくしにはお兄様と登校するより大事な用事があるのです!」


「その用件がヒスイ男爵かな?」


 ジト目でアイン殿下がマイア殿下を睨む。


 彼女は満面の笑みでこくりと頷いた。


「その通りです! わたくしにはヒスイ男爵と朝に挨拶を交わす……という大事な用事があります。ですのでお兄様は、ひとり悲しく登校してください。さようなら」


 マイア殿下がひらひらと手を振る。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 僕だってヒスイに話があるんだから少しくらい時間をくれ!」


「ダメです。朝はわたくしと一緒にお話するのがヒスイ男爵の日課。それをお兄様といえども邪魔させません!」


 あれぇ? 僕、そんな日課なんてないけどなぁ……僕の知らない情報が他人の口から出てきたぞ?


 首を傾げていると、背後でアイン殿下が深くため息をつく音が聞こえた。


「お前って奴は……ヒスイも大変だね。こんな重い妹が相手で。王族だからって構う必要はないよ。第二王子アインの名において許可します。マイアが嫌だったら無視していいから」


「お兄様! どうしてそんな酷いこと言うんですか!」


 あまりにもザックリ言うから僕はびっくりした。


 当然マイア殿下も怒る。


 だがアイン殿下はさも当然のように告げた。


「僕は間違ってないだろ。聞いた話によると、昨日、無理やりヒスイを紫の塔へ連れていったって報告が入ってるぞ。ヒスイは僕の家庭教師でもあるのに酷いじゃないか!」


「無理やりではありません! お兄様の僻みじゃないですか! わたくしは呪力に伸び悩んでいるんだからわたくしが優先でもいいでしょう!?」


「ふざけるな! 僕だって神力の制御能力はまだまだなんだ。しっかり僕にも譲ってもらうよ!」


「お兄様の馬鹿! 鬼畜!」


「なんだと! マイアのワガママ! 束縛女!」


「誰がですか! ぐぬぬぬ!」


「お前以外にいないだろ! ぐぬぬぬ!」


 至近距離でお互いに睨み合う王族。


 僕は完全に蚊帳の外だった。


 罵詈雑言の嵐が飛び交う中、僕は二人を無視して校舎に入っていく。


 今日も一日頑張ろう。




 ▼




「さあヒスイ! 僕と一緒に白の塔へ行こう! 今日は僕の番だ!」


 バン、とアイン殿下が強く机を叩いた。


 放課後、授業が終わるなりいきなり彼は僕の前に現れた。現れてすぐに要求を行う。


 ちらりと今朝アイン殿下と喧嘩していたマイア殿下のほうへ視線を送ると、遠くでこちらを恨めしそうに見ている彼女に気付く。


「マイア殿下とは話がついたんですか?」


「ああ。しっかり公平に権利を獲得した。ヒスイは気にしなくていい」


「それなら別に構いませんが……」


「本当かい!? じゃあ早速白の塔へ行こう! 今日はみっちり僕の練習に付き合ってもらうよ!」


 ぐいっとアイン殿下に腕を掴まれて引っ張られる。


 慌てて鞄を持つと、そのままアイン殿下と共に廊下へ出て外に向かう。


 白の塔ならまたコスモス姉さんに会えるかな?


 そんなことを考えながらアイン殿下と雑談を交えながら歩いた。


 やけに背後から視線を感じるのは気のせいだと思いたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る