第83話 無理や……
紫の塔に足を踏み入れる。
僕は三つすべての属性が使える。そのため、学園長直々にどの塔への出入りも許されている。
呪力を学ぶ紫の塔へやってきたのは、第一王女マイアからの熱烈なお誘いを受けたからだ。
彼女と共に紫の塔の入り口をくぐった。
「ここに来るのは、入学前の見学で来たとき以来ですね」
「ヒスイ男爵はすでに紫の塔に来たことがあったんですね。ここはまるで研究室みたいな場所でしょう?」
「ええ。呪力はあらゆる物質を生み出し、変化させ変質させる。それは万物を生み出す創造の力。必然的によりよい物を作ろうとするのは理解できます」
事実、僕もカルトに呪力の使い方を教わってまず真っ先に作ったのが収納袋だ。
なんでも出し入れできて保管できる収納袋はかなり便利である。
呪力には無限の可能性があった。
「それだけではありません。神力では不可能に近い臓器の再生も、呪力と組み合わせることで可能になります」
「臓器の再生? もしかして臓器を呪力で作り出すんですか?」
「はいそうですよ」
驚いたな。
僕や女神たち以外にもその発想をしている者がいたとは。
それも、聞くかぎり結構前から。
呪力で臓器や生き物を作り出そうとすると、相当呪力の制御能力が必要になる。
僕からしたらそんな真似するより、神力で治したほうが早い。
だからあくまで呪力による肉体復元などは保険だ。
しかし、治癒能力までしか発揮できないのならその発想にいたるのも理解できる。
恐らく他の人間は、呪力で臓器を作ったほうが早いのだろう。
素直に脱帽する。
「まあ、成功率はいまのところ四割ですがね。まだまだ知識不足と技量不足です」
「十分にすごいと思いますよ。科学も能力もすべては試すところから始まります。なんだか一気に紫の塔に興味が出てきましたね」
「本当ですか!? それは何より。ヒスイ男爵には教わりたいこともたくさんあるので。えへへ。たくさん教えてくださいね? 手取り足取り」
「——あら? でしたら私が協力しますよ、マイア殿下」
マイア殿下と話しながら紫の塔の中を歩いていると、突然、後ろから声が聞こえた。ものすごく聞き覚えのある声が。
振り返るとマイア殿下は表情をしかめる。
「あ、あなたは……コスモス男爵令嬢!」
「コスモス姉さん」
どうして神力使いのコスモス姉さんが紫の塔に?
……ああ、さっきの臓器の話でも神力と呪力の生徒がいろいろ協力しあってるのは間違いない。ひとりや二人いてもおかしくないか。
「やっほヒスイ。ヒスイが
そう言って彼女が視線を向けたのは、僕の隣に並ぶマイア殿下だった。
どこか勝ち誇ったような顔でマイア殿下に笑みを見せる。
逆にマイア殿下は悔しそうにしていた。
「ぐぬぬぬ……こっそりヒスイ男爵を誘ったはずなのにどうして……」
「この塔にも知り合いくらいはいますから。新入生にも声をかけておいたしね」
「さすがはブラコンのコスモスさん。抜け目ないですねぇ」
「うふふ。何のことかしら? 私はただ、弟の様子を見に来ただけですよ? そこにブラコンなんて言葉は存在しません」
バチバチと二人が睨み? 合う。表面上は笑顔なのに不思議と背筋が震えた。
「普通の
「それはただ単に、殿下とアイン殿下の仲が……おっと。なんでもありません。ヒスイ、一緒に呪力を学ぼっか」
「コスモスさんは神力しか使えないでしょ! ここは私に任せてください」
「いえいえ。弟の面倒を見えるのは姉としての務めです。知識はあるのでお構いなく」
「ぐぬぬぬぬ!」
「ぬぬぬぬ!」
火花の勢いが増していく。
なんだか非常に気まずいのはなぜだろう。
その後も二人はヒーアップを続け、最終的に両方揃って僕と一緒に塔の中を見て回ることになった。
相変わらずコスモス姉さんは心配性だなぁ。
昔からコスモス姉さんは僕がなにかしようとすると一緒になって手伝ってくれた。
特にそれが危険のあることだと率先して仕事を奪うくらい彼女は弟想いの姉だ。
僕もそんな彼女のことが大好きだし、愛されている自覚もある。
ただそのせいで、律儀な第一王女と不穏な空気を醸しだしていた。
もしかすると二人は相性が悪いのだろうか? 僕より先に知り合ってるというパターンもある。
あまり深くは気にしないほうがよさそうだ。様子を見て空気を弛緩させよう。
煽り合う二人の女性を横目に、必死に二人に質問を投げる。
だが僕の努力も虚しく、その日はずっと二人が僕の質問や話を奪い合う形になった。
これは無理や……どんな話題を展開しても
「私はこう思います」
「私はこうだと思う」
というやり取りで永遠に意見が対立する。
やがて疲れた僕は、ただ二人の話を聞くだけのBotと化した。
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