第70話 バイバイ

 父であるクレマチス男爵が、無理やり僕を家に縛り付けようとする。


 おまえは自分の子供なんだから、親のために、領地のために働けと言われた。


 アルメリア姉さんたちと一緒に王都で過ごすという計画があるため、僕はそれを拒んだ。


 ついでに、僕と父のあいだに明確な格差はないのだと、陛下より授かった爵位も伝える。


「僕はもう、ただの無能な子供ではない。いまは、国王陛下より男爵の位を授かった貴族だ」


 堂々と胸を張ってそう告げた。


 すると、だれもが口を開けたまま放心する。


 十四歳の子供が爵位を授かったなんて話、いくら異世界でも信じられることではない。


 僕も彼らと同じ立場だったならきっと信じられなかった。


「……ヒスイが、爵位を授かった……?」


 最初に反応を示したのは、一番近くにいた兄グレンだ。


 次第に肩を震わせて笑う。


「はは……あはははは! ヒスイが、爵位を? ははは! こりゃあ傑作だ! まだ子供のおまえに爵位なんて与えられるはずがないだろ」


 腹を抱えて盛大に笑う。父や母も、くすりと人を馬鹿にしたように笑った。


「グレンの言うとおりだ。貴族社会というのはそう簡単に爵位を授かったり、陞爵されるというものではない。長い時間と、それなりの功績が必要になるのだ。馬鹿も休み休み言え」


 完全に僕の言葉を信じていない。まさに正論なんだが、僕の場合は異なる。


 三人の女神に愛された僕が、普通であるはずがない。それくらいは自分でも自覚している。


 本当は見せる意味もないんだが、ぐちぐちと文句を言われ命令を出されるのは鬱陶しい。


 呪力で造り出した収納袋から、貴族になったことを証明する証明書を取り出し、それをばばーん! と掲げる。


「はいこれ、男爵の証明書。国王陛下の玉璽まで入っているんだ、疑ったりしないよね?」


 偽物の玉璽を作るのは大罪だ。バレたら一族郎党処刑されかねない。


 ゆえに、作る奴なんていないし、子供の僕が作るメリットがない。


 まじまじと掲げられた男爵の証明書。それを見た家族が、次々に驚愕を浮かべていく。


「う、嘘だ! ヒスイが、最年少で男爵に!?」


「ありえない。私と同格だと!?」


「ヒスイ……いつの間に、そんな……」


 母を除く、グレン、父、アルメリア姉さんの順番で感想を漏らす。

 母は完全にショックを受けて気絶していた。ミハイルが彼女を抱きかかえ、しかしミハイルもまた驚愕を浮かべている。


「そういうわけだから、僕はもう独立してる。クレマチス男爵……だとちょっとごちゃっとするな。まあいいか。あなたを助けないし、あなたのために働かない。文句があるならどうぞ、僕を貴族にした陛下へ」


 それだけ言うと、僕はすっきりした表情でアルメリア姉さんの腕を掴む。


 引っ張り、彼女と共に家を出る。




 ▼




 険悪な空気のまま、アルメリア姉さんの部屋を出て家の外へ。


 停めておいた馬車に困惑したままの姉さんを乗せると、遅れて玄関からクレマチス男爵家の面々が飛び出してくる。


「ま、待てヒスイ! 本当にアルメリアを連れていくのか? 優秀なこの俺ではなく!?」


「なに言ってるのグレン兄さん。兄さんには男爵家を継ぐっていう役目があるじゃないか」


「なら僕は!? 僕ならアルメリアよりも役に立つ! 病人のアルメリアなんて侯爵家に送ったら、きっとヒスイが怒られるよっ」


 我先にとグレンとミハイルが僕に媚を売る。


 この状況はある意味で面白いけど、侯爵子息におまえらみたいな連中を推薦するはずがない。


 それに、


「心配ご無用だよ、ミハイル兄さん」


「え?」


「アルメリア姉さんの病気はもう治ってる。体はまだまだ弱いけど、それは生まれつきだからしょうがないしね」


 アルメリア姉さんの病はとっくの昔にフーレが治療した。彼女に治せない病などない。さっき父親も治っているのかどうか確認していただろ。


 やろうと思えば、フーレは肉体の構造すらいじることができる。そこまでするとアルメリア姉さんには申し訳ないし、彼女の体質は別に死ぬほど深刻ってわけでもないからそのままだ。


「アルメリアが……アルメリアの病気が、治ってる?」


 兄ミハイルは、衝撃の事実を知って硬直した。僕以外は全員がアルメリア姉さんは病気のままだと思っていたからね。


 このことはコスモス姉さんやアザレア姉さんにも言ってなかった。いまは知ってるが。


「どうやって? ヒスイが治したのか!? しかもそれを僕たちに隠していただと!?」


「いやいや、ついさっき治ったんだよ。僕、魔力だけじゃなくて神力も使えるから」


「な、なにぃ!? おい! それはどういうことだヒスイ!」


 新たな情報を聞き、たまらず父が叫ぶ。


 そんな大きな声を上げなくても聞こえるよ。答えるかどうかは別だけど。


「どういうことだろうね。というか、いつまでも僕のことを呼び捨てにしないでほしいな、クレマチス男爵。僕もまた、同じクレマチス男爵なんだから」


 そのウチややこしいから家名は変えるけどね。


「くっ! わたしは認めないぞ! おまえが男爵なんて……!」


 それ、国王陛下の耳に入ったら、最悪、爵位剥奪もありえるよ。


 国王陛下の決定に異を唱えるなど臣下のすることではない。


 これが高位貴族、あるいは王宮で働く人間ならまだしも、クレマチス男爵はただの田舎貴族。


 偉いのはご先祖様で、なんの功績も挙げていない父はまったく偉くない。


 でも僕は優しいから秘密にしておいてあげよう。その代わり、


「あっそ。じゃあまたね、みんな」


 会話もそこそこに僕も馬車の中へ乗り込んだ。止めようとしてくる男爵たちを、侯爵が預けてくれた騎士たちが阻む。


 ひらひらと手を振って、こちらを睨む彼らに笑みを浮かべて別れを告げた。


 直後、ゆっくりと馬車が動き出す。

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