第205話 帰宅

 長い、長い旅路を終えて、僕とローズとルリの三人は、ティアラを連れて王都へと帰還した。


 久しぶりに見る王都の街並みは、懐かしさを感じる。


 御者のおじさんにお礼を言って馬車を降りた。ティアラの血で汚した床板を張り替える費用としていくらかの金の払い、僕たちは通りを歩き始める。


 どうして床が血で汚れているのか。頭を怪我していたティアラを見て、御者のおじさんは訝しんでいたが、アルナがティアラを脅して無理やり「大丈夫」だと言わせたため、兵士たちに通報されるという状況はなんとか回避できた。


 あとは全身をぐるぐる巻きにされたティアラを連れて、一度、僕の屋敷に行く。


 ローズもローズで自分の屋敷へと戻っていった。僕たちは王宮で顔を合わせる約束をしてから別れる。


 しばらく通りを歩いていると、ティアラがぼそりと呟いた。


「ここが忌々しい女神たちの居城ね」


「アルナたちは元々この辺りで生活してたってだけで、居城ではないと思うけど」


「薄汚い女神の臭いがこべり付いてるわ! あなたには解らないでしょうけどね」


 バウバウ、と返事を返してあげたのに噛みついてくるティアラ。


 じろりとアルナが彼女を睨んだ。


「あれだけ痛めつけてあげたのにまだ反省してないのかしら? 全身の骨をじっくりへし折ってあげましょうか?」


「ひぃっ⁉ 鬼! 悪魔! 邪神!」


「失礼な子ね」


 すっとアルナが腰の鞘に手を添える。


 僕は慌てて彼女を止めた。


「ま、まあまあ! 落ち着いてよアルナ。こんな人のいる所でティアラが急に血を流したら騒ぎになるって」


 ただでさえ、頭に包帯を、体に鎖を巻かれているティアラはよく目立つ。これ以上はまずい。


 小さな声でアルナにそう懇願すると、彼女は渋々僕の説得を聞き入れてくれた。


 手を鞘から離す。


「……しょうがないわね。ヒスイに感謝しなさい」


「あなた、意外といい子じゃない。あのク……女神たちにはもったいないわ」


「ク?」


 にたぁ、と弓のように口角を曲げてフーレがティアラの顔を覗き込んだ。恐ろしい表情だ。まるで「いまクソ女神とか言おうとしてたよねぇ? ねぇねぇ?」と言ってるように見える。


 ティアラもフーレの圧に押されて完全にビビっていた。顔が青い。


 すでに女神同士の格付けは完了していた。ティアラは僕と同じ末っ子だな。


「な、なんでもないわ!」


「なんでもない?」


「なんでもありません!」


 もうッ! と言わんばかりにティアラが叫ぶ。また周囲の視線が増えた。急いで僕はこの場から逃げ出したい気持ちに駆られる。




 そんなこんなで時間をかけながら僕たちは屋敷の前まで移動した。


 久しぶりに見る屋敷は、妙な安心感を抱かせてくれる。


 正門を守る兵士たちが、僕とルリ、そして縛られているティアラを見て驚く。


「こ、これはヒスイ子爵様……いつの間にお戻りに」


「ついさっき帰って来たばかりだよ。通してもらっていいかな?」


「は、はい。構いませんが……そちらの女性は?」


「僕の家族みたいなものかな? ちょっといたずらっ子みたいだけどね」


「誰がいたずらっ子よ! 子供扱いしないでちょうだい!」


 またしても噛みついてくるティアラ。彼女を無視してどんどん先へと進んでいった。




 ▼△▼




「ただいま~」


 屋敷の玄関扉を開けて中に入る。


 フロアには何人もの使用人たち——メイドたちがいた。


 彼女たちは僕を見るなりわらわらと近づいてくる。


 元々は王宮に務めていたメイドだったのに、ずいぶん気さくになったものだ。


「旦那様! もう旅行からお帰りになったのですか?」


「うん。意外と早く片付いてね。むしろ移動のほうが大変だったくらいだよ」


「さすがは最年少で貴族になった英雄。常人とは違いますね」


「それほどでもないさ」


 戦争を止めて来た、と言ったら彼女たちは驚くかな?


 まあ極秘の話でもあるし、彼女たちは僕が帝国へいったことを知らない。


 実は帝国との間で戦争が起こる直前で、その戦争の主犯格を捕まえてきました——とは言えないよね。


 しかし、当然、横に並ぶティアラに全員が気づく。


 ルリのことは知っているため、必然的に初めて見る顔のティアラに視線が集中する。


「ちなみにそちらにいる女性は?」


「僕の……姉、かな? 扱いとしては」


「お姉さま⁉」


 ざまっ。


 メイドたちの間で動揺が生まれる。


 ティアラを説明するのは非常に難しい。


 彼女は精霊だ。そもそも人間じゃない。ではなぜ僕と家族なのか。それを説明するには、三人の女神のことも話さないといけない。


 三女神のことは秘密だ。彼女たちには悪いが、これ以上おかしな目立ち方をするのは本意ではない。


 たとえアルナたちが精霊と呼ばれる種族だろうと、人間からしたら神様。


 その神様と家族のような関係を築いているとバレると、僕がえらい扱いをされる可能性がある。


 ゆえに、僕は詳しい説明を省いて、適当に生き別れになっていた——とでも言おうとしたが、それより先に本当の姉の声が聞こえた。




「ヒスイ?」


 少しばかり低い、しかし女性特有の声色。顔を上げた先には、僕と同じ髪色の女性——アザレア姉さんがいた。




———————————

あとがき。


新作投稿したよ~。

『冤罪で追放された元悪役貴族は、魔法で前世の家電を再現してみた~天才付与師はスローライフを所望する~』

毛色の異なる悪役転生もの?だからよかったら読んでね!

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