第204話 予想外の!?

 帝国と王国との戦争を起こそうとした主犯格、ティアラが僕たちに捕まった。


 これでハッピーエンド。全てが上手くいく。


 大量の女神の石とティアラという駒。そしてティアラが創り出したモンスターを失った皇帝は、鬼のように迫る娘のエリザベートの覇気に勝てず、全面的に自らの非を認めた。


 すぐには鎖国状態から抜け出すことはできないだろうが、それも時間の問題。


 エリザベートが皇帝の背中をびしばしと叩きながら先導してくれるはずだ。


 半年も経てば王国との友好も少しはできる……かも?




 そんな感じで、今回の件は落ち着いた。


 僕とローズは、すっかり諜報だけに留まらず、事件そのものを解決して王都へ帰ることになった。


 最後、街から出る僕たちを見送るために、お忍びでエリザベート殿下が正門の傍まで来てくれた。


「ヒスイ、ローズ。この度は本当にありがとうございました。ルリもわたくしを助けてくれてありがとう」


「えっへん! ルリは偉い子」


 なぜかやけに胸を張るルリ。


 僕はくすりと笑いながらエリザベートに返事を返す。


「礼には及びませんよ。僕たちにも利のあることでしたし」


「それでも助けられた恩を必ず返します。何かあったらいつでもわたくしを頼ってくださいね?」


「あはは。その時は期待しておきますね」


 ぶっちゃけ帝国に来る用はほとんどない。次いつ会うかも分からないが、皇女の助けが借りられる状況は悪くない。


 それだけ言って、僕は馬車の荷台に乗り込んだ。


 長ったらしく別れの時間を楽しんでも、立ち去る時が辛くなるだけだ。


 ローズもエリザベート殿下と少しだけ話してから荷台に乗った。


「では僕たちはこれで。またどこか会いましょう」


「ふふ。近い内に王都へ行くかもしれませんね。それと——」


 エリザベート殿下はゆっくり僕の前に歩み寄る。


「耳を貸してください、ヒスイ」


「耳?」


「はい」


 何か話したいことがあるのかな?


 僕は素直にエリザベート殿下に顔を近づける。


 すると、彼女は僕の顔を掴み、正面に回して——ちゅっ。


 キスをした。唇に。


「~~~~⁉」


 僕は状況が上手く理解できず困惑する。


 背後ではローズが、


「なななな⁉」


 と大変慌てていた。


 僕も思考がぐるぐると回る。


 何が? キス? どうして? えええ⁉


 と同じことばかりが過ってまったく情報が完結しない。


 慌てる僕らを前に、しかしエリザベート殿下は顔を離してから笑った。




「ふふ。次に会う時は、全力でヒスイを口説き落とします!」


 正門の前で、僕とローズの盛大な叫び声が上がった。




 ▼△▼




 エリザベート殿下から特大のパンチを喰らった。


 帰り際に何を言うんだ! と僕は思ったが、彼女はそれ以上は何も語ることなく笑顔で僕たちを見送った。


 結果的に、大いなる疑問を残して馬車は外に出る。


 そして、荷台に縛られて座らされた一人の女性が、唐突に口を開いた。


「はああぁぁ。なんですかいまの臭いやりとりは。若いからって青春ですかぁ?」


 喋ったのはティアラだ。珍しい三色の髪をわずかに揺らして顔を歪める。


 非常に不満そう。


「黙りなさい。あなたに発言を許した覚えはないわよ?」


 じろりと即座に隣に並んだアルナが彼女を睨む。


 直後、ティアラの体が震えた。


「ひぃっ⁉ しゃ、喋るくらい、いいじゃない!」


「ダメ。あなたはうるさい。ヒスイの迷惑よ」


「なぁっ⁉ わ、私がうるさいぃ⁉ あなたたちのほうこそうるさい——」


 パシーン!


 乾いた音が響いた。アルナがティアラの後頭部を叩いた音だ。


 凄まじい衝撃を受けて馬車がわずかに揺れる。


 それだけで済んだのは、アルナが相当手加減してる証拠だ。ティアラもそんなに痛そうには見えない。


「何するのよ! 馬鹿になったらどうするの!」


「もう馬鹿じゃない。あなたと喋ってると頭痛がするわ」


「はーん! 私の知能に勝てないからって見苦しい! だいたい、アルナ、あなたはねぇ!」


 ぐさり。


 言葉の途中、衝撃を起こしては馬車が耐えられないと考えたアルナは、口うるさいティアラの顔に剣をぶっ刺した。


 さすがに僕たちは吹き出す。


「ぶううう⁉ あ、アルナ⁉」


「平気よ。これくらいで死ぬような子じゃない」


「死ななくても痛いのよ⁉ なんで頭⁉」


 あ、ほんとだ。


 頭部を刺し貫かれても平然と生きてる。血は出てるけど元気そうだ。


 改めて彼女もアルナたちと同じ人外で精霊なんだな、と認識を改める。


「そもそも私をどこに連れて行くの? 王都に帰っても私には居場所なんて……」


「ヒスイの家よ」


「ヒスイの家?」


 ちらりとティアラが僕を見る。


「子供の家に住んでどうするのよ」


「ヒスイは貴族で屋敷を持ってるわ。広い」


「へぇ。悪くないわね」


 手のひら返しはやっ!


 ぎらりと彼女の目が僕を捉え離さない。


「確か私はヒスイの家族でもあるのよね? つまり自由にしていいと」


「ダメに決まってるでしょ? あなたには自由はないわ。私たちが監視する」


「やっぱり帰るぅ‼」


 嫌だぁ、と彼女は駄々をこね始めた。


 そこをもう一度剣で攻撃しながらアルナに止められる。


 帝都を出たばかりだというのに、もう荷台が血まみれだった。




 これ……修理費払うの僕だよね?

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