第86話 狩猟日和

「……ふう。もうこんな時間か」


 第二王子アインが、モルモットを相手にひたすら傷を治していく。


 僕は彼の後ろでよくない点を指摘する係だ。


 最初こそアドバイスをいろいろ伝えていたが、三時間を過ぎる頃にはほとんどそれらもなくなった。


 アイン殿下の上達具合には舌をまく。


 ちなみにその隣で集中しながら同じことをしているコスモス姉さんは、もはやアドバイスのアの字も必要としない。


 彼女は完璧だ。僕と別れた一年間、しっかりと基礎を疎かにしなかったおかげで寸分の狂いもなく即座に軽傷を治す。


 軽傷を治す速度なら僕にも匹敵するほどだった。


「遅くまでごめんね、ヒスイ。僕の指導大変だったでしょ」


「そんなことありませんよ。途中から殿下の上達は完全に僕の予想を超えていました。教えることがなくて暇だったくらいです」


「本当に? それはそれで謝らなきゃいけないね」


「気にしないでください。これも国王陛下から任された立派な仕事なので」


 仮に金銭も損得勘定もなしであれば不満を抱いていたかもしれないが、しっかりと国王陛下から報酬は出る。


 だから僕に不満はない。


 どこか気まずそうなアイン殿下に、何度も何度も「大丈夫」だと伝える。


「ふふ……少し見ないあいだに本当に立派になったわね、ヒスイは。姉として少しだけ寂しいわ」


「それを言うなら僕のほうが寂しいよ。家を出たあとも神力の練習は欠かさなかったみたいだね。昔より細かい神力の操作が上手くなってる」


「師匠に恥をかかせられないわ。ヒスイの姉でもあるんだし、これくらいは当然よ!」


「そっか」


 彼女の師匠は僕とフーレだ。


 特にフーレからは熱心に神力を教わっていた。


 フーレも僕の姉ってことで、コスモス姉さんには優しく指導していた。


 その結果、三人の女神の中でもコスモス姉さんはフーレを信仰している。


 その想いは、離れているあいだも変わらなかったらしい。


「それじゃあそろそろ家に帰ろうか。もう夜だからさすがに残っていると先生に怒られる」


 僕は手を叩いて今日の神力の勉強は終わりだと二人に告げる。


 アイン殿下もコスモス姉さんも、神力の使いすぎでやや疲れている。不満の声はあがらなかった。




 ▼




 校門の前でアイン殿下と別れる。


 僕とコスモス姉さんは屋敷に戻るが、アイン殿下は学園に設けられた男子寮で寝泊りしているらしい。


 国王陛下曰く、「王族として学園に通っているあいだは、家に頼らず生きろ」とのこと。


 身の回りの世話は使用人がするが、少なくとも普段過ごしている場所から追い出されて生活するのは、アイン殿下にはストレスだろう。


 それだけにいい社会勉強になるのだとか。


 ちなみに第一王女マイア殿下も同じだ。女子寮に泊まっている。


 本当はコスモス姉さんも女子寮に泊まっていたのだが……今では完全に僕の屋敷で寝食を共にしている。


 夜道、彼女と話しながら自宅に帰った。




 ▼




 学園での日々はあっという間に過ぎた。


 気が付けば休日になる。


 僕にとって今週の休日には深い意味があった。


 それは、目の前にやってきたマイア殿下と関係している。


「おはようございます、ヒスイ男爵」


「おはようございますマイア殿下。どうして殿下に我が家に?」


 今日は第一王子リベルとの狩猟の日だ。


 本当は行きたくないが、王族からの頼みは断れない。


 ただでさえリベルからの心象が悪いため、それを回復するべく僕は頑張る……つもりだったが、なぜか早朝に僕の家を訪れたのは、リベル殿下ではなくマイア殿下だった。


 馬車の中から挨拶する彼女に招かれて馬車に乗る。


「ふふふ。サプライズです! 今日はリベルお兄様以外にも、私とアイン兄様もご一緒します!」


「……え? マイア殿下たちも参加するんですか!?」


「はい!」


 彼女は笑顔で言ったが、わりと危ない状況なのでは?


 だって王族が三人も揃った状態で外に行くんだろ?


 それってもはや厳重警戒なのでは?


 まともに狩猟ができるとは思えない。


「そ……それって狩猟ができるんですかね?」


「ご安心を。王族たるとも自分の身は自分で守れ! リベルお兄様は魔力を持っているので戦えます。アインお兄様も神力でサポートができます。だから護衛の数は少なめです」


「それはそれでまずいような……」


「なにかあっても王国最強の護衛がいますので」


「王国最強の護衛?」


 誰だそれ、と首を傾げると、マイア殿下が無言でジッと僕の顔を見つめた。


 少しして気付く。


「も……もしかして僕のことですか!?」


「ヒスイ男爵以外にいるはずありません。誰がなんと言おうと王国最強です! 陛下も快く送り出してくれましたよ!」


「し、信頼が重い……いくらなんでも、僕でも三人を守りきれる保障はないですよ?」


「その場合は自己責任なのでお気になさらず。我々も命を懸けるくらいの覚悟はあります!」


 狩猟に行くだけですごい覚悟の決め方だった。


 しかし、僕の責任を問わないということなら口を挟む必要はない。


 もちろん、全力で守ると約束はするが。




 かぽかぽと馬車は走る。


 徐々に王都の正門に向かって。

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