第87話 婚約しません
第一王女マイア殿下の馬車に乗って、王都の外へ出た。
すると入り口のそばには、僕たち以外にも数台の馬車が停まっていた。
近くに停まると、中から二人の王子が出てくる。
「よく来たな、ヒスイ男爵。今日はモンスターに恐れをなして来ないのかもしれないと思ったぞ」
「バジリスクを討伐できるヒスイが、この辺りに出てくるモンスターなんかにビビるとは思えないけどね」
「黙れアイン。お前に発言を許していないぞ」
じろりと反論したアイン殿下をリベル殿下が睨む。
今日も今日とて第一王子の性格の悪さは際立っているな。
それでも無駄に波風は立てたくない。
僕は頭を下げて挨拶した。
「第一王子リベル殿下にご挨拶申し上げます。この度は非才な我が身を招待していただきありがとうございます。精一杯足を引っ張らないよう努めさせていただきますね」
「ふん。そうしてくれたまえ。精々、バジリスクを倒したという実力に期待しているよ。それが本当にひとりで倒したかどうかは知らないがな」
「お兄様!」
最後にたまらず第一王女マイア殿下が怒りの声を発する。
しかし第一王子リベル殿下は、その声を無視して自分の馬車に乗り込んだ。
すぐ近くではアイン殿下のため息が聞こえてくる。
「リベル兄さんがごめんね、ヒスイ。あの人、前にヒスイに負けてからずっとヒスイのことを目の仇にしてるみたいなんだ」
「構いませんよアイン殿下。僕がリベル殿下に勝ってしまったのは事実ですし、リベル殿下のお気持ちも理解できますから」
「ふんっ! あんなのただヒスイ男爵に嫉妬してるだけですわ! 男なら、第一王子ならもっと胸を張るべきです! いつまでもネチネチネチネチと……!」
肩を震わせてマイア殿下が怒る。
まるで自分のことのように彼女は怒ってくれる。
それにアイン殿下も心の底から心配してくれるし、僕は二人の気持ちだけで十分にリベル殿下からの嫌がらせをスルーできる。
「ありがとうございます、アイン殿下にマイア殿下。お二人がそう言ってくれるだけで我慢できますよ。今日はお二人がいてくれてよかった」
「ふふ。マイアがね、リベル兄さんにヒスイ男爵を任せておけない! 絶対に嫌がらせするに決まってる! とか言って無理やりねじ込んできたんだ。あの時の兄さんの嫌そうな顔と言ったら……くく」
「だって、明らかにヒスイ男爵をコケにしようとしてましたよ、あの時のリベルお兄様は! そんなの許せません。未来の王族にそんな真似は!」
「未来の王族?」
「ヒスイ男爵のことですわ」
「結婚しませんよ」
「そんなぁっ!?」
なんか当たり前のように僕がマイア殿下と結婚するような流れになっている。
生憎と、僕はしばらくは独身を貫く。いまのところ、姉さんたちもいるし結婚にまったく魅力を感じていない。
前世の価値観も含めて、結婚するくらいなら一生独り身でもいいかな? くらいに思っている。
結婚したくなったら好きな相手と結婚するよたぶん。
「あははは! 残念だったねマイア。振られてる」
「うるさいですアインお兄様! わたくしとヒスイ男爵が結ばれれば、それはもう天才な子供ができて王国の利益にもなります! アインお兄様だって、ヒスイ男爵が弟になるんだから最高でしょう!?」
「むっ……それはたしかにそうだね。僕にも弟か……意地の悪い兄上でもなく、男勝りな妹でもなく、可愛い弟……悪くない」
「いまサラッとわたくしのことを男勝りとか言いましたか?」
「気のせいだよ」
絶対に言った。僕も聞いていた。
というか僕は別に可愛くはない。
女性に言われるならわかる。女性は彼氏などに「可愛い」といいがちだ。
しかし、男に言われてもまったく嬉しくない上、文字通りの捉え方になる。
ちょっとだけゾッとしたぞ。
「ささ、それより早く僕たちも馬車に乗ろう。いい加減にしないと先に馬車に乗ったリベル兄さんが口うるさく言ってくるよ」
「それより、じゃありません! わたくしはすぐにでも先ほどの発言を撤回してもらいたく——!」
「はいはい。いいから馬車に乗ろうねぇ。リベル兄さんの視線が痛いよ~」
ぎゃあぎゃあと騒ぐマイア殿下を無理やり馬車に押し込み、アイン殿下もまた手を振って自分の馬車へ乗り込んだ。
わざわざ別れずとも同じ馬車に乗ればいいのに……いやリベル殿下はごめんこうむるが、アイン殿下は別に構わない。
アイン殿下からしたら、自分にうるさく厳しいマイア殿下と同じ馬車は嫌なのかな?
マイア殿下もリベル殿下と同じ馬車は嫌だろうし、やたら僕との距離が近いし……やっぱり今からでもアイン殿下に隣に座ってほしい。
防波堤がないからマイア殿下がぐいぐいくるっ!
「あ、あの……マイア殿下?」
「はい? なんでしょうか」
「距離が近いです。年頃の女性が異性とみだりに密着するのはどうかと……」
「婚約者同士ではありませんか」
「違います」
勝手に嘘を事実にしようとしないでください。
少しでも肯定しようものなら、恐らく永遠に事実にされる。
僕は鋼の意思で彼女からの誘惑に耐えることにした。
森の中に入っていく馬車。僕だけが、違う意味で強い緊張感を持っていた。
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