第20話 幸せな未来のために

 アザレア姉さんと別れて、三女神が待つ森の中へ向かった。


 待ち合わせ場所に着くと、三女神がそれぞれ僕のもとへ殺到する。


「やっっっと来たー!! どうしたの、今日は。遅かったね!」


「顔色が悪いように見える。なにかあった?」


「くすくす。嫌なことがあったら言ってくださいね。わたくしの力で如何様にも変えてみせますので」


「みんな……ありがとう。そして、ごめん。タイミング悪くアザレア姉さんに見つかっちゃったんだ。それで来るのに時間がかかった」


「なるほどねー。それならしょうがないしょうがない! 遅れたと言っても、二十分くらいは誤差だよ!」


「でも……ただ見つかったにしては、様子がおかしいわ。彼女と会話をしたんでしょ? なにを言われたの?」


 アルナが鋭い問いを投げる。


 ほんの一瞬、答えに詰まった。


「あはは……アルナはよく気が付くね。一応、アザレア姉さんはなにも悪いことは言ってないよ。ちょっと、しんみりしちゃったって言うか、自分が情けなくなったと言うか……」


「なにを仰いますか! あなた様はまったく情けなくありません!」


「そうだよそうだよ! カルトちゃんの言うとおり! なにがあったの?」


「実は……」


 三女神に、先ほどのやり取りを教えた。


 フーレもアルナもカルトも、姉アザレアに感心する。


「へぇ……凄いね、アザレアちゃんは。どこまでも家族想いでいい子だ。お姉ちゃんほどじゃないけど」


「さすがは私の力に目覚めた子。見所がある」


「くすくす。男共と違って、姉妹のほうは安心できますね。……しかし」


 一拍置いて、カルトが続けた。


「アザレアはアザレア。ヒスイはヒスイでしょう? 比べる必要はないかと。あなた様はだれよりも辛い時間を過ごした。両親からも、兄たちからも冷遇されてきた。その時間が、自らの自由を求める結果に繋がるのは至極当然。なにも恥ずべきことではありませんよ。あくまで、あなた様の姉は、弟や妹を愛する余裕があった——というだけのこと」


「うんうん。カルトちゃんにしては珍しく良いことを言うね! お姉ちゃん感動しちゃった」


「叩きますよ、フーレ」


 ぴきぴき、とカルトの額に青筋が浮かぶ。


「あはは……冗談だよ、冗談。でも、カルトちゃんの意見には賛同かな。ヒーくんにはヒーくんの人生と経験がある。それはアザレアちゃんたちとは違うもの。だから、目指すべき場所が変わるのは当たり前じゃん。いいんだよ。ヒーくんは幸せになっていい。幸せになるべきだよ! それでも思い悩むことがあるのなら、アザレアちゃんも、アルメリアちゃんも、コスモスちゃんも幸せにしてあげればいいの。ヒーくんの自由な未来には、そんな選択肢だってあるでしょ?」


「……僕が、姉さんたちを幸せに?」


「うん。できるよ。だって、ヒーくんにはお姉ちゃんたちがいて、アザレアちゃんたちがいて、実現に必要な力もある! これで無理ってほうが難しいよ」


「…………そっか」


 そうなのか。


 僕には、自分以外のだれかを幸せにするための力が、才能があるのか。


 手を貸してくれる女神もいる。


 信頼できる姉がいる。


 ……そっか……そうだよね。


 冷え切っていた心に、小さな火が灯る。


 徐々に火の勢いは増していき、ものの数秒で業火へと変わった。


 もう、僕は落ち込まない。顔を上げて、笑みを浮かべて言った。


「決めたよ。僕は、みんなを幸せにしてみせる! アザレア姉さんをこんな領には縛らせない。コスモス姉さんも、アルメリア姉さんも救う!」


 そもそも僕はこの領を出る予定なんだ。自ずとアザレア姉さんは救われる。


 だが、それだけではない。


 他ふたりの姉の未来も、幸せにしようと決めた。


 そのためには、何よりも金がいる。


「まずはみんなの力を完璧に使いこなさなきゃ。そして、お金を集める。学歴……も必要だよね。今後、どんな仕事をするにしても。だったら、いっそ僕も王都にある【ノースホール王立学院】に通おうかな」


 入学は十年後。


 そのための資金もさらに必要になる。


 アザレア姉さんには、事前に「僕も王都に行くから待ってて!」と伝えておかないと。


 十年もあったら、入学するより先に姉さんが帰ってきちゃう。


「資金調達ならやっぱり魔物ね。魔物を狩ってその素材を売るのが一番よ。自分の力もアピールできてお得でしょ?」


「いいね。僕にピッタリだ」


 今後の活動は、アルナの意見を採用する。


 幸いにも、クレマチス男爵領周辺には広大な森が広がっている。


 森には多くの魔物が潜み、それを狩れば男爵領の平和にも繋がる。僕はお金を稼ぎ、肉も食べられて一石三鳥、四鳥のアイデアだ。


 内側から湧き上がるやる気に任せ、早速、僕は剣を振る。


 やるべき事が見えたなら、あとはそれを達成できるだけの力があればいい。


 これまで以上に、訓練に精を出すことを決めた。
















「ハァ……また一歩、ヒーくんがカッコよくなったねぇ」


「ええ。胸がざわつくわ。思わず抱きしめたい衝動を抑えるのに苦労する」


「くすくす。わたくしなんて、いますぐ襲いかかりたいくらいなのに……」


「ダメだよ~?」


「戦争ね」


「わかっていますわ。二人がいるから、これでも我慢しています。まったく……ああ、世知辛い」


「そういうのはもっとヒーくんが成長してからね」


「あと十年もすれば……ふふ。きっと立派になるわ」






「ッ——!? な、なんだ……? いま、ものすごい悪寒が……」


 密かに貞操を狙われていることを、ヒスイはまだ知らない。

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