第197話 女神とティアラ

 ヒスイたちが後宮に侵入している間、別行動を取っていた三人の女神たち。


 彼女たちは、ヒスイを追いかけて後宮へ入ろうとしたが、なぜか見えない結界のようなものに阻まれてしまった。


「ッ。なにこれ」


 先頭にいたフーレが結界に触れる。


 バチバチと不愉快な電気が走るが、痛みはない。


「結界のようね。ヒスイたちは問題なく通れたってことは……」


「まさか、わたくしたち専用の結界? そんなもの、普通に作ることはできないはず……」


 アルナの考えにカルトが続く。


 彼女はフーレと同じように結界に触れて呪力の情報を探る。


「この感じ……呪力ではありませんね」


「なんですって?」


 カルトの呟きをアルナが拾う。


 そんなことありえるのか、と。


「普通はありえないことですが、この結界からはわたくしの力をごくごくわずかしか感じられない。元になったのはもっと別の能力ですね」


「私の魔力に近いけど、むしろ……」


 ちらりとアルナの視線が前方に向いた。


 その先には珍しく真面目な表情を浮かべているフーレの姿が。


 彼女はもう一度結界に触れると、確かに言った。


「そうだね……この力は、私の力に近い。けど、近いだけで別の能力。なんだろう、これ」


「フーレが分からないなら誰にも分らないわね」


「どうしますか? 無理やり破壊することはできますよ」


「止めましょう。私たちのせいでヒスイたちの計画がバレたら困るわ。あとはヒスイたちに任せて、大人しくここで待ちましょう」


「ん~……残念だなぁ。せっかくヒーくんの活躍が見れると思ったのに」


 しょぼん、とフーレは肩を竦める。


「それにしても……この結界を張ったのは一体何者? 私たちが知らない未知の力があるというの?」


「どうでしょうね。出力自体はそこまで大きくありません。ただ、とても人間の仕業とは思えませんね……」


「結界から感じるエネルギーの量からいって、ヒスイより上。少しだけ気になるけど……まあ、あの子なら無事に戻ってくるわ。器用だもの」


「いざとなったら結界を破壊して突き進めばいいしね!」


「あら、珍しく良いことを言うじゃない、フーレ」


「珍しくは余計だよ!」


 ぷんぷん、とわざとらしく怒って、フーレはどこかへ姿を消した。


 カルトも用事は終わりと言わんばかりに消える。


 あとに残ったアルナは、最後にもう一度後宮を見てから同じく姿を消すのだった。




 ▼△▼




 ヒスイたちが後宮から姿を消したあと、ほどなくして一人の女性が戻ってくる。


 部屋の扉を開けて、ゆっくりとソファに座る。


 ソファの後ろから一匹の猫が彼女の膝の上に座った。


 それを見下ろし、呟く。


「ふふふ。どうやらぁ、留守にしてる間にネズミが忍び込んだようですねぇ。感じ取れる能力の波長から、相当な手練れだと分かります~。ここの兵士の質も低いですからねぇ」


 猫の頭を撫でながら三色髪の女性は更に続けた。


「まあ、この部屋に侵入した形跡もないし、それであれば許しましょう。寛大ですから~」


 くすくすと笑い、直後、深いため息を吐いた。


「——ただ、あのくせぇ三女神の波長まで観測しやがりましたねぇ。反吐が出そうです~、おえぇ」


 大袈裟に嘔吐のフリをして表情を歪める。


 彼女の顔には心底嫌悪感が滲んでいた。


「鉱山の能力を消した件といい……まさか、あの女共が暗躍でもしているんですかぁ?」


 もしくは、誰かに肩入れしているか。


 その可能性がないわけではないが、即座に彼女は否定した。


 まさか人外である彼女たちが誰かに付くはずがないと。


「ないない。ありえませんよ~。そんな馬鹿なことを考えるくらいなら、一撃でこの帝都を消し飛ばした方が早い」


 自分の妄想が間違っていると結論を出し、少女は猫を床に下す。


 猫は次第に体を光らせ、最後には粒子のようになって消えた。


 それを見ることすらせず、彼女は窓の傍へ近付くと、そこから見える外の景色を眺めながら漏らす。


「あぁ……早く、あの女共の信仰を汚したいところですねぇ」




 ▼△▼




 後宮を離れて宿に戻って来た僕たち。


 ひとまず僕の部屋に集まってローズたちが盗み出した資料を確認する。


「どれどれ……」


「女神の石に関する資料を重点的に持ち出しました。やはり戦争のために使う予定だったみたいですね」


「だね。でも、ここに書いてある魔物を使役する術っていうのはなんだ? ティアラって誰のことだろう」


「わたくしが警戒する女の名前ですわ」


「それって……」


「ええ。今回は会えませんでしたが、やはりあの女が怪しいのは証明されましたね」


「女神の石に関する資料にも彼女の名前が書いてある。それに、一番気になるのは魔物を従うことができる能力ってなんだ? そういう魔法道具でも持ってるのかな?」


 いろいろな資料にその名前が載っている。


 女神の石の管理も彼女の管轄だったっぽいし、一体何者なんだ、このティアラって女は。


「わたくしも詳しいことは何も。遠目から見ることしかできませんでしたから」


「そっか。でも、より一層この女が怪しいことが証明されたね。次こそは確実に情報を聞き出そう」


 明日には彼女が戻ってきていることを祈る。

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