第32話 逃げるんだよ!

 女神アルナに、バジリスク討伐の報酬としてキスをされた。


 その後、それを見ていた他の女神たちにもキスをされた。


 アルナはともかく、フーレもカルトもたいへん嬉しそうな顔を浮かべている。


「つ、疲れた……なんだか、討伐とは違うことで疲れた……」


 さんざんキスをされまくった僕は、そろそろさっきの騎士たちの様子が気になって来た道を戻る。


 バジリスクの死体は〝収納袋〟に入れておいた。クソデカいが、呪力を高めた僕の収納袋になんとか納まる。


 そしてしばらく森を歩くと、まったく同じ場所に騎士とひとりの女性が座り込んでいた。


 手をあげて挨拶する。


「どうも。少しは休めましたか」


 そう言って近付くと、二人の騎士が僕の前に立ち塞がる。


「き、貴様! バジリスクはどうした!? なぜ無傷で戻って……」


「ああ。バジリスクなら倒しましたよ。少しだけ強かったですね」


「な、なに? バジリスクを…………倒した?」


 男のひとりが、「ありえない」といった顔で呟く。


 オウム返しされたのでもう一度答えた。


「ええ。図体がデカいだけでさほど苦戦しませんでしたね」


「ば、馬鹿な! バジリスクは街を呑み込むほどの魔獣だぞ!? それを、お前のような子供が……」


「しかも、無傷じゃないか! ふざけてる!」


 え、えぇ?


 まあ、女神たちに鍛えられた僕だからこそ勝てたみたいな雰囲気はたしかにあった。


 彼らが言うように、僕が本来の力をそのまま伸ばしていたら、もしかしたら勝てなかったかもしれない。


 しかし、実際にバジリスクがいなくなって僕が戻ってきたのだから、少しは信じてくれてもいいと思う。


 それだけあのバケモノが強いってことかな? 死体を見せれば問題は解決するが、別に彼らに僕の実力を証明する必要はない。


 助けることもできたし、さっさとこの場をあとにするか。


 そう思って踵を返そうとした——とき。


 騎士たちの背後から甲高い声が響いた。




「——黙りなさい、あなたたち!」


 女性の声だ。さきほど騎士たちが必死になって守ろうとしていた少女である。


 彼女は表情をしかめて男たちを叱りつける。


「それが恩人に対する礼儀ですか! 少しは弁えなさい! 気持ちはわかるけど、あなたの腕を治したのは紛れもないあの方なのよ! まずはそのことを感謝するべきでしょう!」


 カンカンになって少女が怒る。服装を見るにどこかの貴族令嬢かな?


 この辺りの森にいるってことは、恐らく隣町の領主の娘である可能性が高い。


 でなきゃこんな辺境の地に足を踏み入れたりしないだろう。


「お、お嬢様……申し訳ありません」


「申し訳ありません!」


「私に謝ってどうするの! 謝るべき相手が違うでしょう!」


「「は、はい!!」」


 再び叱責されて、今度はこちらに向き直る。そして、男たちは深々と頭を下げた。


「こ、この度は……助けていただいたにも関わらず、無礼な態度をとりました。申し訳ございません!」


 代表として右の男が謝罪をし、次いで左の男も頭を下げた。


 地面につく勢いで深々と頭を下げられると、たいへん居心地が悪い。


「構いませんよ。状況が状況ですからね。そちらのご令嬢を守るのに必死だったのでしょう? よい騎士をお持ちだ」


 それっぽいことを言ってお礼を受け取る。僕としては、先ほどのことを秘密にしてくれるだけで十分だ。


「本当に申し訳ありません……それに、ありがとうございました。まさかこんな所であのようなバケモノに襲われるとは思ってもいなくて……」


「でしょうね。僕もびっくりしましたし」


 三女神が驚くほどだから、恐らくバジリスクの生息域はもっと奥か、別の所なんだろう。


 彼女はずいぶんと運が悪い。


「そ、それで……恐縮なのですが、あなた様のお名前を窺っても?」


「うっ——!」


 ま、まずい。


 この流れは非常にまずい。僕が隣町の、この辺りの領主の息子だってバレるのは嫌だな。


 ここは穏便に逃げるべきだろう。


「ちなみに私は、北東部を治める——」


「あ、すみません! 用事を思い出したのでこれで! 帰りは気をつけてくださいね!!」


「え? え!? まっ——」


 彼女の制止を無視して慌ててその場から脱兎のごとく逃走する。


 どうせもう会ったりしないだろうから、ちょっと無礼だけど許してほしい。


 ——助けた分の貸しはチャラでいいからさ!


 そう内心で呟いて、全力で走る。やがて声は聞こえなくなり、振り向いても誰も追ってきていない。


 そのことにホッと胸を撫で下ろすと、頭上から笑い声が聞こえた。


 見上げると、空を浮遊する三女神が見える。


 中でもフーレがくすくすと楽しそうに笑っていた。


 ぜんぜん笑い事じゃないよ……。助けられてよかったけど、別に戻る必要はなかったのかもしれないね。


 反省しながらも、僕は帰路に着いた。

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