第72話 長いよ
「わあ……! あれが王都のなのね」
馬車に揺られること数日。
アルメリア姉さんの体調も考えて、なるべくゆっくりと王都へ戻った。
途中、何度も休憩や野宿を挟んだが、大自然に囲まれたクレマチス男爵領の出身なだけあって、彼女はたいへん逞しい姿を見せてくれた。
最初、本で齧ったクソ適当な知識を披露し、手料理を作ったときはヤバかったなぁ。
調味料を目分量で調整しようとしたせいで、なかなかにスパイスィな味になった。
さすがに護衛してくれる騎士たちをその毒見には巻き込めない。瞳をキラキラと輝かせるアルメリア姉さんの前で、僕ひとりがその手料理を食べた。
——ああ、神様。アルメリア姉さんにも欠点はあったのですね。ほとんど辛くて、苦くて、料理の味は解りませんでした。
感想を求めるアルメリア姉さんに、必死に頭を回転させたのはいい思い出だ。
しかし、「私も食べてみるわね!」と宣言して、嬉々として手料理を食べようとした姉さんを止めるのには苦労した……。
あんな劇物、体の弱い姉さんに食べさせられるはずがない。
ああだこうだと言い訳を並べ、必死に姉さんの蛮行を止めた。
体に悪い。調味料が合わなかったら大変だ、と我ながら苦しい御託を吐き出し、渋々アルメリア姉さんは納得してくれた。
しまいには、
「ちょっと調味料を使いすぎたかしら……?」
と言っていたが、ちょっとではありません。だいぶ使ってましたよ、はい。
そんな面白おかしいこともあり、道中、僕はハラハラとドキドキで退屈しなかった。
神力のおかげで、いくらヤバいもの食っても平気だしね。毒でも処理できる。
「大きい……外壁があるなんて、
徐々にハッキリと見えてきた王都を囲む壁を見て、アルメリア姉さんが次々に感想を呟く。
僕も初めて王都に来たときはびっくりしたものだ。気持ちはよく解る。
「田舎の男爵領と王都を比べちゃダメだよ。月とスッポンさ」
「月とスッポン? スッポンってなに?」
「カメの一種だね。美味しいよ」
「カメが!?」
「ちゃんと調理しないとダメらしいけどね。もしかしたらどこかに生息してるかも」
日本ではコラーゲンとかなんとか言って、女性に人気だった覚えがある。
まあ、僕は食べたことないけど。
「へぇ……機会があったら食べてみたいわ。カメが美味しいなんて信じられないもの」
「信じられないものを食べちゃいけないよ、姉さん……」
彼女は好奇心が旺盛すぎる。清楚の仮面を被った少年のようだ。
これから向かう僕の邸宅では、アルメリア姉さんに食べさせるものはしっかり管理しないと。庭の雑草とか食べられても困るしね。
「ヒスイ? なんだかもの凄く生暖かい視線を感じるわ。前に見た、アザレアお姉さまやコスモスみたい」
「……そう? 僕がアルメリア姉さんを大好きだからじゃないかな」
「あら、私もヒスイのことが大好きよ」
「あはは。ありがとう、姉さん」
穏やかに馬車は進む。街道を越えて、正門を越えてさらにその奥へと。
▼
長い長蛇の列を過ぎる。
ちょうど外からのお客さんとかち合い、正門前にはそこそこの行列ができていた。
僕は貴族なので、門を守る衛兵に使いを出せばもっと早く街へ入れたかもしれないが、他の住民たちの機嫌を悪くする必要はない。
平民の人たちと同じように待ち、同じように身分証明書を見せて正門をくぐる。
見えてきた街並みに、アルメリア姉さんのテンションは爆上がりだった。
馬車を降りて観光したい、とまで言い出したので、それは後日にしようと説得し、さらに数十分。馬車が自宅の前に到着した。
扉を開けて僕たちは外に出る。
見上げるほど大きな二階建ての屋敷を前に、アルメリア姉さんの意識は全てもっていかれた。
思わず感嘆の声が出る。
「お、大きい、わね……予想以上に大きいわ……」
「学園のそばにある王家所有の建物なんだ。僕が男爵になった際、褒美の一つとしてもらった。いまは僕以外にも、アザレア姉さんやコスモス姉さんも住んでるよ」
とはいえ、アザレア姉さんは仕事が忙しいから頻繁には帰ってこれない。
コスモス姉さんのほうも、まだ女子寮を出ていないので正式に住むようになるのはもう少しだけ後のことだ。
「アザレアお姉さまも、コスモスも一緒に……また、みんなで過ごせるということね」
「うん。そのうち恋愛とか結婚とかしたら、みんな家を出ていくんだろうけどね」
一番はアザレア姉さんかな? もう二十五になるし、むしろ遅いくらいだと言える。
「れ、恋愛? 結婚!? ヒスイにはまだ早いわ!」
「姉さんたちと同じこと言ってるよ、アルメリア姉さん」
しかも僕の話じゃないし。
「当たり前じゃない! ヒスイはまだ十四歳で、これから楽しい時期だわ。二十年くらいは待たないと!」
「長いよ」
長すぎる。そんなに経ったら僕はすでに三十四歳。それまで独身と童貞を貫くのって、精神的に辛くないかい?
そもそも貴族は子供を作って繁栄し、永らく国に尽くすのが義務だ。
男爵子息だった頃ならともかく、男爵になったいまではそれは許されない。
一応、婚約話は出てるけど、それはいまは秘密にしておこう。この様子だと、アルメリア姉さんショック受けるだろうし。
「ひとまず中に入ろうか。話はのんびりソファにでも座って、ね」
そう言ってアルメリア姉さんの手を無理やり引っ張って屋敷の中に入れる。
彼女の話は、もっぱら僕の結婚に関するものだった。
もちろん、否定的な感じ。
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