第9話 これが魔力……
アルナからの指示を受けて、魔物がいると思われる場所へ向かう。
ものの10秒ほどで標的と遭遇する。
僕の目の前には、この異世界で初めて見るバケモノ——【魔物】がいた。
アニメや漫画で見たことのある外見じゃない。なんていうか……全身から負のオーラが漏れ出ていた。
骨格だけは狼や犬っぽいが、骨ばっていて不気味だ。目玉もなかば飛び出している。
まさにバケモノって外見で、あれだけ修行を積んでも体が固まる。
内側から冷たいなにかが溢れた。
額から冷や汗が滲み、ぷるぷると恐怖で手が震える。
根本的に違った。
アレはバケモノだ。魔物なんて呼び方は生ぬるい。バケモノ以外に形容できない存在だ。
——勝てるのか?
胸中に抱いた不安。剣を握り締めたまま、僕は動けないでいる。
すると、後方から声がかかった。
「——平気。心配しないで、ヒスイ。あなたは一人じゃない。あなたには、私たちがいるでしょ?」
振り向いた先には、三女神たちがいた。
それぞれがエールを送る。
「いけー! そんな気持ち悪いやつさっさと倒しちゃえー! ヒーくんは最強だよ~!!」
「くすくす。何かあったらこの辺りの生き物は根絶やしにします。なので、気楽に戦ってください、あなた様」
「……みんな」
心が温かくなった。
一部、カルトが物騒なこと言ってたけど気のせいだ。
いまは、それより。
貰った勇気を奮うべきだろう。
剣の柄を握りなおす。
視線を正面に戻して、奇声を発する魔物へと向けた。
そのタイミングで、魔物のほうも動き出す。
不規則に足を動かして走った。
でたらめな動きに見えるが、速度はなかなかに速い。
お互いのあいだにあった距離を一瞬で詰める。
「————!」
奇妙な音が鳴る。
体格に似合わぬ大きな牙を剥き出しに、涎を撒き散らしながら魔物は飛びかかる。
真っ直ぐに僕へ迫った。
——見える。
アルナに教わった【魔力】による身体能力の強化。そこには、当然、五感の強化も含まれる。
ここ一ヶ月弱はずっと強化の訓練ばかり行ってきた。おかげで、強化された動体視力が相手の動きを完璧に捉える。
見えているなら、回避を合わせることも容易い。
無理に反撃しようとせずに、僕は魔物の攻撃を横に飛んでかわした。
ガチン! という音が遅れて聞こえる。
魔物の牙は、虚空を噛んだ。
着地すると同時に、恨めしい眼差しが突き刺さる。
「……ふう。大丈夫。大丈夫。見える。見えてる。僕は……戦える!」
自らを鼓舞し、再び地面を蹴って迫る魔物を迎え撃つ。
今度は予めどこに避けるかを決めておく。
相手の攻撃は直情的だ。読み合いもなにもない。剣術を教えてくれたアルナより圧倒的に劣る。
やや腰を落とす。
剣の切っ先を横に倒し、わずかに引いた。
目前の魔物。
裂けそうなほど開かれた大口。
体を斜め右へと捻る。
弾丸のように斜め前方へと飛んだ。
同時に、引いていた剣を薙ぐ。
回避と攻撃、——カウンターが入った。
右手に伝わる抵抗力。肉を切った感覚がわかる。
バケモノの奇声が響き、お互いに交差した。
余韻に浸っている暇はない。すぐに振り向き、相手の追撃に備える。
——が。
「…………あれ?」
振り返った先で、バケモノが倒れていた。
ぴくぴくと全身を小刻みに痙攣させながら、一向に魔物は立ち上がらない。
地面を流れる赤い液体が、徐々にその範囲を広げる。
——まさか……もう、終わり?
いくら僕が【魔力】によって肉体を強化してるとはいえ、たった一撃で倒せるほど弱いのか? 魔物は。
それも5歳だぞ、僕は。
勝利への喜びより、手応えのなさが気になった。
構えを解き、離れたところで見守っている女神たちへ視線を送る。
すると、真ん中に立ったアルナが僕の疑問に答えてくれた。
「これで終わりなのか……という顔をしているわね」
「う、うん。だって、一撃で終わっちゃったよ?」
「一応、少しだけ誤解があるわ」
「誤解?」
「ええ。まず、大前提に、あなたの力は普通の人より強い。操作能力が低い状態でも、ね。そして、いまのは偶然も含まれる」
「偶然?」
「死体を見てみるといいわ。あなたの一撃は、たまたま魔物の急所——首を捉えたの。結構ざっくりいってるから致命傷ね。そうでなければ、あと数回は打ち合う必要があったかも」
いわれた通り、魔物の死体を確認しに行く。
たしかにバケモノの首元がぱっくり斬られていた。
とめどなく流れる血もそこから出ている。
……なるほど。
魔物が弱いというより。僕の手に入れた力が強すぎるのと、運がよかったのか。
ゲーム風にいうなら、【クリティカル】が出たってとこかな。
「納得したよ。教えてくれてありがとう、アルナ」
「礼には及ばないわ。それが事実だもの。けど……おめで——」
「おめでとぉおおお————!! ヒーくぅぅっっん————!!」
「ぐえっ!?」
すごい勢いでフーレが僕に抱き付いてきた。
抱きついたっていうか、タックルしてきたっていうか。
衝撃で後ろに倒れる。
「ふ、フーレ。痛いよ……」
「だってだってー! 魔物を瞬殺するヒーくんカッコよすぎるんだもーん! お姉ちゃん感動しちゃったよぉおおお!!」
すりすりすりすり。
しつこいくらいフーレが頬ずりしてくる。胸も当たっていろいろ複雑だった。
しかし。
「…………」
発言を途中で妨害されたアルナは、ぴくぴくとこめかみを震わせていた。
相手を殺しかねないレベルの殺気をフーレに向けて睨んでいる。
体制的に彼女には見えていない。逆に、僕には見えている。
ぶわっと全身から冷や汗が飛び出した。慌ててフーレを引き剥がす。
「ふ、ふふ、フーレ! ヤバい! 早くアルナに謝って!」
「えー? どういうこと? アルナちゃんがヒーくんに何か言おうとしたのを妨害したから、アルナちゃん怒ってたり?」
わかってるって事は、確信犯じゃないか!
ゆっくりとアルナがこちらに近付いてくる。
ああ……ダメだ。もう、間に合わない。
「あはは! 平気平気~。アルナちゃんは少し虐めるくらいがちょうど——」
言葉の途中。
パアァッン!! という炸裂音が聞こえ、目の前からフーレが消えた。
左を見ると、樹木をなぎ倒してなにかが通り過ぎた跡があったとさ……。
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