第208話 海洋都市

「グリモワール公爵令嬢……と言うと、確かアネモネ様のことか」


 僕に興味を抱いて、以前、何度か話をしたことがある。


 しかし、ここ最近は忙しくてあまり顔を合わせることもなかったな。


 急にどうしたんだろう。


 首を傾げる僕に、懐からコスモス姉さんは一枚の紙を取り出した。封筒だ。


「はい、ヒスイ。これが手紙よ」


「ありがとう姉さん」


 なんだ持ってたんだ。


 僕の上からコスモス姉さんが退き、立ち上がり手紙を開く。


 中身を早速確認すると……。


「海洋都市アクアビット?」


 手紙にはハッキリとそう書かれていた。


「アクアビット? 確か皇国にある海辺の街よね」


「僕は全然知らないな」


「でもどうしてアクアビットの名前が出てきたの?」


「なんでも、そこで一年に一度だけ行われる〝神霊祭〟なるイベントが開かれるから、一緒に行こうってさ」


「神霊祭……ああ、それなら知ってるわ」


 話を聞いていたアザレア姉さんが答える。


「かつて皇国に現れた邪悪な化け物を神様、あるいはその使徒が封印したって話ね。それから神へ感謝するためのお祭り——神霊祭という行事が始まったとか」


「神様が、邪悪な化け物をねぇ」


 ちらりと宙に浮く三人の女神を見た。


 当然、彼女たちは本物の神様ではないので首を横に振る。


「私たちは関係ないわ。確かにそんな話は聞いたことあるけど」


「化け物、化け物……ああ、前にめちゃくちゃ大きなエネルギーを感じたことあるね。それかな?」


「懐かしいですね。あれはもう千年ほど前でしょうか?」


 わいわいと僕を放置して昔話に花を咲かせる三女神。


 どうやら本当に関係ないらしいので僕は視線を手紙に戻す。


「神霊祭か……別に僕は興味ないんだけどね」


「行ってくるといいわ」


「アザレア姉さん?」


「ヒスイはクレマチス領と王都、そして帝国の街くらいしかまともに知らないでしょ? もっと世界を見てきたほうがいいわ。そのチャンスがあるならね」


「最近色んな場所に行ったけどね」


「それも含めてよ。忙しかった自分を労わるのも大事。アクアビットと言えば、観光地としても有名だしね」


「そうなんだ」


「ええ。夏場は人気すぎて宿の予約が取れないって聞いたことあるわ」


「へぇ」


 時期的にいまは夏。


 そろそろ暑くなってくる頃合いだが、確かに悪くないな。


 僕は少しだけ考えて、


「うん。どうするか悩んでみるよ」


 と答えた。


 満足げにアザレア姉さんは頷き、僕たちは揃ってダイニングルームへ向かった。




 ▼△▼




 翌日。


 リビングでのんびりくつろぐ僕の前に、メイドの女性が現れて言った。


「旦那様、お客様がお見えになっております」


「お客様? 誰かな」


 僕は誰とも約束していないんだが。


「それが……グリモワール公爵令嬢様です」


「あ、アネモネ様⁉」


 まさかの、昨日見た手紙を出した本人がやって来た。


 僕は慌ててソファから立ち上がると、


「わ、解った。着替えてくるからこの部屋に通しておいてくれ」


 急いで部屋を出ながらメイドの女性に指示を出す。


 彼女は恭しく頭を下げてから姿を消した。


「ハァ。面倒だな、貴族っていうのは。一々顔を合わせるだけで綺麗な服に身を包まなきゃいけないなんて」


 完全にオフ状態だったよ。


 ため息を漏らしながらも自室に入り、そこできっちりとした正装に身を包む。


 近くでその様子を見ていた三女神たちは、


「そういう服もヒスイには似合うわね」


「ヒーくん最高! きゃー!」


「くすくすくす。色っぽいですわ、あなた様」


 と僕に称賛の言葉を送ってくる。


 いいから、そういうの。


 アイドルオタクみたいな真似しないでくれ。恥ずかしい!




 ▼△▼




 三女神たちから謎の称賛? を受けながら着替えを終える。


 部屋を出て先ほどのリビングに戻った。


 すでにソファにはアネモネの姿がある。


 僕が部屋に入ってくると、彼女はソファから立ち上がって頭を下げた。


「こんにちは、ヒスイ子爵。急な訪問、まことに申し訳ございません」


 僕も彼女に倣って頭を下げる。


「いえいえ。わざわざご足労ありがとうございます。本日は手紙の件でしょうか?」


「はい。昨日、ヒスイ様が王都に戻ってきたというお話を聞いたもので。居ても立っても居られませんでしたわ」


 お互いに挨拶を済ませてソファに座る。


 メイドが運んできてくれた紅茶を飲みながら会話を交わす。


「どうでしょう、ヒスイ様もご一緒に。アクアビットは素敵な街ですよ」


「アネモネ様は行ったことがあるんですね」


「ええ。それはもう。暑い時期はアクアビットにかぎります。海産物も豊富で美味しいですよ」


「海産物……もしや、刺身という料理もあったり?」


「あら、ご存じでしたか。皇国由来の料理で、魚を生で提供するんですよ。最初はびっくりすると思いますが、これが中々に馬鹿にできない」


「なるほど……」


 前々から気にはなっていたが、皇国はそういう感じの国か。


 だとしたら、ひょっとしてあの調味料もあるんじゃないか?




 日本でも最強と名高い万能調味料——醤油!




 期待に胸が高鳴った。




———————————

あとがき。


明日、12月21日(木)に新作を投稿します!

よかったら見てください!応援してね!


※次話に間違って別の話を張り付けて保存しちゃって、209話がまるまる消えました……。内容まったく覚えてないので、新しく書き直します。少々お待ちください……大変申し訳ございません。

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