第195話 件の女
エリザベート殿下が簡易的な王宮内部の見取り図を書いてくれた。
それによると、件の怪しい女は陛下の傍にいるらしい。
僕は少しだけ頭を悩ませた。
「皇帝陛下の近くか……だとすると、襲撃した時にバレる可能性が高いね」
「しゅ、襲撃? ヒスイはあの女を殺す気なんですか?」
目の前に座るエリザベート殿下の顔色が青くなった。
僕の発言を過激だと捉えたのだろう。もちろんそんなわけはない。
首を横に振って彼女の言葉を否定した。
「違いますよ。普通に話しても叫ばれたら困るでしょう? 音は遮断しますが、念には念を入れて。抵抗されても困りますし、拘束くらいはします」
相手は帝国の人間だ。あの女神の石を持っていないとは思えない。
だから手足くらいは縛っておかないと危険だ。主にエリザベート殿下とローズが。
「な、なるほど……拘束でしたか。急にヒスイが恐ろしい人に見えましたわ」
「あはは。僕の言い方が悪かったですね。そこまで野蛮ではありませんよ」
「そうですね。ヒスイは心の優しい人です。短い付き合いではありますが、わたくしはそれを知っているはずなのに……すみません」
ぺこりとエリザベート殿下は頭を下げた。
僕は焦る。
「あ、頭を上げてください、エリー。謝るほどのことじゃないですよ」
ただ僕が誤解させるようなことを言っただけだ。
どちらかと言うと僕が悪い。
「ふふ。ヒスイが焦る様子は見てて面白いですね。もっと困らせたくなります」
「えぇ……」
「お気持ちはよく分かりますわ、エリー」
「ローズまで!?」
なんで君たちはそんなところで手を結ぶんだ。
僕を間に挟んで僕の話で盛り上がらないでくれ!
きゃっきゃっと楽しそうに雑談する二人に、「ごほん!」とわざとらしい咳払いをして無理やり中断させた。
「話の続きをいいかな? 二人とも」
「あ……申し訳ありません、ヒスイ」
「脱線してしまいましたね」
「楽しそうなのはいいんですけどね。話題が僕じゃなきゃ」
やれやれ、と苦笑しながら先ほどの話に戻す。
「それで、これからの計画だけど、まずは機密文書を盗む。これは王国に戻った時に必要になるからね。それに、相手の狙いが分かる」
「はい」
「次にエリーが言った怪しい女の拘束だ。恐らく彼女が王国との戦争の発端を作ったと思われる。重要な話をいろいろ知ってるだろうから、尋問しないといけない」
「尋問……」
エリザベート殿下がわずかに顔色を悪くした。
彼女にはまだ難しい。それは百も承知だ。
「安心してください、エリー。尋問は僕が引き受けます。僕なら肉体的に痛めつける以外にも手はありますので」
「それはそれで恐ろしいと思いますが……ヒスイを信用しましょう。わたくしには無理な話ですからね」
「痛めつけるならルリがやるよ?」
「話聞いてた? ルリ。肉体的に痛めつけると苦しい人がいるから、精神的に負荷をかけようと思う。相手によってはそっちの方が効く人もいるからね」
「そうなの?」
「そうだと思うよ」
僕なんて痛覚は遮断できるけど心までは遮断できない。
神力を極めれば心さえ遮断できるらしいけど、心を遮断するってどういう状態なんだろう。
今度フーレに試してもらおうかな。
「ローズとエリーには部屋に入ってくる人がいたらその人たちを拘束してもらうことになると思う。あんまり手加減しちゃダメだよ? これは大事な仕事なんだ」
「はい、分かっています」
「お任せください」
殺しではないと分かると二人は覚悟を決める。
この調子なら緊張や不安に苛まれることはないだろうね。
更に話を詰める。今度は脱出経路とか他のプランを。
話は何時間にも及んだ。
▼△▼
後宮内部。皇帝陛下の書斎。
一枚の扉をノックする音が響いた。
「誰だ」
「私ですよ~、陛下ぁ」
「ティアラ様ですか。どうしました?」
返事を返すと扉が開く。
右半分ほどが白。左半分ほどが黒の髪を女性が室内に入ってきた。
外側は白黒のツートンなのに、なぜか髪の内側は桃色だった。
不思議な髪色の女性に、しかし皇帝陛下は恭しく頭を下げる。
その様子に嬉しそうに笑って彼女は口を開いた。
「いやねぇ? 女神の石が採掘できる鉱山の方でおかしな反応を感じましてぇ……調べてもらえますかぁ?」
「鉱山に? 一体何が……」
「私の予想が正しければ~、恐らく鉱山の能力が消えましたねぇ」
「な、なんだと!?」
これには皇帝陛下の声が荒くなる。
バン、とテーブルを叩いてすぐに部下を呼んだ。
鉱山の方に問い合わせるよう頼み、一時間。
戻ってきた部下の話によると、確かに鉱山で採掘できる女神の石の効力が切れていることが判明した。
「な、なぜだ……なぜ急に女神の石が採れなくなった?」
「女神様が怒ったのではぁ? 私たちの力を使って戦争なんてしようとするから、ってねぇ」
「笑えない話ですね……」
「本当に~、心底笑えませんよぉ」
三色髪の女性はそう言いながらも笑みを作っていた。
だが、長い付き合いだから皇帝は分かる。
彼女は本心から笑っていないと。
瞳に宿る感情の中には、怒りが渦巻いているのだと。
「でもぉ、心配しなくていいですよ~? これまで採掘した分は使えますからぁ」
くすくすと笑ってもう用件は済んだと言わんばかりに部屋から出ていった。
皇帝は頭を抱える。だが、まだ手はたくさんあるのだと思考を切り替えた。
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