第60話 裏切り者

「ふう……やっと終わった」


 リコリス侯爵邸で、みっちりとローズに神力を教えること数時間。


 あれやこれやと話を振られ、お茶を飲み、食事を出してもらってようやく解放された。


 乗ってきた馬車で自宅まで戻る。


 ガタガタと小さく揺れる馬車の中で、姿を見せた三人の女性がくすくすと笑った。


「お疲れ様だね、ヒーくん。今日はめっちゃ神力の練習がんばりました~」


 光の女神フーレが、優しく僕の頭を撫でてくれる。


 今日は自分の力がひたすら使われていたので、それを見て嬉しくなったらしい。かなり上機嫌だ。


「神力だけ練習に使った分、帰ってからは魔力の鍛錬よヒスイ」


「え゛? 帰ってからも訓練するの?」


「当たり前じゃない。訓練っていうのは、一度でもサボったら三日分は腕が落ちるものだと思いなさい。繰り返し行うことこそが大事なの」


「た、たしかに……」


 アルナの言うとおりだ。微妙に疲れてはいるが、時間が許すかぎり他の属性の訓練もしておきたい。


 感覚っていうのは、使わないと微妙にズレるものだからね。


「くすくす……呪力のほうはどうしますか、あなた様。無理せず今日は休んでもいいのですよ? わたくしはアルナほど厳しくありませんので、ええ」


「は? なに言ってるの、カルト。今さっきのわたしの言葉、聞いてなかったの?」


「聞いてましたよ。だからアルナほど厳しくないと言ったのです。アルナは鬼です。もうヒスイは充分に疲れているというのに、さらに過酷な訓練をさせるなど……鬼畜の所業」


「言うじゃない。表出なさい。久しぶりにキレそうだわ」


 バチバチと珍しく、アルナとカルトが睨み合う。


 狭い馬車の中、剣呑な空気がぴりぴりと大気を震わせた。


 普段はアルナとフーレが喧嘩することはあっても、その喧嘩にカルトが巻き込まれることは少ない。


 なぜなら彼女は、争いことなどには興味がないからだ。


 厳密には、カルトはかなりマイペース。自分の興味があること以外には平気でスルーするタイプの人間——女神だ。


 ゆえにカルトが喧嘩をふっかける場面は珍しい。僕は驚いたが、この空気は止めないとまずい。


 いくら二人の姿が他の人から見えないとしても、女神同士がぶつかればその衝撃と余波で周囲に迷惑がかかる。


 二人の存在だってバレかねない。


 だから、本当は恥ずかしいけどしょうがない。羞恥心を殺して二人を抱きしめた。


「アルナ、カルト。ダメだよ、こんな所で喧嘩しちゃ」


「ヒスイ……」


「あなた様……」


 僕に抱きしめられた二人の女神は、先ほどまでの殺気が嘘のように消えた。


 背中に腕を伸ばし、アルナたちも僕を抱きしめる。


 するとその様子を黙って見ていた残りの女神が、たまらず叫んだ。


「ず、ずず、ズルい! ズルいよ二人とも————!! お姉ちゃんだけ仲間外れにするなんて!!」


「おわっ!?」


 後ろから無理やり女神フーレが抱き着いてきた。


 ハッキリとした胸の感触と、圧し掛かる重量にアルナたちへさらに体重がかかる。


 しかし、二人とも腐っても女神だ。


 片や戦の女神と呼ばれるほどの猛者。僕とフーレが圧し掛かった程度ではぴくりともしない。


 構わず顔をくいっと上にあげられる。そのままアルナと至近距離で見つめ合い、なんの躊躇もなく——キスされた。


 ぶっっっちゅうだ。


 ビビって離れようとするが、いつの間にか後頭部に手が添えられておりびくともしない。


「!? ンンン!!  ン————!!」


 必死に抵抗するが無理。女神アルナには勝てない。




 その後しばらく拘束されたのち、なんとか十分くらいで解放された。


 呼吸困難になるかと思った……。


 ぜぇはぁ、と呼吸を整える。そこへ、


「ヒ~くーん?」


「あなた様?」


「ひぃっ——!?」


 二人の女神が、逃げられないように僕をサンドイッチする。


 がしりと体を掴まれ、動けなくなった。


 ま、まずい。この状況はまことにまずいでござるで候!


 バッと視線をアルナへ向けるが、アルナは幸せそうにくすくす笑って視線を逸らす。




 う、裏切り者————!




 まっすぐ自宅へ走る馬車の中、僕の悲鳴が響く——ことはなかった。


 その声は、永遠に心の中で響き続ける。




 ▼




 壮絶なイチャイチャ攻撃を受けて自宅に戻った僕は、平気な顔して訓練を強要するアルナを睨みながら日課を終わらせる。


 すぐに疲労が全身を満たし、翌日。


 朝食を食べ終えた僕に、執事の男性が一枚の封筒を差し出した。


 封筒には、王族のシンボルマークが押されていた。


 これが示すのは、王族からの手紙。


 僕が知る王族はただひとり。というか、こんなもの送ってくる人物をひとりしか知らない。


 国王陛下だ。


 中身を確認すると、なんてことはない。またしても国王陛下からの呼び出しだった。


 明日、昼前に王宮へ来てほしい、という。


 こうも頻繁に呼び出される関係になるとは……。


 一体、どのような用件だろうか。

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