第50話 三女も現れる

 翌日。


 気が付いたら朝になっていた。


 モゾモゾと布団の中から顔を出す。


 カーテンに遮られてはいるが、明るい太陽の日差しが部屋中を照らしていた。


「ふぁ……もう朝か。昨日はたしか……」


 ボーっとする意識の中、記憶をひっくり返して思い出す。


 そうだ。たしかアザレア姉さんが寝室に入ってきて、枕片手に、「一緒に寝ましょう、ヒスイ」と言われた。


 さすがに十四歳にもなって一緒に寝るのはおかしいのでは? と反論したが、彼女の最強の一声、「家族なんだからなにもおかしくないわ」で見事にゴリ押しされた。


 ちらりと横へ視線を落とすと、いまだ幸せそうな顔で寝ている薄緑髪の女性がいた。


 普段、アザレア姉さんはかなりの真顔だ。仏頂面と言ってもいい。


 それがウソのように笑みを作っていた。幸せな夢でも見ているのか、さらさらの髪を撫でて僕も笑う。


「ふふ。姉さんはどんな夢を見てるのかな」


 何度か彼女の頭を撫でると、そろそろ起きないといけないな、と思ったところで、


「——うわっ!?」


 急に腕を掴まれてアザレア姉さんに引っ張られる。


 そのままかなりの力で抱き締められた。


 ぎりぎりと痛む肩を動かしながら顔を見上げると、ぱちりと彼女の瞳が開かれた。


「……ヒスイ? おはよう」


 どうしてわたしの腕の中にヒスイが? という感想を飲み干して、さも当然のように挨拶してくる。


 ぎこちない笑みを浮かべて僕も挨拶を返した。ついでに、


「お、おはようアザレア姉さん……腕、離してくれないかな?」


 とお願いしてみる。


「あら、わたしとしたことが……無意識にヒスイを求めて抱き締めてしまったのね」


「みたいだね」


「ごめんなさい。久しぶりに会えて愛情が爆発してるようなの」


「そ、そっか……」


 とりあえずいい加減、離してくれませんか? なんで話しながらも抱き締めたままなの?


 じーっと彼女の顔を見つめるが、アザレア姉さんは柔らかい笑みを浮かべるだけで一向に腕を離してくれなかった。


 そんな時間が一分、五分、十分と経って……。


 ようやく、アザレア姉さんから解放される。


 メイドが部屋に来てよかった。


「ヒスイさま、アザレアさま、朝食の準備ができております」


「わかった。すぐに行くよ」


 メイドの丁寧な言葉遣いには一日経っても慣れない。


 もとが使用人なんてほとんどいなかった貧乏男爵家の末っ子だったからね。


 こうしてメチャクチャ丁寧に対応されると少しだけびっくりする。


「朝食のあとはどうする、アザレア姉さん」


「わたしは一度、騎士団のほうへ戻るわ。仕事があるから」


「なら僕は、入学予定の学校にでも行こうかな。どんな所か事前に見ておきたいし」


「そうね。わたしが案内できないのは残念だけど、もしかしたらコスモスと会えるかもしれないし」


 そう。現在コスモス姉さんは、ノースホール王立学園の二年生になっているはずだ。


 入学前の時期的に春休みに入っている可能性は高いが、それでも会える確率はゼロではない。


 学園には生徒専用の寮があるって話だし、もしかしたらそこに彼女はいるかもしれない。


 そう思うと、コスモス姉さんとも再会できるのが楽しみだった。


 和気藹々とした時間を過ごし、朝食を終える。


 大量の食器が片付けられていく中、ふいにダイニングルームにひとりのメイドが入ってくる。


 食膳係には見えないメイドは、僕の前で頭を下げると、淡々とした声で告げた。


「旦那さま、お客さまが来ています」


「お客さま? だれ」


 てか僕のことだよね、旦那様って。


「コスモス・ベルクーラ・クレマチスさまです」


「コスモス姉さんが!?」


 さすがにびっくりして大きな声が出た。


 たった今、アザレア姉さんと話していた三女が、まさかまさかの会いに来てくれるとは。


 探す手間が省けた。


 努めて冷静に、メイドに、「わかった。コスモス姉さんを客室に呼んでくれ」と伝えると、アザレア姉さんとともに昨日使った客室へ向かう。


 ものの数分ほどで、扉を開けてコスモス姉さんが入ってきた。


「コスモス姉さん! 久しぶり」


 彼女の姿が見えると、ソファから立ち上がって両腕を広げる。


 それを見たコスモス姉さんが、くすりと笑って同じく両腕を広げて歩み寄る。


 アザレア姉さんの時と同じように彼女と抱き合うと、正面の席からアザレア姉さんの笑い声が聞こえた。


「ふふ。コスモスは特にヒスイのことが大好きだったわね。再会できてよかった」


「お、お姉さま! 弟を可愛がるのは当然のことです。お姉さまだってずいぶんと甘やかしていたではありませんか」


 ぎゅうっと強めに僕を抱き締めながら、コスモス姉さんが顔を赤くして反論する。


 アザレア姉さんはかすかな笑みを携えたままこくりと頷く。


「そうね。わたしも昨日、コスモスと同じことをしたわ。ヒスイに会えて嬉しかったから」


「……まあ、でしょうね。アザレアお姉さまは、わたしよりずっと長いあいだ、ヒスイと離れ離れでしたし」


「そのあいだ、あなたがグレンたちからヒスイを守った話は聞いたわ。頼りになる姉だって言ってたもの、ヒスイが」


「ほ、本当、ヒスイ?」


「もちろんだよ。コスモス姉さんのおかげで、僕は幸せだった」


「ヒスイ……ッ! 大好き~~~~!!」


「むぎゅっ!?」


 さらに抱き締める力が増した。


 ぐ、ぐるちい……。


 パンパン、と降参の意味を込めて彼女の腕をタップするが、コスモス姉さんには届かない。


 徐々に顔を青くする僕を見かねて、アザレア姉さんが助けてくれる。


「もう……気持ちはわかるけどヒスイが死んだらどうするのよ」


 改めて三人でソファ席に腰を下ろし、僕たちは互いに見つめ合った。


 この三人でこうして顔を合わせるのは、実に八年ぶりである。


———————————————————————

あとがき。


ドラゴンノベルスの規定にある、10万文字に届きそうです!

明日からはまた毎日1話投稿に切り替えます。ご了承ください!

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