第45話 コペルニクの夜は更けて

 ――それはまことか!


 コペルニク伯爵は赤銅色の直毛を揺らして振り返った。


「正式なものではないものの、先程冒険者ギルドから一報が入りました」


 執事長からの報告を受けても伯爵は信じられない思いでいっぱいであった。


 あの古城は歴代の当主が調べ尽くしたはず。

 確かに魔法陣や魔核の類が秘匿された場所が見当たらず、その点に疑念は残ったようであったが、それでも徹底的に調査したはずであった。


「して、成果は?」

「隠し部屋には貴重な武具、そして多くの魔核と金塊が眠っていたと」

「それらは如何に?」

「当家からの依頼では乱取りを認めており、契約上は全てが依頼を受けた冒険者の所有になるかと。ただ……」

「ただ、なんだ?」


 普段の冷静沈着な姿とは異なり話の先を急く伯爵に対し、執事長からは予想外の返答があった。


「魔核は全てギルド経由で当家に献上すると……」


 ふむ――どうやら一筋縄ではいかぬ相手のようだな。

 冒険者らしからぬ予想外の返答を受け、伯爵は逆に冷静さを取り戻した。驚天の冒険譚から自分の得意とする領域――つまりは政治的な話に移ったということだろう。


「それはつまり……」

「魔核の献上を以って、これ以上の当家の介入は無用……との意かと」

「ギルド経由での献上ということは、ギルドもそれをとしたということだな?」

「仰せのとおりかと」

「冒険者の囲い込みのためマールズ辺りが絵を描いたか、それとも……」


 伯爵は思考を廻らす。


「依頼を受けた連中は何者だ?あれは我が伯爵家からの依頼であるのをいいことに、ギルドの方で勝手に箔付けしておったろう?確か有望な冒険者への登竜門とか……」


 乱取りのブツが粗方底を尽いたにも関わらず、伯爵家からの依頼料が上がらないことに業を煮やしたギルドが、なんとか智慧を絞って依頼自体をブランド化した苦労を顧みない酷い言いようではあったが、ギルドが伯爵家の名声を無断で借用していることも事実であった。


 こんなことになるのなら依頼料を上げてでも乱取りの特権を廃止しておけばよかった……


 後悔の種は尽きないが、そうした思いから生じるであろう伯爵家からの横車を押し返すための魔核の献上なのだ。ギルドまで取り込んでここまで先手を打たれては最早如何ともしがたい。


「依頼を受けたパーティーはハイロードで御座います。加えて、そのハイロードには例のゴブリンスレイヤー殿が正式に加入したとか……」



 何から何まで上手く事が運ばない。

 基本的にコペルニク伯爵は有能であり、勇敢かつ寛容な人柄も相俟って多くの領民から愛される名領主であった。そんな彼にとってここまで物事の歯車が嚙み合わないことはそうはない。


 マールズではないな……


 伯爵は思う。


 あの男は統率力に優れ、指揮も的確で、荒くれ者を纏め上げるには適している――が、基本的には庶民気質で伯爵家にも敬意を抱いている。加えて、一本気なところもあり、このような手練手管を弄するタイプではない。

 また、将来有望な冒険者との評判が高いハイロードの連中も、その情報は一通り集めてはいたが、腕は立つが思考的には一冒険者に過ぎず、ここまでの考えには至らないように思える。


 すると……やはりこの絵図を描いたのは例のゴブリンスレイヤー殿か?確かライホーとか言ったかな。


 ――後日謁見の場で会うのを楽しみにしておくとしよう。



■■■■■



 その頃、ギルドでは100人程の冒険者とギルド職員が酒を酌み交わしていた。


 ――ここまで景気のいい話もここ最近なかったよな?


 ――なんせお貴族様秘蔵のお宝だぜ!


 ――見ろよ、ハイロードの連中。イギーの盾とモーリーの鎚矛、それにアケフの鎧だろ?見つけたってのは。


 ――ミスリル混の得物にワイバーンの鎧か……俺もいつか手に入れたいねぇ!


 ――なんでも魔核もにあったようだが、全部伯爵様に献上するそうだぜ。


 ――ギルドに売らずにかよ?


 ――あぁ、ギルドに無償で提供して、ギルド経由で伯爵様の手元に行くそうだ。ギルマスのヤツ、ギルドの手柄にもなるって喜んでたぜ。


 ――他にもお宝にありついたんだろ?


 ――それでこうして俺達にもお裾分け……ってか?ありがたいねぇ。


 ――ところで他のお宝ってのはなんだったんだよ?


 ――なんでもハイロードの連中が使わない武具が数点との金ってな話だぜ。


 ――武具の方はそのうち武具屋にでも流れるんだろう?ミスリル混の剣とか……あるといいなぁ。


 ――アホゥ!あったとしても、おめぇが買える金額じゃねーよ!!!


 ――ははっ、ちげーねー



□□□



「なんだか若干情報が錯綜しているみたいだけれど、あれでいいのかい?」

「計画通り……」


 モーリーの問い掛けに、俺は≠ラも真っ青の悪人面で呟く。


「まったくもう、ライホーって悪いヤツだったんだねぇ。魔核の献上で伯爵を牽制した上に、ギルマスを抱き込んでの情報操作だなんて……そんな悪党にあたしのイヨはやれないよ!」

「なっ、なに言ってるのよ?キコ!」


 それなりに酔いが回っているキコがイヨを抱きしめる。その横からアケフが声を潜めて口を出す。


「でも流石にあの量の金塊は公にしない方がいいでしょう?」

「まぁね。数日中にはギルドの方で白金貨に替えてくれるってことだから、皆にはその後で分配するよ。アケフも使い道を考えておきな」

「僕は防具とかを新調したら、残りはお師匠にあげちゃいますから」

「えっ!?いや……まぁ、使い方はそれぞれだけどさぁ」


 うんうん、アケフはいい子に育ったなぁ。腹黒い俺とは雲泥の差だよ。

 うん?俺の取り分はお師匠にあげないのかって?そりゃそーだ。なんたって俺はお師匠に月謝として金貨1枚も払ってたんだぜ。お師匠の道場は各々の懐具合によって月謝額が異なり、俺はその中で最高額の支払いを求められていたのだ。

 アケフの月謝なんて俺の100分の1の銅貨1枚だったんだし、お師匠が王家から下賜されたっていうミスリル混の名剣まで貰っているんだ。そんなアケフと俺を単純に比較しちゃなんねーだろ?

 アケフの方もそこいら辺の恩返しのつもりなんだろうしさ。まぁあのお師匠が素直に受け取るかどうかは別の話だけれど……



 ぼんやりとそんなことを考えつつ、俺はグラスを傾ける。

 この地方特有のボタニカルによる複雑で癖のあるジンの香りが鼻腔を擽り、高い度数の酒精が胃を灼いていく。


 この世界に来て2年半。これまでも何度か死にかけたことがあったけれど今回もヤバかった。

 ――が、終わってみれば無事に帰還できただけでなく莫大なお宝にもありつけた。こうしてパーティーのメンバーと一緒に杯を傾けるってのもイイもんだ。


 終わりよければ全てよし!

 俺は前世にあったそんな無責任かつ前向きな言葉を思い浮かべると、もう一度グラスを傾ける。



 領都コペルニクの夜はこうして更けていった。



 ……なお、この間、一切表情を変えずに黙々とウイスキーの杯を空けているイギーと、そんなイギーのどこが面白いのかは不明だが彼に語り掛けながら笑い続けるパープルは、完全に蚊帳の外であったという。

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