第2話 謎の言葉

 そんなこんながあった約1年後、その男、ライホーこと頼北らいほう佳史よしふみが死を迎えたのは間違いない。

 しかし彼は再び目覚めた。



「やれやれ、また闖入者か……」


 横たわったライホーを見下ろす謎の生命体から中性的な声が発せられた。

 人のような姿形をしているが、輪郭も目鼻立ちも朧気。衣服を着ているか否かすらも定かではない。


「あんたは?……俺は?」

「私は管理者。そして貴方は管理者が住まう領域に至り、死を回避した者」


 起き上がりながら訊ねるライホーに対し、謎の生命体は不可解な言葉を返した。


「管理者?死を回避?」


 彼は混乱した。それはそうだろう。


 死んだと思ったら、いつの間にか生き返っていた。

 何を言ってるのか分からないと思うが、彼も何がどうなっているのか分からなかった。


 加えて、このよく分からない管理者なる生命体と謎の空間。


 25mプールと同程度の広さの半透明の平板が、宇宙と思しき空間に浮いていた。

 そして平板の周囲はゆらゆらと揺蕩っており、その揺蕩った歪みの狭間に地球と思しき星や見たこともない星々が浮いていた。


 ライホーがもう少し若ければ、異世界転生???転移???キターーー!と叫んでいるところだが、残念なことに彼の齢は50である。

 転生といえばダライ・ラマ、転移といえば戦国自衛隊といったお年頃であった。



「少し落ち着いて。一つずつ話しましょうか。まず管理者とは言葉のとおりこの星々を管理する者。そしてここは管理者である私が住まう場所」

「神……?」

「皆さんの認識ではその言葉が一番近いでしょう。が、厳密には違います。我々は星々を生み出し、その仕様を定め、あとは眺めるだけ」

「眺めるだけ……手出しはしない?それともできないってことですか?」


 超常的な相手を前に、ライホーは言葉遣いをビジネスモードに改めた。

 同時に、朦朧としていた思考も徐々に覚醒してきた。


「そう、しません。できることもありますが極力しません。観察が目的なので。そして貴方がいた星も私が生み出した最新の実験星」

「地球が?……実験って?」

「星を生み出す際に魔素を取り除いてみました。あぁ、魔素とは皆さんの認識で言うところの魔法の素となる物質のことです」


 いや、俺にはそんな認識ないんだけど……


 ライホーは心の中で突っ込んだが、とりあえず相手の話に合わせて訊ねた。


「で、その魔素ってのを除いた結果どうなったんです?」

「科学が進歩しました」

「へ?」

「科学ですよ科学。それは分かるでしょう?」


 そりゃまぁ分かるけど……

 逆に、魔素?ってのがあると科学は進歩しないのか?


 そんなライホーの心を見透かすように、管理者は言葉を続ける。


「魔素を利用して発動する魔法、これがないことで貴方達の先人は苦労したのでしょう。そのため、その代替として科学が進歩しました」


 をぅ、こっちの心が読めんのか?こいつ。まぁ神みたいなもんだから、読めても不思議じゃないんだが……

 にしても、魔法なんてもんがマジであるんか?


「魔法ってのは、私が思ってるようなものですか?」

「私には貴方の思いは分かりませんが、概ね貴方の星の平均的な認識で言うところの魔法で間違いありません」


 分かりませんが――って、分かってるんじゃねーの?

 まぁそこはいい、そこはこれ以上考えても仕方がない。


 すぐにライホーは切り替える。


 しかし科学がなきゃないで不便そうだな。ほかの星はどんな生活レベルなんだよ?


「私が管理しているほかの星は、貴方の星で言うところの中世レベルの生活水準です」


 をぃ、やっぱ心を読んでるだろ!と思いつつもライホーは訊く。


「すると今後貴方が生み出す星は、魔素をなくして科学の進歩を促す方向で?」


 何気に地球が零号機だった件について。


「いえ。戦争の大規模化や過剰な人口増加、気候変動などで星自体が滅亡する可能性が高まりますので、私はもう魔素のない星は生み出しません」


 確かに中世レベルの文明で留まるならば、その星の知的生命体も星自体を滅ぼすほどの影響力は行使し得ないか……


 後継機は作製されないっぽいぞ――地球。



■■■■■



 そんなことよりも俺は何故こんなところに?確か死んだはずだよね?


「さて、そろそろ貴方の話に移りましょうか」


 しれっと言う管理者をライホーは胡乱気に見つめる。

 心を読んでるのはもう確定だろ!とは思いつつも、彼はあくまでも大人の対応に徹し、静かに管理者に訊く。


「ですね。ではお訊ねしますが、私は何故生きているのです?そして何故こんなところに?確か地球で死んだはずですが……」

「ヘメ□・ペカ・ペカ」

「うん?」

「貴方、臨終に際してそう言いましたよね?」

「へ?」


 …………思い出してきた。確かにそうだ。


 息子がまだ俺の悪ふざけを一緒になって面白がってくれていた頃、約束したんだ。

 某漫画のふざけた女性キャラが「何の意味もない言葉」として死に際に残した科白。

 お父さんも死ぬ時にそれ言うから、あとはよろしく……って。


「言った……確かに。ヘメ□・ペカ・ペカって」

「そのせいです」

「は?」


 何言っちゃってるの?この人……じゃない、この管理者は。

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