第3話 □シアンティーを一杯

 俺の名はライホー。

 そしてここは惑星ナンバー4。

 この星の住民はまだ自分達の星に名前を付ける文明レベルにはない。


 ここはあの謎の管理者が4番目に生み出した星である。


 まぁ生み出すとはいっても、粘土細工よろしく捏ね繰り回して星を創るわけではない。

 宇宙空間の塵芥をうまーく集めて――まぁ、細かいことは省くが要はほかの星々ができる過程と基本同じだ。

 ただ、管理者はピンポイントで生み出す場所や大きさ、地軸の傾き、その他諸々を設定することができるようだ。

 彼ら?彼女ら?はそうやって生み出した星々を観察し、様々なデータを採っているそうだ。


 その目的を訊ねた俺に対して管理者は、羽虫如きが知る必要はない……そんな意味合いのことを、十分の一くらいやんわりとした表現に変えて答えてくれた。


 ちなみに地球は13番目だが、もうすぐ廃番になるらしい。

 廃番になっても急に何かが大きく変わるわけではないけれど、管理者の手を離れたどうでもいい星の一つに格下げされるとのことである。

 これまで1、2、3、5、7、11番の星がうまく成長せずに廃番となったそうだが、そらぁ13番も廃番になるわけだ。

 管理者は何故かその法則性には気付いていないようだったが……



 まぁそれはいい。

 あの後、なんだかんだとあり、俺はこの星に転移した。


 管理者が言うには、人は死んでも転生なんてしないそうだ。肉体は星の土へと還り、魂は消え失せる。

 故に転生も解脱も浄土も、ましてや天国や地獄、復活の日なんてものも存在しない。

 ってか、さっき消え失せると言ったばかりだが、厳密には魂なんてものもない。管理者にとってそれは、生命体の脳内を巡る電気信号の集合体を指す言葉に過ぎないようだ。


 なんだかありとあらゆる宗教にケンカを売っている気分になるが、管理者がそう言っているのだから仕方がない。ボクワルクナイヨ!


 ただし!ここ重要!!

 命と引き換えにあの呪文「ヘメ□・ペカ・ペカ」を唱えた者だけは、あの管理室?に召還される……らしい。



 管理者が言っていたように、彼ら?彼女ら?は生み出した星々の初期設定はするけれど、基本的にその後の干渉は本当にしないそうだ。

 したとしても、適当な生命体を創造しそれに憑依して目的の星に赴き、一般人より若干強い力を行使する程度で、それすらも通常はほぼ行われないらしい。


「ダメなら廃番にすればいいだけですから……」


 管理者は厳かにそう宣った。まさに実験用マウスと同程度の扱いでしかない。


 それは兎も角、管理者がある星に赴いた後、管理室に戻るための特殊な魔法ってのがあるそうなのだが、そもそも地球には魔素がない。

 管理者自身がそういう星として地球を創ったのだから当然である。

 そして魔素がないため、管理者であってもその魔法を使用しても管理室に戻ることができなくなってしまうんだそうだ。


 そこで管理者は、自分が憑依した生命体の命を魔素代わりにして、管理室へと戻るための地球専用の新たな魔法を開発した。

 通常は魔法を行使するために呪文なんて必要ないんだそうだが、魔素が存在しない特殊条件下での魔法だったため、どうしても発動のための呪文が必要になったらしい。んで、その呪文ってのが「へメ□、ペカ、ペカ」なんだそうだ……


 ちなみに管理者であれば今際の際でなくとも、強制的に命を憑代に呪文を唱え、管理室に戻ることができるようだが、そのような荒業は一般人にはできない。

 ってか、管理者以外の者がその魔法を使用することなど、そもそも想定されていない。しかし魔法の組成上、一般人であっても死の直前にその呪文を唱えると、管理室に召還……いや、この場合は召喚されてしまうのだ。



 管理者は俺にこう宣った。


「まさかあの呪文を臨終に際して唱える愚か者が存在するとは……。人生最後の言葉なんですよ?もっと意味ある言葉を残してくださいよ!」


 管理人、激おこであった。

 そして彼?彼女?は力なく付け加えた。


「貴方で2人目です……」


 そう、俺が蘇生したとき「闖入者か……」とかなんとか言っていた。

 管理者は地球上の知的生命体が今際の際には絶対に言わないよね?って言葉を必死でセレクトしたようだが、俺はまさかの2人目であった。



■■■■■



 およそ100年前、科学技術の急速な進歩と星の危険を察知した管理者は、一度地球に降り立つことを決意した。

 そしてその際、魔素のない地球から管理室に戻るための魔法を新たに開発し、その呪文を定めた。


 人類が決して使わないであろう奇抜な言葉がよい。特に死に際しては絶対に言わないような言葉。加えて、地球上で最も難解そうな日本語にしよう。


 そのとき管理者は気紛れにそう考えたのだそうだ。


「そもそも地球上の言語にしなければ良かったのでは?」


 俺はそう訊ねたが、絶対に使われないであろう言葉にすれば問題はないと判断したようだ。


 しかしその思惑は約30年前に破られたそうだ。


「30年前は絶対にない!」


 若干気持ちが昂った俺は思わずタメ口で叫んだ。が、即座に僅かばかりの冷静さを取り戻しつつ訊いた。


「海O紀の最終回はそんなに前じゃないでしょ……ってか、そもそもあれって日本語でしたっけ?」


 管理者が言うには、どうやら100年前に定めたときは「ヘメ□・ペカ・ペカ」ではなかったんだそうだ。

 30年前に当時の呪文が唱えられたとき管理者は本気で反省し、二度と唱えられることのないよう「ヘメ□・ペカ・ペカ」に変更したらしい。

 しかし、まさかそれすらも唱えられるとは思ってもみなかった……とのことである。



「ちなみに100年前に定めた呪文って何だったんですか?」


 そう訊ねた俺に、管理者は絞り出すように答えた。


「ジャムではなくママLードでもなく蜂蜜で……」



「…………」


 暫しの沈黙の後、俺は盛大に噴いた。


「ダッハハハッ!よりによってそれかよ!あんた地球からトールハソマーでも撃ちたかったの?」


 俺は僅かばかりの冷静さを完全に喪失し、星々の管理者に対し随分な口をきいてしまった。

 ひとしきり笑いに笑い、再び冷静さを取り戻した俺は、若干冷汗らしきものを背に感じながら改めて管理者に訊ねる。


「コホンッ、失礼しました。それにしてもほかに呪文の案はなかったのでしょうか?」

「セキュリティ性をより高めるため、冒頭に「□シアンティーを一杯」という文言を加えるかどうかは悩みましたが……」

「それでも多分、破られていたと思います……」

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