第90話 翔んでパープル
王都を発つ日が来た。
既に新年を迎えてからひと月が経とうとしている。
その日までに俺とイヨは改めてドワーフオヤジの工房街を訪ね、依頼していた丸小盾と鞘を受け取る。
丸小盾の出来は想像以上に素晴らしいもので、かつてポンコツ神から支給されたモノと比べても防御力にして1ポイントほど上回っていた。また、鞘の方もイヨは随分とその出来栄えが気に入ったようで、細剣を抜き差ししては満足気に微笑んでいた。
工房街に出向いたついでに――と言ってはなんだが、俺は周辺の鍛冶屋を回って劣化ミスリル混の剣を3本ほど買い足すことにした。
劣化……とは言え、痩せても枯れてもミスリル混の武具である。
かつてモーリーが語ったように、ミスリル混の武具にはその形状を記憶して、元の状態に戻ろうとする性質がある。そのため、刃毀れなどで破損しても研ぎ直すのではなく、補完する素材を用意して特殊な魔法陣に魔力を流すことで復元させるのだ。故にミスリル混の武具は研ぎ減りや金属疲労からくる劣化とは無縁なのだが、それを復元師に頼むとなると馬鹿にならないほどの金を取られる。
アケフの剣やイヨの細剣のような名剣ならまだしも、俺の剣程度ではそこまでする気には到底なれない。そもそもそんなことをするくらいなら、今俺がやろうとしているように、投げ売りされている安価な劣化ミスリル混の剣を数本ストックしておき、使い捨てにする方が安上がりなのだ。
さて、俺達はあの商売人のイケオジとも再会し――どうやらあの食事処はイケオジ行きつけの店だったようで、訪ねる度に彼と遭遇したのだが、感謝の言葉を受けるとともに彼の店にも招待された。
王都に来ることがあればまた是非立ち寄ってくれ――そう言って彼は、握手と共に白金貨1枚を俺の手に握らせる。一瞬ギョッとした俺であったが、それを返すような野暮なマネはしない。俺はその半分、金貨にして5枚分を彼の店で散財し、パーティーメンバー全員の帰路の旅装などを整えたのであった。
■■■■■
春の気配が微かに漂い始めている。
この先、寒の戻りを繰り返しつつも季節は徐々に春めいていくのだろうが、今このときは順調な旅路を予感させる春光が大地を温めていた。
王都パルティオンの正門までは執事長のラトバーも随行し、コペルニク伯爵改めコペルニク侯爵を見送る手筈になっていた。そして復路では俺達も新侯爵に同伴できるらしい。
その新侯爵の旅路だが、大河オータランに出るまでは支流沿いを陸路進むが、出てからは支流との合流点にある河港で乗船し、そのままオータランを下って領都コペルニクを目指すのだという。
船に積み切れない荷は、5人ほどの騎士と彼らが雇った馬借が陸路運ぶことになっており、本来ならば俺達もその一団に加わるところだが、今回は特別に侯爵と旅路を共にすることが許されていた。
色々と厄介事がなければいいがな――俺がそんなことを考えていたとき、コペルニク侯爵がラトバーに訊ねる。
「パープルは如何?」
そう。ラトバーと同じく見送る側であるはずのパープルが未だこの場に現れない。俺達パーティーメンバーとの別れのときでもあるってのに、一体あの男は何をしているのやら……
「少し遅れるものの、必ず行く――そう申したもので……誠に申し訳ございません」
ラトバーが冷や汗を拭う。如何に優秀なこの男でも、やはりパープルの扱いには苦慮しているらしい。
俺達は互いに視線を交わし、パープルなら然も有りなん――心中でそんな思いを分かち合ったが、その刹那、俺の魔素察知が急速に接近する飛翔体を捕捉した。
「キコ、警戒!北東方向から飛翔体!!」
そう叫んだ俺は、騎士団の副団長サブリナ=ダーリングに素早く視線を送る。彼女が侯爵の北東方向へと躍り出たのと、団長スダーロ=ミヒャが彼女の後方に陣取って侯爵を庇ったのは同時だった。流石は手練れの正副団長だ。一分の隙も迷いもない。一拍遅れて他の団員達も侯爵の両脇を固める。
飛来する謎の飛翔体。それはかなりの魔素を纏っていた。俺達の緊張は一段と高まるが、徐々に減速したそれは10m程離れた地点に人型を成してふわりと降り立った。
その正体は……途中から予測はしていたのだが、やはりそれはパープルであった。彼は何事もなかったかのようにしっかりとした足取りで近付いてくる。
そして驚きの表情を顔に張り付けている面々――それがコペルニク侯爵や正副騎士団長であっても――を完全にスルーしてドヤり顔で俺に声を掛けてきた。
――ライホー、これが私の答えだ。
それがパープルの第一声だった。
コイツ、重力魔法と風魔法を併用して翔びやがった!
パープルに重力魔法の指輪を渡したとき、お前なら……俺以上の使い方も編み出してくれるんだろう?そいつを楽しみに待ってるぜ?――確かそんなことを言ったような気がするが、まさかこの短期間でそこまでやってのけるかよ?
俺が指輪を渡した日から、まだ二か月経ったか経たないかだぞ。
ったく、どんだけ魔法の天才なんだ?
きっと俺と同じように重力魔法を行使していても、その効果はダンチなんだろう。普通は人が翔べるほど軽くなんてならないからな。そしておそらく、併用していた風魔法の威力や制御も半端ないからこそできる芸当なんだろうが、ホント勘弁してくれよ。
コイツのコトだ。多分、飛翔中に火魔法での攻撃だってやってのけるんだろう。ヤベェな、コイツ。冒険者辞めたってのに、すでに辞める前より強くなってやがる……
こんなことサラッとされちまうと、俺の方がパープルの期待に応えられるか自信がなくなってくるぜ。
私もライホーが面白い使い方をしてくれることを期待している――あのときパープルは俺にそう語っていたはずだが、流石にハードルが高くなり過ぎだ。
「ライホーの雷魔法の方も楽しみに待っているぞ」
小声でそう囁いた彼に、コイツやっぱ憶えてやがる。あぁ、どうすんべぇ――そんな気持ちになりつつも、俺はステータス画面でチラリと彼を覗く。
やはりパープルの魔力消費量は相当なもので、流石に長時間に渡って翔べるとは考えにくいが、それでもコイツはこんな規格外のコトを平然とやってのける。
そこにシビれる!あこがれるゥ!……じゃないわ!
たくっ、これだから天才ってヤツは……こちとら、コイツから貰った雷魔法の指輪を試すため、ゴブリン三体を相手に血みどろになって実験してたってのによう。なんだか悲しくなってきたぜ……
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