第89話 あの日の諸々のコト

 ――ってなことがあったんだよ。


 キコ達に説明し終えた俺は、昼に引き続いてウィスキーのお湯割りをちびりと口に含む。


 前世ではこんなに冷えた夜は、梅干し入りの焼酎を日向燗で楽しんでいたのだが、残念ながらこちらの世界には梅干しが存在しなかった。

 二口目のウィスキーを口に含んだ俺は、キコに訊く。


「で、そっちはどうだった?冒険者ギルドだって流石にまだ情報は出回ってなかったんじゃないか?」

「そうね。けれど、ギルマスからはアケフのコトでこっそり祝意は伝えられたよ。あのトーナメント優勝の話は内々に伝わっているみたい」

「ほぅ、そこまではギルドにも明かすんだな?」

「そうみたいね。どのみちトーナメントの存在を知っている上位冒険者には、出場者から話は広まるらしいから。特に今年はトーナメント常連でAランクのリョクジュがCランクの新星アケフに敗れたってんで、噂になるのが早いみたいよ」

「いやはや、これでアケフもこの界隈では一躍有名人だな?」


 俺がアケフの肩をポンッと叩くと、はにかんだ彼は、止してくださいよ――そう言ってエールを一息で呷ったのであった。



■■■■■



 その後、一週間が経過した。

 俺達は街に出ては情報を集め、その一方で第三王子やコペルニク伯爵に利する情報をせっせと流し続ける。無論、あのときのイケオジ以外には具体の話を仄めかしたりはしない。


 この間、大きな進展はなかった。

 上位層の冒険者の間ではアケフのトーナメント優勝の噂は広がりを見せているが、そこどまりだ。それに続いて発生した所謂「キセガイ公爵の乱」の件は、キセガイ公爵家、バウム侯爵家、そして俺達コペルニク伯爵家の冒険者しか現場にいなかったこともあり、冒険者経由で表沙汰になるとは考えにくい。おそらくバウム侯爵家お抱えの生き残り連中も、俺達と同じで因果を含められているはずだ。


「にしても、流石に噂の広がりが遅過ぎないか?冒険者ルート以外も相当厳しい緘口令が敷かれているみたいだな」

「だとしてもだよ、キセガイ公爵家の取り潰しはいずれ表沙汰にせざるを得ないでしょ?あれだけの大貴族なんだから、いつまでも内密に……ってわけにはいかないと思うけど?」


 だよなぁ――と俺がキコの言葉に頷いたちょうどそのとき、パープルが伯爵家王都別邸から帰ってきた。彼が伯爵邸に赴くのは今日で三日目。執事長のラトバーとは既に仕官、そして研究所入りに向けて滞りなく打ち合わせが進んでいるらしい。

 ラトバーが有能なのか、それともパープルの人が変わったのかは判然としないが、話し合いは順調のようだ。


 その彼が開口一番、俺達に告げる。


「明日らしい。明日「あの日の諸々のコト」が国から公表される。皆にそう伝えるよう執事長から託かってきた」

「ようやくかい?それにしても随分と急だね。これといった噂話も出回っていないってのに」

「余程、情報統制が上手くいっているみたいだね」


 パープルの報告にキコが応じ、それにモーリーも加わる。

 次いでキコとモーリーの視線が俺へと向けられる。俺の考えを訊きたいんだろうが、その前に一つ確認しなければならないことがある。


「パープル、表沙汰になる「あの日の諸々のコト」って、ラトバーからはもっと具体的に聞いていないのか?」


 すると彼は、やおら口を開く。


 ――やはりか。悪気はないんだろうが、肝心なコトを報告していないようだ。コイツの報・連・相は安易に信じちゃダメだ!


「キセガイ公爵は私怨からバウム侯爵を害した罪で自裁を命じられ、公爵家は断絶。バウム侯爵家は年若い嫡男が新当主を継ぐ――そう公表されると聞いた」

「……ホントにそれだけか?国王暗殺未遂事件と第一、第二王子の件はどうなんだよ?」

「あぁ、それか。国王の暗殺未遂は秘匿される。第一王子はバウム侯爵の殺害に巻き込まれて死亡、第二王子はショックで身心のバランスを崩して静養ってことになるらしい」


 だ・か・ら――最初に訊かれたときにそこまで全部話せよ!ったく、やっぱパープルが変わったんじゃないな。ラトバーが有能って方が正解のようだ。


 まぁいい。それよりも今はこの情報の精査が先だ。


「あくまでも貴族家同士の争いで幕引きを図る……って感じかな?」

「そうね、モーリー。それでも第一王子の死は取り繕いようがないから止むを得ず公表するけど、第二王子の乱心は秘匿して幽閉する……ってトコかな?ライホー、アンタの見立ては?」

「二人と同じだよ。付け加えるなら、この一週間はその脚本をお偉いさん達が吟味し、公表するまでの間に色々と利害調整する時間だったんだろうな。そしてその間、一切情報が流れないってことは、統制が相当効いているってことだ。あの国王、ああ見えてなかなかやり手なんじゃないのか?」


 ところで、第三王子絡みの話は何もなかったのか?――そんな俺の問いに、パープルはやおら口を開く。だ・か・ら、そーゆーとこだぞ!お前は。


「第一王子が就いていた役職は、ほぼ全て第三王子に引き継がれる……」


 それって、実質的に後継同然の扱いってことだろ?そんな重要なネタを……。


 俺がそんなことを考えていると、流石にキコが声を荒らげる。


「パープル!アンタまだ言ってないコトあるんじゃないだろうね?」

「あっ、あと、コペルニク伯爵が陞爵する……あっ、それと、第三王子と伯爵の話が正式に公表されるのは年が明けてからだ。これで本当に全部だ。もうない」


 ……コイツ、頭はいいのにどうしてこうなんだろうな。

 キコの下で冒険者やっているだけなら、無口だけれど有能過ぎる魔導師って評価になるんだが、ちょっと独りで社会人チックなことをさせた途端これか。そんなパープルをこれまでしっかりと御してきたキコが凄かったんだろう。ホント大したモンだよ。

 まぁいい、これからその苦労はラトバーに負ってもらうとしようか……なんて考えていたら、パープルが更に口を開く。


「あともう一つ忘れていた。……年が明けてすぐ、私は研究所に入ることになった」

「「「………」」」



■■■■■



 その日から半月後。


 開示情報を緻密にコントロールされた「あの日の諸々のコト」は、として王都の人々に広く膾炙し、王都パルティオンでは悲喜交々の人生模様が展開されていた。


 大貴族であるキセガイ公爵家への売掛けが回収できず、没落した商家も多かったようだ。また、バウム侯爵家と昵懇の商家は今回の件で直接の被害こそなかったものの、先々のことまで考えると商いの勢いは衰えていくと目され、その前途は多難と思われていた。

 一方、まだ正式には公表されていないが、第三王子とコペルニク伯爵家が日の出の勢いであることは衆目の一致するところで、彼等と関係が深い商家はホクホクであった。



 来月はいよいよ新年を迎える。

 そこで第三王子のな後継指名とコペルニク伯爵の陞爵が公となる。と同時に、パープルは研究所入りする。彼はコペルニク伯爵家改めコペルニク侯爵家の家臣として王都別邸に一室が与えられ、そこから研究所に通うことになるのだという。

 もう領都コペルニクには戻らない。元々宿屋住まいだった彼の荷は領都には残されておらず、身一つでこちらに移り住むことが能うのだ。


 俺達ハイロードがこのメンバーで集えるのもあと僅か。

 俺達はいつものように河原亭で杯を交わし、残り少ない時間を有意義に?呑み明かしたのであった。

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