第88話 イケオジ

 その後、俺達は商業地区へと向かい、以前も入った食事処で一休みする。


 あのときと同じくエールを……と思ったのだが、舞っていた沫雪こそ降り止んだものの、こんなに冷え込んだ日は身体が温まるものがいい。

 イヨはホットミルクを、アケフは紅茶を、俺はウィスキーのお湯割りを頼む。温かい飲み物で人心地ついた俺達は、周囲の会話に耳を傾ける。


 例の話は特に出回ってないわね?――とイヨ。


「昨日の今日だからな。余程のコトでもなければ市井の者に情報が伝わるにはもう少し時間がかかるだろうさ」


 とは言え、いずれ情報は出回るだろう。が、そのときは既に国の上層部にとって都合のいい脚本に改竄されているはずだ。


「えっ?それなら今日ここに来る意味ってあったんですか?ライホーさん」

「あぁ、余程のコトがなかったってのを確認したかったんだ。あんな大事件が起きても国の情報統制は機能している――ってコトは分かった。それだけでも収穫だよ、アケフ。それに……だ、今回の俺達の任務は情報を集めるだけじゃないからな」


 俺は視線でアケフをいざなう。

 その視線の先には、たった今入店したばかりの以前潤滑油エールを差して色々と情報を聞き出した王都の商売人がいた。

 それは、隙なく丁寧に整えられた口髭とロマンスグレーの豊かな髪を持つ50がらみの男。第一王子と第二王子のについて詳しく教えてくれたあのイケオジであった。



□□□



 久しぶりだな、オッサン――そんな俺の声掛けに、イケオジは一瞬記憶の引出しを探るような表情を浮かべたものの、数瞬後にはお目当ての引出しを見付けられたようで、やぁ、君達か――とニヤリと笑った。


「今日はアンタ独りなのか?よかったら俺達と一緒にどうだい?」


 そこそこの成功者と見受けられるアラフィフ商売人と、ハタチそこそこの若き冒険者達。一緒にテーブルを囲むには違和感が半端ないが、イケオジは何の躊躇いもなくテーブルに着く。


「私のようなオジサンが、こんな若者達のお招きに与れるとは光栄だね。是非、御相伴させてもらおう」

「今日はエールにするかい?それとも……」

「君と同じのがイイな。勿論、君達のオゴリなんだろう?」

「あぁ、正直アンタの情報には助けられた。摘まむモノも好きなように頼んでくれ」


 そんな俺の言葉に、それじゃ遠慮なく――そう応じた彼は、近くの店員に声を掛けると、俺と同じウィスキーのお湯割りと何品かの料理を注文する。



「――で、私の情報は役立ったのかな?」


 先ずはウィスキーのお湯割りが供され、その杯を軽く傾けた彼から低い声でそう訊かれたとき、俺は自分の失策に気付いた。

 と言うのも、俺達のような冒険者風情が第一王子と第二王子の出自を知って役立つことなどそうはないからだ。彼が疑問に思うのも当然だ。


 それでもここで慌てて返答し、ボロを出すわけにはいかない。


「アンタも長く生きてきたんなら、世の中には知らない方がいいコトがあるのは知っているだろう?今回のはそれだよ。知らない方がいい。それにアンタからの情報の謝礼は、前回のエールと今回のウィスキーで支払っているはずだぜ?これ以上こちらから話せることはないね」


 俺は苦しいながらも強気に出て、回答を拒絶する。


「知らない方がいいコトかどうかは私が判断するよ……と言いたいところだが、まぁいいだろう。が、少なくとも君達はアノ情報が役立つような大事に遭遇し、それを乗り越えてきたんだろう?まだ若いのに大したものじゃないか。そんな将来ある冒険者とは是非とも懇意にしたいものだね」


 チッ!俺の一片の失言から、この短時間でそこまで推測されてしまうとは厄介なオヤジだ。劣勢な言葉の応酬の中、俺は必死に言葉を紡ぐ。


「そりゃどうも。詳しくは言えんが、アンタの見立てどおりだよ」


 そう応じたとき、彼が注文した料理が運ばれてくる。見ると俺やオヤジ向けのガッツリ料理だけではなく、イヨのことも気遣った軽めのメニューも含まれていた。


 頭の回転が速いだけじゃなく、気遣いもできる……ってか?しゃーない、少しばかり匂わせてみるか。


「確かあのときは6年前の侯爵家の騒動の話も教えてもらったよな?」

「あぁ、そういえばそうだったかな」

「で――侯爵家お抱えの商家も随分と損害を被ったって話だったじゃないか?」

「回りくどいねぇ。何が言いたいんだい?キミは?」


 穏やかな口調とは裏腹に、オヤジは眼光鋭く俺を射抜く。


 いやぁ、こっちだってアンタに話すべきかどうかまだ迷いがあるんだよ――そう応じた俺に、一転して柔和な表情になったオヤジが語りかける。


「君が話せる範囲で構わないよ。無論、秘密は厳守する。私は君らが何かしら重要な情報を握っていることは確信している。あとは私が聞いた範囲内で私の責任において行動することだ。君が気にすることじゃないさ」


 これから俺が語るコトが事実とは限らないからな――そんな前置きをして、俺はオヤジに訊く。


「……アンタ、大貴族との取引は?」


 ははっ、まさか?私程度の規模ではとてもとても――と、彼は微笑とともに返すが、その眼は一切笑っていない。


「が、アンタだって、大貴族と関係ある大店おおだなとの取引くらいはあるだろう?そこから取りっぱぐれないように注意した方がいいぜ。売掛けがあるなら早いトコ回収しておくことだ。……あと、買掛けも早めに清算しておくんだな。ドサクサに紛れて払わずに済む場合もあるだろうが、回収利権が妙な筋に流れると逆に厄介だぜ?」

「君、随分と商売にも詳しいんだね?とても冒険者とは思えないよ。忠告は心しておこう。で、その貴族様ってのは?」

「こんな場所で名前まで言えるかよ?ただ――アンタの情報に助けられて俺達は今ここにいる。俺が言えるのはここまでさ」

「ってことは、アソコか……それともアソコかな?」

「その両方――ってこともあり得るぜ?借金のカタに娘を取られないよう、せいぜい気を付けることだな」

「くくっ、とても貴重な情報だったよ。さて、すまないが私は急用ができた。悪いがこれでお暇させてもらおう」


 そう言ってオヤジは、テーブルに金貨1枚を置くと席を立つ。


「おいおい、こいつは貰い過ぎだ。それに今日はこっちのオゴリだったハズだぜ?」

「いやいや、そうはいかないね。是非ともここは私にオゴらせてくれ。お陰で助かったよ」


 それなら――と、俺は貰い過ぎた金貨の追加情報と偽って、本命のネタをぶち込む。


「ところで――仮にその両者が失脚したとして、次に台頭するのは誰だと思う?違うから生まれた第三の男とその支持者に取り入ることをお勧めするよ」


 その言葉を聞いたイケオジは俺達に背を向け、右手をヒラつかせながら寒風吹き荒ぶ街へと出ていったのであった。



□□□



 ふぅ、やれやれだ。怖いもんだな商売人ってのは――


 そんな思いをウィスキーと共に臓腑へと流し込んだ俺は、イヨとアケフからの視線に気付く。


「うん?どうしたんだ?二人とも」

「それはこっちの科白。何だったのよ?今の遣り取りは?」


 ――あぁ、そうか。キコならまだしも、この二人では今みたいな含みがある会話の全貌を掴むのはまだ難しいのか。


「ここじゃ詳しく話せないよ、イヨ。宿に帰ってからキコ達にも説明するから、また後でな。それよりこの料理を食っちまおうぜ?せっかくオッサンのオゴリなんだからさ。あっ、おねーさん、ウィスキーもう一杯!」


 俺は真昼間から二杯目のウィスキーを頼み、上等な料理と共に御機嫌なひとときを過ごすと、そこで今日の仕事を切り上げて河原亭へと戻ったのであった。

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