第91話 Mr.ブラウンの教え

 そんなハプニング?はありつつも、いよいよ別れのとき。

 キコ達は一人一人パープルと抱き合い、それぞれが彼に惜別?の言葉を贈る。


 ――顔洗うんだよ!(清浄魔法で)

 ――歯磨きもするんだぞ!(同上)

 ――頭だって洗うんだよ!(同上)

 ――風邪ひかないようにね!

 ――夜更かししないでくださいね!


 俺を除くメンバー達は、当たり前のことが当たり前にできないパープルに向け、人生で大切なことは全てブラウンさんが教えてくれた――とばかりに、かつてブラウンさんが土曜夜8時にテレビの前に集合していた子供達に投げかけたような言葉を贈る。


 前世の流れ者ドリフターに過ぎないブラウンさん。その彼の教えをキコ達が知っているはずもないのだが、キコ達に続けて、宿題やったか!――とか、また来週!――なんて科白が笑いと共に零れそうになるのを俺は辛うじて飲み込んだ。

 ここはふざけるトコじゃない。なにせ俺以外の皆は涙で頬を濡らしているのだから。


 そんな、俺だけが笑いを堪えざるを得ない妙な空気感の中、最後にパープルの下へと歩み寄った俺は、彼の重力魔法を讃える。


 大したモンだよ、パープル。この短期間であんな使い方をモノにするとはな。次は俺の番か……お前から受け継いだこの雷魔法で、いずれお前がアッと驚くような戦果を挙げてやるよ――


 正直言って強がり8割ではあったが、俺は雷魔法の指輪を填めた右拳を突き出して力強く宣言する。それに呼応するようにパープルも重力魔法の指輪を填めた右拳を突き出す。俺達は軽く拳を合わせ、長いようであっという間だった冒険の日々を思い起こしていた。



□□□



 ご、ごほんっ、そろそろ御出立のときかと……


 諸々のコトをグッと飲み込んだラトバーがコペルニク侯爵に促す。


「おぉ、そうよな。ところで各家への早馬は?」

「すでに滞りなく……」


「では例の件は?」

「既に傷面めに指示を……」


「うむ、そうか。では王都を頼んだぞ。ラトバーよ」

「このラトバー、身命を賭して……」


「あっ……それとラトバーよ、パープルのことも頼んだぞ??」

「はっ、はぁ……」


 大概のことは高いレベルで卒なく熟すはずのラトバー。

 にもかかわらず、最後のミッションだけは随分と自信なさげに返答した彼の科白を正門前に捨て置き、俺達は長く滞在した王都パルティオンに別れを告げたのであった。



■■■■■



 徐々に王都が遠ざかる。

 春はあけぼの――前世でそう評された時間帯から数時間が経過し、少しだけ温んだ風が俺の頬を弄っては通り過ぎてゆく。


 ――ところで、早馬ってなんのコトだい?


 河港の船着き場までの道中、そう訊ねた俺に馬上のサブリナが応じる。


「本来、機密事項なのだが……これから旅路を共にするお主らなら知っていてもいいだろう。いずれ知ることになるのだからな」


 そう言うと彼女は騎士団長スダーロ=ミヒャに視線を送る。団長は俺を一瞥してから彼女に頷き返す。了……ということなんだろう。再び彼女が語り出す。


「領都コペルニクへ帰るついでに……と言ってはなんだが、道中、関係の深い子爵家、男爵家を訪ねて軽く陞爵の挨拶をな。無論、行く先々の河港から近い領だけに限るが、近隣の――そして王都までの道筋を押さえる家々に仁義を切っておいて損はないからな」

「なるほどねぇ。流石は伯……じゃない、侯爵様だ、抜かりないねぇ。ちなみに河港から遠い家はどうするんだい?」

「目ぼしい家には侯爵様の書状を持たせた使いを出しておる。若干の手土産宝物と共にな」


 ――それはそれはお手間なコトで。陞爵するってのも大変なんだな。


 そう返した俺に、何を他人事のように……貴族家への挨拶にはお主らも同伴するのだぞ?――彼女はそう切り返すと、驚きで目を丸くしている俺に構うことなく続ける。


「何を驚く?至極当然のことであろう。あのトーナメントの優勝者を擁し、……内々の話ではあるが国王陛下を凶手からお救いした今一番勢いのあるパーティーだぞ?お主らは侯爵様にとって有力な手札の一枚だ。まさか侯爵様が挨拶に出向かれている間、船上で優雅に休んでいられるとでも思っていたのか?」


 あぁ、そうか。それが俺達が同伴を許された理由か……

 結局、最後の最後までコペルニク侯爵に使い倒された気がするが、それでもこれは依頼の内だ。客寄せパンダ役も仕方あるまい。それに船旅なら歩かなくてもいいのだから、陸路帰るより楽なのは間違いない。少しくらいなら付き合ってもバチは当たらんか。


 そう思った俺がキコを見遣ると、彼女も同じ気持ちだったんだろう。無言で首を縦に振ったのであった。



□□□



 大河オータランを順調に船で下ると、王都パルティオンから領都コペルニクまでは、日数にして大体10日の距離らしい。

 陸路を馬車で往っても12日程なので、然して早い……というわけではないが、流石に陸路の場合は休息日が必要だ。実際、俺達が王都へ向かったときも2日間の休息を含めて都合14日かかっている。


 まぁそれでも若干早いってレベルに過ぎないが、早いに越したことはないし、歩くよりも格段に疲労は少ないのだから――と思っていたのだが、道中立ち寄った貴族家からの歓待に時間がかかること、かかること。

 結局、4家に立ち寄って手厚いもてなしを受けたのだが、それぞれ2日ずつかかってしまい、これなら陸路を歩いて帰った方が早かったかな?と思ったものだ。



 さて、立ち寄った貴族家での俺達の役割だが、基本的にはトーナメント優勝者のアケフがメインで、幸いなことに?国王暗殺未遂事件の方は公には秘匿されているため、誰も話題にすることはできない。

 とは言え、流石に当主クラスには各家の王都別邸が収集した情報が報告されているためか、昨年末から今年にかけての諸々のコトだけでなく、国王暗殺未遂事件についてもその真相は知らされているようだ。

 故に、大方の事情を承知しているであろう当主クラスから俺に浴びせられる好奇の視線は防ぎようもなく、俺はどうにも居心地の悪いものを感じていた。


 どうせこっそりと武芸に長けた側近に俺の強さを訊ねているんだろ?んで、然程の腕前ではありませんな――そんな側近の見立てと俺の冒険譚とを比較して、俺のコトを訝しんでいるんだろ?えぇ、分かりますともよ。



■■■■■



 そうこうしているうちに貴族家への挨拶回りも全て終わり、俺達を乗せた船は領都コペルニクへと近付く。

 往路でも歓待を受けた子爵領を通過し、船はいよいよコペルニク侯爵領へと入った。


 これほど楽なら往路も船にしておけばよかった……なんて言いたいところだが、流石に蒸気機関がない今世、河を遡航するにはかなりの時間を要し、往路ならば陸路の方が圧倒的に早いのだ。

 なんでも遡航する際は馬や人が曳いたり、風を掴めるときは帆を架けたりもするそうだが、それでも下りの4、5倍の時間がかかるらしい。


 さて、元々領都コペルニク周辺でしか活動していなかった俺にとっては、伯爵領改め侯爵領に入ったからといって特に見慣れた風景……というわけもなく、往路で一度歩いたきりの場所でしかない。

 特段感慨深いものが込み上げてくるわけもなく、俺はこの間、船上に在るときは筋トレや魔法制御の訓練などを重ね、淡々と修行の日々を送っていた。


 前世での経験のお陰か、乗り物酔いに対する耐性がある俺だけでなく、冒険者として多くの経験を積んできた皆は、アケフを除いてひどい船酔いをすることはなかった。

 初日こそ馬車とは違う揺れ方のためか調子が悪そうにしていたイヨやモーリーも翌日からは平然としていたし、アケフにしても数日が過ぎたころには慣れてきたようで、いやぁ、ひどい目に遭いましたよ、ライホーさん。酔いに慣れるためだって言って、モーリーさん治癒魔法かけてくれないんですもん!――そうボヤいて彼は笑顔を見せていた。


 こんな感じで俺達は、日に日に春めいてきた陽光を浴びながら、船に揺られ一路領都コペルニクを目指すのであった。




―――――筆者あとがき―――――


 明後日で初投稿から1年が経ちます。

 この間、多くの読者の皆様から御支援、御声援をいただき、誠にありがとうございました。


 最初の半年間は今と比べればPVや星の数も伸びず、半年かけてようやく1万PVを達成したときはとても嬉しかったことを憶えています。初期のころから拙作を支えてくださった読者の皆様には改めて御礼申し上げます。本当にありがとうございました。


 また、幸いなことに、そののちに拙作をお知りになった読者の皆様からも多大なる御支援、御声援をいただきました。

 皆様のお陰で、拙作は120万PVに達しようとしています。

 これからも皆様からお楽しみいただける物語を目指し、引き続き知恵を絞ってまいりますので、変わらぬ御支援、御声援どうぞよろしくお願いいたします。


 ……と言いつつも、次週で「第4章 王都編」は最終話。その後、しばらく充電期間お休みをいただこうかと画策しているダメな筆者をどうか寛大なお心でお許しくださいませ。

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