第92話 追加報酬

 いよいよこの旅も終わりが見えてきた。


 「家に帰るまでが遠足」であることは論を俟たないし、この世紀の名言を生み出した名もなき教師への尊敬の念は些かも減ずることはないのだが、それでも王都でバッチバチに気を張っていたころと比べれば、多少は緩んでしまうのは仕方がないことだ。

 特にコペルニク領内に入ったことで、騎士団の平団員達は明らかに安堵の表情を浮かべていた。


 俺にしても、早いトコ報酬を貰い、皆と行きつけの飲み屋で一杯ひっかけてからウキラの宿へと還る――そんな想いがどんどんと膨らんでいった。


「報酬か……そういや、追加報酬ってどうなったんだ?トーナメントの優勝やその他諸々あったよな?」


 俺はサブリナに訊ねる。


「うん?その件は既にラトバーから伝えてあるはずだが?」

「えっ?そうなのか、キコ?」

「あたしゃ知らないけど?初耳だよ」

「へっ?」

「………………」


 ――ヤツか?


 ――――ヤツだろう?


 ――――――ヤツしかいないわな?


 ――――――――ヤツ以外には考えられん!


 パーティーメンバーそれぞれが心の中でひとつの仮説を練り上げていく。

 誰一人言葉を交わすことなく、その仮説が皆の中で共通認識へと昇華したとき、キコが恐る恐るサブリナに訊ねた。


 ――そのー、伝えたってのはまさかパープルに?と。



□□□



 やはりパープルだった。

 しかもラトバーがそのことを伝えたのは、「あの日の諸々のコト」をパープルに伝えたのと同日のことだそうだ。


「マジか……」


 あんだけ問い詰めて報告漏れを吐かせたってのに、まさかまだ隠されていたとは……

 あの男の規格外の社会性のなさには空恐ろしいものがある。さぞかしラトバーも苦労していることだろう。

 パープルのヤツは、あの魔法の才があるから諸々赦されているだけで、普通ならばどんな仕事もマトモには勤まらず、とうの昔に野垂れ死んでいるんだろうな。


 まぁ、ここに居ないパープルをこれ以上責めても栓ないことだ。

 俺達は、キコがサブリナに頭を下げて改めて聞き出した報酬を吟味する。


 と言うのも、コペルニク侯爵から提示された追加報酬は、パーティー全体に白金貨5枚、アケフと俺のそれぞれに10枚ずつ、モーリーにはその半分の5枚と、白金貨にして計30枚という破格の金額だったことに加え、白金貨に代えて侯爵家秘蔵の武具でもよい――という選択肢まで添えられていたからだ。

 このうち、俺とモーリーの取り分である白金貨15枚は王家からのもので、侯爵家を経由して下賜されるらしい。武具に代えて渡す可能性があることも既に王家の了承を得ているとのことで、国として表立って賞することはできないものの、俺達が国王を守ったという功績はささやかながらも評価されたようだ。


 どうするよ?キコ――と訊いた俺に、彼女は軽く微笑みながら応じる。


「アンタ達が決めなよ。アンタとアケフ、そしてモーリーで相談して好きな方を選ぶといい。基本アンタたちの手柄なんだからアタシらに口出しする資格はないよ。それと――白金貨を選んだとしてもパーティー分はアンタ達で分けて構わない。それでいいよね?イギー、イヨ?」


 それで構わない。正直、追加報酬絡みで私は何もできなかったからな――とイギー。私もよ――とイヨが続く。

 するとモーリーが、ボクだってパープルのオマケみたいなもんだから、ライホーとアケフで決めてよ――そんなことを言う。


 ったく、こいつらは――お人好しばかりだな。


 そんなことを思いながら俺がアケフへと視線を送ると、ライホーさんが決めてください。僕にはちょっと決められませんから――などと宣う。


 やれやれだぜ――


 俺はそう呟くと、サブリナに訊ねる。


「ちなみに侯爵家秘蔵の武具ってのは、既にモノは決まっているのかい?」


 そう、まずコレを訊いておかないと話は始まらない。


「いや――、武具にする場合は侯爵家の武具庫から自由に見繕ってくれ」


 サブリナは侯爵と視線を交わしつつ応じる。


 ほうほう、こりゃステータス画面で武具の性能を見放題な俺にとっては有利過ぎる状況だ。クックック、この能力を(イヨ以外の)誰にも明かさずにいてよかったぜ。


 悪い笑みを噛み殺し、そんなことを考えていた俺をイヨがジト目で見ていた。


 ヤベッ、顔に出ていたか……


 俺は慌てて表情を取り繕うと、更に質問を重ねる。

 なにせ侯爵家秘蔵の武具ともなれば、市井の武具店では金を積んでも手に入らない逸品もあるはずだ。ここは慎重に条件を詰めていかなければ――



□□□



 結局、白金貨と武具のどちらを選ぶかは実際に武具庫を見てから決めること、そして、選んだ武具が白金貨30枚に達しないときは差額分を白金貨で受け取れることになった。

 武具の価値を鑑定をするのが侯爵家お抱えの鑑定士……ってトコは若干気になるが、これまでの振る舞いを見るに、侯爵家の連中は金銭については鷹揚で、あまり阿漕なマネはしないと分かっていたため、俺としては上出来の交渉結果だった。


 ふふんっ!今日はいい交渉ができたぜ!


 コペルニク侯爵やあの王都のイケオジを相手に劣勢続きだった俺にとっては、久々の勝ち星である。俺の中でのランクは「侯爵>イケオジ>俺>>>超えられない壁>>>サブリナ≧ポンコツ神」ってなトコだ。

 なんて、不埒なことを考えつつ勝利の余韻に浸っていたのだが、なんでも王家から侯爵家に対し、俺達には格別の便宜を図るように――との指示があったらしい。

 どうやらサブリナは端から交渉する気などサラサラなかったようだ。


「王家直々とは誠に恐れ多いことだが、そのようなお達しがなくとも侯爵様はしっかりとお主らに報いたであろうよ――」


 サブリナがそんなことを言っていたようだが、俺は彼女の言葉を茫然自失で聞き流していた。

 知らなかったこととはいえ、王家が俺達のバックに付いていたんなら、上手くやればもっと有利な条件を引き出せたんじゃないか?――そんな後悔の念に囚われていたからだ。



 ライホーよ――失意の俺に突然語りかけてきたのはコペルニク侯爵その人だった。


「此度の王都行では、お主の気配察知の力に助けられたぞ。そして、リョクジュ――であったか?あの凶徒から陛下をお守りしたこともこの国の貴族を代表して改めて礼を言おう」


 へっ?――なんだよ突然?お貴族様が――それも侯爵位にある者が俺如きに礼を?とは思ったが、ここは素直に受けておこう。

 俺は慌てて返答する。


「お役に立てたようでなによりでございます。しかも此度は褒美として侯爵家秘蔵の武具まで頂戴できるとか?誠に恐縮なことで……」

「ほほぅ、恐縮とな?先ほどまでサブリナを相手に随分と遣り合っていたようだが?」


 ヤベッ、それ言っちゃいます?


「いえいえ、そんな遣り合うなどと滅相もない。後々、齟齬が生じぬよう慎重に確認をしていたまででして……」

「ふっ、そのように取り繕わずともよい。当家の武具程度、此度のお主らの功に比べれば安いものだ。好きなように持っていくがよい」


 そりゃまた気前がいいことで。だけど……わざわざ武具なんて選択肢を出してきたのは、白金貨を渡すよりも俺達の戦力強化に繋がる武具の方がアンタにとっても都合がいいからなんだろ?――なんて心の声をそのまま発するわけにもいかない俺は、ただひたすら恐縮のテイを繕い、頭を下げ続けたのだった。



 俺から視線を切った侯爵は、次いでキコへと言葉をかける。


「キコよ。お主も御苦労であった。お主のリーダーとしての力量には特筆したものがあるな。パープルやライホーなど、一癖も二癖もある連中をよくぞこれまで束ねてきた。今後もコペルニク領のために尽くしてくれ。期待しているぞ」


 その侯爵の言葉に、キコとしては妙に感じ入るものがあったのだろうか。貴族嫌いの彼女にしては珍しく、形ばかりではなく素直に頭を垂れていた。


 ……ってか、俺ってパープルと同列で語られるほどクセ強めなのかしら?



■■■■■



 春霞の向こうから滲み出るように領都コペルニクが現れた。


 あぁ、この景色は懐かしい。俺がこの世界に来て4年。その大半を過ごした地だ。

 ウキラは言うに及ばず、彼の地にはお師匠やトゥーラ、マールズなど、俺がこの世界で知り合った多くの友人、知人が住んでいる。


 そのコペルニクを離れて半年超。

 俺達は伯爵家改め侯爵家直々の指名依頼を十全に果たしつつ、アケフは王都で名を成し、パープルは更なる飛躍の地を得た。


 俺の胸には感慨深いものが込み上げてくる。

 こんなときはなんて言うのが正解なんだろう?なかなか上手い言葉を探り出せずにいる左脳に代え、俺の右脳が直感的に言の葉を紡ぐ。

 俺は右脳の命ずるままに叫ぶ。


「領都よ、私は帰ってきた!!!」


 ……まっ、旅のシメはこんなモンでいいかな?

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