第49話 伯爵の邸宅

 ギルドの食事処で柑橘類の果汁で香りづけされた水を飲みながらアケフとウダウダやっていると、1人、また1人とパーティーメンバーが集まりだした。


 ――やぁライホー、昨日は早く帰った割にお疲れのようだね?


 そんな会話の入りをしてきたのはキコである。その横でイヨがジト目で俺を見詰めている。


 うん?これ、何かバレてるんか?いや、仮にバレていても問題ないよな?俺がウキラとよろしくやってるのはイヨだって承知の上なんだし。ってか、俺はイヨに手を出しているわけじゃないんだから、何も後ろ暗いコトなんてないからな!


 そんな心中の動揺を無理矢理抑え込み、まぁちょっとな――と平静を装って返答する。


「宿屋の女将とお楽しみだったんだよね?メジハさんから聞いたよ」


 相も変わらず変なところで空気が読めないモーリーがとんでもない爆弾を投げ込んできやがった。爆弾なんてこの世界には存在しないのに、そんな兵器を投げ込んでくるなんて本当に酷い奴だ……

 それにしてもメジハのヤロウ!何のために銅貨を握らせたと思ってるんだ?次に会ったときシメる!絶対にシメてやる!


 そう決意した俺はとりあえず目先の脅威であるモーリーを排除しようと第3形態の戦闘力で威圧したが、突如として俺のすぐ横で最終形態並の戦闘力を察知した。無論……イヨからである。


「おもっていたよりずっとエロいようだね。ちょっとおどろいたよ。エルフ種の上をいくヤツがこの世にいたなんてね……でも、ボクにはかなわない」


 何気にイヨの口調が最終形態となり、さらにボクっ娘化までしている……ってか、なんでその科白、知ってんだよ?


 俺が動揺を抑えられないでいると、思わぬところから助けの手が差し伸べられた。


「おぅ、お前ら揃ってるか?依頼報酬とお宝を換金した金を用意しといたぜ。キコから言われた枚数で分けておいたから、各々確認してくれ」


 そんなギルマスのマールズの言葉でこの修羅場は回避されたようだ。いや……別に修羅場になる理由なんてないんだけど?

 なんだってイヨのカラダを堪能していない俺がこんな目に遭わなきゃならないんだ?



 俺達は他の冒険者の目につかないよう以前通された別室へと移り、ギルド職員のトゥーラからそれぞれの白金貨が入った革袋を渡される。各々が枚数を確認し、おサイフ魔法持ちの俺とイヨはそれぞれの異空間に、他の者は何枚かを抜いて懐に仕舞うと再びトゥーラに白金貨入りの革袋を戻し、ギルドに保管を依頼した。ギルドでは白金貨以上であれば無償で保管を請け負うサービスを行っており、トゥーラは預り証を作成するために部屋を出ていった。


 暫くしてトゥーラが戻り、預り証をマールズに渡す。マールズは各々にそれを渡し終えると少し硬めの口調に切り替えて俺達に告げる。


「んじゃ、お前らいいか?そろそろ謁見に向かうぞ。分かっているだろうが、伯爵に失礼のないようにな」



■■■■■



 伯爵邸ではコペルニク伯爵が俺達の到着を待っていた。

 無論、実際に待っていたとしても、謁見時には俺達が跪いて待つ部屋に伯爵が漸うと入ってくる形式にはなる。


「お主がキコか。ハイロードのリーダーであるな?」


 ――ははっ!


 緊張した面持ちでキコが応じる。


「此度は当家からの依頼の遂行、御苦労であった。また、魔核の献上も大変喜ばしく思う。感謝するぞ」


 伯爵はそう切り出して皆を見渡す。


「概ねギルドより報告を受けておる――が、よう隠し部屋を見つけ出したものよ。我らが御先祖ですら見つけられなかったものを……」

「我がパーティーには優れた斥候がおりますので……」


 キコの答えに伯爵が応じる。


「確かイヨ――であったか?我が領内では最年少でBランクになったと聞き及んでおるぞ。隠し扉を見つけたその功績――ということだが、一体どのように察知したのだ?」

「風の流れを感じました。ですが、私は隠し扉を見つけたに過ぎません。こちらのライホーが隠し階段があるはずだ……そう教えてくれましたので」

「ほう、ライホーとは其方か」


 コペルニク伯爵は極自然に俺へと話を振ってくる――が、これは彼が複数想定していた俺に会話を振るためのルートの1つだろう。


「左様に御座いまする」

「お主は何故、隠し階段の存在が分かったのだ?」

「私めは他の者よりも気配を察知する力が高いようです。此度は壁越しに奇妙な雰囲気を感じた故、リーダーのキコに献言させていただきました」

「成程のう、大したものよ。なんでもあの古城のフロア全域を察知できると聞いたが?」


 その情報が伯爵に流れているのは想定内である。ギルドとてその力を隠したまま俺達の偉業を説明できまい。無論、俺にとっても隠すほどのコトではない。


「幸甚なことにそのような力を授かりました」

「それほどの力、我の護衛であっても能わぬぞ。どうじゃ?我に仕えて身辺を守ってはもらえぬか?」

「これは御冗談を。私めは一冒険者に過ぎませぬ。私に伯爵様への尊崇の念がない……とは申しませぬが、身辺を守る者には何よりも揺るがぬ忠義と同時に、伯爵様からその者への全幅の信頼も必要かと。恐れながら伯爵様におかれましては、私めにそこまでの信を置いていただいているとは思えませぬ。何卒そのように無体な話は御寛恕願えますれば……」


 伯爵からの引き抜きを恐れたパーティーメンバーの視線を感じつつ俺がそう応じると、上手いコト申すものよ――そう言葉を接いだ伯爵は、攻め口を変えることにしたようだ。


「ところで此度の魔核の納入はお主の発案か?」

「仰っておられる意味を掴みかねまする。あれはパーティーの総意とギルドの考えが一致したもの――斯様に愚考いたしまする」

「ふっ、言葉遣いも含め、平民の受け答えではないのう。お主、数年前に我が領に現れたようじゃが、そもそもの出自は?」

「しがない流れの冒険者に過ぎませぬ」

「ほぅ、しがない……のう?強ち虚言でもなかろうが、そのような者がワイバーンの革鎧を着込んでか?」


 ――チッ、そこを突いてくるか。これもギルドから流れた情報だな。多分。


「申し訳ありませぬ。これ以上は平に御容赦を……」

「明かす気はない……か」


 異世界からやってきたオッサンです……なんて言っても信じてくれないだろ?どうせ。


「まぁよい、掴みどころのない奴よ」


 伯爵との謁見はそれで終わった。



□□□



「お主はどう見る?」


 伯爵は執事長に訊ねる。


「消去法に過ぎませぬが、此度の魔核の納入までの一連の流れはあのライホーという者の絵図ではないかと。一介の冒険者とは思えぬ手管でございますな」

「そうか……お主も同じ見立てか」

「されど下手につついて敵に回すには惜しい人物かと。伯爵家にも害意はないようですので、我が領の冒険者として上手く使うべきでは?」

「で……あろうな。できれば配下にしておきたかったが……」



□□□



「くっくっく……集中砲火だったねぇ?ライホー。御苦労さん。お陰でアタシらは楽ができたよ」

「チッ、なんだって俺だけ……」

「引き抜きをかけられたときは少し心配したけどね」

「大丈夫よ、キコ。ライホーは私を置いていったりしないわ」


 なんだよイヨ?その根拠のない妙な自信は?


「今回は隠し部屋を発見したんだ。斥候職に会話が集まるのは当然だよ。キコみたいな前衛やボクみたいな後衛はお呼びじゃないさ。まっ、そんな話はいいから今晩も楽しく飲み明かそうよ!」


 モーリーがそんな感じで話を総括すると、――今晩は遅くまでいられるんでしょう、ライホー?そう囁いてイヨが腕を絡めてくる。

 ウキラとは異なる甘酸っぱい香りがふわりと漂い、思わず頭がクラリとなる。


 ――そろっとガマンも限界だよなぁ。死ぬかもしれないけど、もう抱いちゃおうかなぁ?イヨのコト。


 俺は悶々とした気分を抱えつつ、パーティーメンバーと共に街へと繰り出したのであった。

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