第48話 お師匠の道場
俺の今日最初の目的は、ミスリルの指輪の知力+1と魔力回復の検証をすることである。
武具や宝飾品が能力値に与える影響については、敏捷値であれば武具などの重さが原因であることは想像に難くない。
また、ミスリルの指輪の魔力回復効果についても、指輪の魔核に封じられている魔素を使用して行われるのであれば、ある程度理解の範疇にある。
だが、人の知力を増加させることについては俺の前世の常識では計り知れないものがある。
今日はそこいら辺の因果を実際に検証し、能う範囲で明らかにしておきたい。
だがここ数日、俺も随分と有名人になってしまったようで、静かな検証環境を整えようとすると結構骨が折れる。そんなときに助かるのがお師匠の道場である。
俺がいつものようにお師匠の道場に赴くと何やら騒がしいことになっている。どうやら思っていたとおりお師匠がゴネているようだ。
「いらぬ!儂はお主からそのようなものを貰うために鍛えたわけではないわ!」
やっぱりだ。
アケフから今回の報酬の受け取りを提示されたお師匠が大人気なく喚いている。
俺とウキラなら俺自身の精神的な実年齢が52歳ということもあるし、ウキラとは男女の関係でもあるので、話を先送りしたり、あるいは物理的に唇を塞いでしまったりといった手管を弄して徐々に外堀を埋めていく手法が取れるが、まだ年若いアケフが頑固なお師匠を説得するのはなかなかに骨の折れることだろう。
お師匠、俺も一昨日アケフの考えは聞きました。アケフの気持ちですよ。受け取ってやってもらえませんか?――俺はそう切り出してアケフに援護射撃をすべく話に加わった。
「なんじゃ、お主か」
「なにが、なんじゃ、お主か――ですか?気配でとっくに気付いていたくせに」
「うっさいわ!で……お主もアケフの味方なのか?不肖の弟子ばかりで儂も不幸なことよ」
「まぁ、俺もアケフと同じ気持ちなんで、よく分かるっていうか……」
「ほぅ、お主も儂に報酬を寄越すというのか?」
「んなわけないでしょ!!!俺はあんなクソ高い月謝払ってたじゃないですか。その上、報酬までやるわけないでしょ!」
うん?これお師匠のボケだよな?まさかマジで言っているわけじゃないだろうな?
「いや、お主がアケフと同じ気持ちじゃと言うから……」
「だ・か・ら、自分の大切な人に渡したい……って気持ちが同じってことですよ!」
――ライホーさんはウキラさんにあげたいんですよね?
アケフが的確に俺の意を酌んで話に割り込む。
うん、そーだね。いい年こいたお師匠よりもアケフ君の方がよっぽどオトナだね。
「そうだ。俺はウキラに渡すことにした。まだ保留されているがな……」
「ほれみい、そうじゃろうて。いきなりそんな大金寄越されても困るわい」
「まぁ俺はアケフよりはオトナなんで、正面切って金を渡すなんて言ってませんよ」
「じゃあライホーさんはなんて言ったんです?」
「あぁ、アケフ。これはお前の問題を解決するためにも使える手法だ。俺はウキラの宿屋を建て替えたい……そう言ったんだ」
俺は今朝のウキラとの会話を語る。
「いいですね、それ。じゃあ僕はお師匠のこの道場を建て替えたいです」
「だな。そうすりゃお師匠の気持ちは置いておくにしても、他の弟子達も喜ぶだろうし、お隣さんだってこんなボロ道場よりか新しい道場の方がいいだろうよ。御近所さんのためにもどうです?お師匠」
「喧しいわ!なにがボロ道場じゃ!」
「いや、それは事実でしょ?俺だって新しい道場の方が嬉しいですし、それにアケフのためにもなりますよ」
「……アケフのためとはどういうことじゃ?」
くっ、やっぱお師匠はアケフがウィークポイントだな。可愛い我が子のため……って感覚と同じなんだろう。
「そりゃ、大恩ある師に新しい道場を……なんてすごい美談じゃないですか。俺のように情婦を囲うために宿屋を建て直す――なんてのと違って、アケフの名声は確実に高まるってことですよ。ここはアケフと他の弟子達、それにこんなボロ道場を迷惑がらずに認めてくれていた御近所さんのためにも、アケフの意を酌んでやってもらえませんか?お師匠」
「そうですよ、僕のためにお願いします!」
アケフも調子よく話を合わせてお師匠に頭を下げる。
なんだって金を渡す側が頭を下げているんだろう?俺は少し不思議な気分になったが、この構図に持ち込んでしまえばお師匠もこれ以上は抵抗できまい。
「儂のためではなく……ということなら聞かんでもない。ましてアケフのためともなればな」
ふん、チョロいな。お師匠。
「よかったな、アケフ」
「ありがとうございます、ライホーさん。いつも助かります」
「気にするな。俺だって新しい道場の方がいい。それに、アケフがお師匠の道場を……ってな話をすれば、俺もウキラを説得しやすい。こっちも助かるぜ」
「ふんっ、狡賢いヤツじゃの。お主は」
多少拗ねつつも、アケフの心遣いが嬉しくて頬が緩むのを必死で堪えている――といった感じのお師匠は、おそらく照れ隠しのためだろう。俺にそう毒づいたのであった。
□□□
「んじゃ、この話はこれで。お師匠、少しばかり道場を借りますよ」
「今日は人払いは必要か?」
なんだかんだとお師匠は気を回してくれる。
いえ、今日は別に構いませんよ――そう応じた俺は、検証のためボロ道場に入っていった。
さて、検証結果だが。
魔力回復の方は思ったとおりであった。
おそらく指輪自体に何かしら極小の魔法陣が組み込まれているのだろう。魔力を回復したいと念じて微量の魔力をとおすとそれに呼応するように魔核中の魔素が魔力に変換されて体内に流入してくる。発動時には本当に微量の魔力をとおすだけでいいので、魔力枯渇後であっても自然回復する分で充分に賄えるようだ。
で、実際に回復する量であるが、魔核の質にも依るのだがオーガ級の魔核であれば魔力にして概ね10前後は回復するようだ。しかも魔核を交換すれば改めて回復することも可能であり、これはなかなかに便利な代物だ。今後、オーガ級の魔核は複数個常備しておくべきだろう。
ただ、欠点と言うほどではないのだが、自然回復を待つよりは断然早いものの回復にはそれなりに時間がかかり、戦闘中に行うのは少し無理があるといった感じであった。
次に知力+1の方である。
これは正直驚きであった。指輪をした途端、頭脳が明確にクリアになるのを感じたのだ。頭の回転が速くなるとか、集中力が増すといった類の感覚だ。
試しに空間魔法で実験してみたところ、指輪装着前と比較すると異空間への穴が直径にして5cmは広くなっていた。なお、理由は言うまでもないが、今日の俺の身体は鉛のように重く疲れ果てていたため、指輪を付けていないときの直径は40cmそこそこと、好調時よりも10cmは短くなっていたが……
あと、こちらの方も魔核中の魔素を消費しているようで、何かしらの魔法により脳の活性化を図っているものと思われる。もしかするとシナプスの可塑性を活性化する効果でもあるのかもしれない。
ちなみに魔素の消費量自体は僅かのようで、これは後日の検証の結果だが、魔力回復を行わずに知力+1だけで使用し続けた場合、オーガ級の魔核であれば1か月程度は持続するようであった。
こうして、午前中には検証を終えた俺は、表通りの店でアケフと共に軽食をとったのち、冒険者ギルドへと向かったのであった。
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