第84話 治癒魔法

 ――やーねー、女心をモノで釣ろうなんてさ!


 朝食のとき、イヨから細剣の話を聞いたキコが俺を揶揄う。

 無論、本心からの言葉ではない。それは分かっているが、あえて俺は反論する。


「キコ、これは真面目な話だ。残念だがパープルが抜ける以上、戦力の低下は免れない。パーティーの強化は俺達の至上命題だろ?俺やモーリーならオーククラスでもなんとか捌けるが、イヨは違うんだ」


 そこで一度言葉を切った俺は、皆を見回す。

 パープルも含め誰からも否やはない。が、パープル本人がいる場でのタブーめいた正論にキコとパープルを除く4人は若干引き気味だ。


 まぁ、そうなるわな――


 だが、俺は少しでも早くこのことを皆から意識してもらいたかった。なにせ魔法の天才が抜け、俺達の戦力は確実に低下するのだから。

 俺はさらに言葉を続ける。


「だが、イヨにあの細剣があれば前衛を抜かれても少しは安心だからな。イヨを乱戦に巻き込むつもりはないが、リョクジュのあの細剣なら――上手くすりゃオーガだって一突きで倒せるんだぜ?」

「ライホー、アンタは正しいよ。確かにアタシらの戦力低下は免れない。それにパープルだってこんな話を裏でコソコソとされるより、自分がいる場で堂々とされた方がいい……そうなんでしょ?」


 キコのその問い掛けに、口元に僅かな笑みを浮かべたパープルは静かに頷く。


「だから私も今晩にでも話そうと思ってたんだけど、ライホーに先を越されちゃったね」


 そう言ってキコは、ゆっくりとパーティーメンバー一人一人と視線を交わし、真面目な口調で語り出す。


「さぁ、皆、よく聞いて。今、ライホーが言ったことに私も同意する。パープルが研究所入りすることはとても嬉しい。その気持ちは本当だけど、一方でパーティーの戦力が低下することも事実。私達はその事実を正面から受け止めなきゃならない。ライホーは早速動いてくれたみたいだけど、他の皆にもそうあることを期待する。そんなにシャカリキになる必要はないけど、皆が少しずつ気に留めていてもらいたいんだ。そして私達がそうあることで、結果としてパープルも心置きなく先へ進むことができる。じゃ、頼んだよ、皆!」


 鹿爪らしい表情でそう言い切ったキコは、そこでニヤリとイヤらしい笑みを浮かべてから更に言葉を継ぐ。


「――でもね、ライホー。アンタ、イヨを乱戦に巻き込むつもりはない(キリッ!)……って、随分と庇護欲が強いお言葉ね?その辺、自覚はあるのかしら?ヤダ、ヤダ、朝っぱらからお熱いコト。胸焼けしそうだわ」


 キコのその科白に俺とイヨは赤面し、パープルを除く皆からは笑い声があがったのだった……



□□□



 ――ところで、と一頻り笑ったあとモーリーが切り出す。


「以前ライホーがイヨにあげたって指輪だけど、その後、治癒魔法の方はどうなんだい?イヨも大分慣れてきたのかな?」


 パーティーの戦力強化の流れで、モーリーはそのことを思い出したのだろう。

 

 空間魔法の使い手として元々魔法を行使する素地があったイヨは、モーリーの治癒魔法をイメージすることでなんとかそれを発動できるようになっていた。だが、モーリーがこれまで培ってきた経験、そして数ポイントもの差がある両者の知力、そうしたものが相俟ってか、イヨの治癒魔法はモーリーのそれと比べると児戯にも等しい効果でしかなかった。


 そこまではイヨも皆に報告していた。

 が、その先はまだ俺とイヨしか知らない。彼女の治癒魔法はこの短期間で飛躍的な進歩を遂げていたのだ。



 俺には前世の知識がある。

 そして転移当初はしょっぱい性能でしかなかった重力魔法と空間魔法をここまでに育て上げた自負もあった。


 俺の検証では、治癒魔法の本質とは、細胞分裂を促進させて速やかに傷口を塞ぐものだと判明している。そこで俺は、細胞の概念やその仕組みを密かにイヨに教え、治癒魔法を行使するときにそれらをイメージするよう促したのだ。


 当初、取っ掛かりがなかったためか、なかなかそれをイメージできずにいた彼女であったが、お前の爪や髪だってそうやって伸びているんだぜ?――その俺の言葉でようやくイメージが湧いたようだ。

 同時に、爪や髪ならば練習材料には事欠かない。態々痛い思いをして傷を創る必要はないのだ。勿論、実際に傷口を治す経験も必要だろうから、俺はときに細かい傷を創ってはイヨに治してもらったのだが、傷口を治してもらう都度、俺は彼女の治癒魔法が急速に向上していることに気付いていた。

 どうやらイヨは自分の爪で毎日地道に修練していたらしい。


 そんなわけで、彼女の治癒魔法は裂傷を治す力だけに限れば、今やモーリーにも迫る勢いであった。実際に治る過程をより具体的にイメージすることで、治癒魔法の発現効果には大きな違いが出るようだ。

 が、当然ながら、イヨとモーリーとでは魔力の総量が違う。そのため継戦能力には大きな差があるし、純粋に治癒魔法として行使しているモーリーは、治る過程を正確にイメージする必要はない。故に彼は骨や臓器等の内部ダメージにも対処できるが、イヨにはまだそれらの概念までは具体的にイメージできない。加えて、これまでそれを試す機会もなかったため、おそらくモーリーと比較すればお話にならない程のレベル差があるだろう。


 それでも……この僅かの期間で、イヨの治癒魔法は格段に伸びていたのだ。



□□□



 さて、そのイヨの治癒魔法だが、伸びすぎたが故にその理を皆に説明するのはなかなかに難しい。


 全体的に伸びているのなら天賦の才とでも何とでも言い繕えるのだが、裂傷だけってのが厄介だ。が、できること、できないことをパーティー内で正確に共有することは大切である。なにせ治癒魔法の効果ってのは、イザというときにパーティーの死命を制する重要事項だからだ。


 かと言って、皆には細胞の仕組みを説明できないのがもどかしいところである。本当ならモーリーにも説明して彼の治癒魔法の力も伸ばしたいところだし、彼ならば部位欠損ですら治してしまいそうだが、それは俺の出自を明らかにすることと同義である。

 このメンバーにならそれを明かしても構わないか――そう思わないでもないが、ウキラにすら明かしていないこの段階で、俺はまだそこまで踏み込む覚悟を持てずにいた。



 そんなわけで、イヨの治癒魔法の件は苦しい理由で誤魔化さざるを得なかった。


 爪が伸びて指先を保護するように、皮膚が広がって傷口を塞ぐ……そんな俺の思い付きで、イヨに治癒魔法で爪を伸ばす修行をさせたんだ。で、そのイメージを傷口の皮膚にも適用したところ、裂傷に対する治癒力だけが異常に向上してたってわけさ――


 く、苦しい……


 それは分かっている。分かってはいるが、意外にもモーリーは治癒魔法で爪が伸びることを知らなかったようで、そのことにとても驚き、俺の拙い言い訳が追及されることはなかった。


 そしてその治癒魔法の特性に最も喰いついてきたのは、それまで俺とイヨのイチャコラ話を完全にスルーしていたパープルであった……

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