第85話 鞘とドワーフ

 外は白い雪の朝。


 年越し前の雪とは珍しい――河原亭の亭主がそんなことを言っていた。


 雪が舞っている。

 舞っている雪は積もらない。前世でもそうだったが、風に舞うような沫雪は地に落ちればすぐにでもとけてしまうほど儚いものだ。

 そんな儚げに舞う沫雪を縫うように、何処からか虎落笛が聞こえてくる。


 あぁ、冬――だな。


 王都に着いたころは盛夏だった。

 思えば随分と長い間、この地にいたものだ。年が明ければ王都を発つ――確かそんな契約だったと思うが、あんなゴタゴタがあったんだ。伯爵だってこの地で為さなければならない諸々のことも増えたはず。おそらく出発は少し延びるだろう。

 ウキラと逢えるのはまだ先になりそうだな……


「おーい、ライホー!どした?」


 物思いに耽けっていた俺にキコが声を掛ける。あぁ、すまない――と応じた俺をそれ以上詮索することもなく、じゃ、イヨとアケフをよろしく頼むよ!そう告げるとキコ達は街へと繰り出していった。



□□□



 今日はまた商業地区へ行くんでしょ?――そう訊いてきたのはイヨだ。


 パーティーでは積極的に意見を述べることの少ない彼女だが、この三人パーティー?になったとき、彼女は進んでサブリーダーの役を担ってくれる。そして今のように自然な形で会話をエスコートしてくれるのだ。


 だが俺は商業地区の前に一つ用を足したいと考えていた。


「あぁ、勿論行くさ。けれどイヨ、リョクジュの細剣、鞘が必要だろ?ちょっと遠回りになるが、先にドワーフの工房街へ行ってみないか?あれほどの名剣ならそれ相応の鞘が必要だからな。折角だからオーダーメイドで作ってもらうといい」


 リョクジュから細剣を失敬したとき、あの場に鞘は見当たらなかった。

 国王襲撃事件の際、彼女は異空間から細剣を取り出していた。そのとき鞘は異空間に残してきたのだろう。そんなわけで俺が彼女からボッツュートした細剣は抜身のままだったのだ。


 ホントに?――俺の提案にイヨが燥ぐ。どうやらドワーフの工房街へ向かうことは彼女にとっても特別なコトらしい。

 アケフもそれでいい?――そんな彼女の問い掛けにアケフは微笑し、静かに頷いた。


「でも、流石に鞘の代金は私が払うからね!ライホーの細剣を私の鞘に納める――か。なんかイイわね!」


 イヨがそんなことを言っているが、イヨの鞘に納める俺の剣は細剣なんかじゃないぞ!そりゃもう見事な大剣なんだからな!


 って、ナンノハナシダヨ……



■■■■■



 さて――御多分に漏れず、この世界でもドワーフはモノづくりに長けた種族として知られている。そしてその守備範囲は鍛造だけに止まらず、革や木、あるいは魔物の牙や爪の加工にまで及ぶ。


 そのドワーフの工房街は王都の外れにあった。


 金属の鍛造や加工にはそれなりの量の水が必要となる。

 この王都でそれだけの水を安定的に賄うことができるのは、俺達が泊まっている河原亭の脇を流れ、大河オータランへと注ぐ支流だけだ。必然的に工房街はその支流沿いに拓かれることになる。そして当然のことながら、川上で水質を劣化させるわけにはいかないので、川下の――それも王都の外れとならざるを得ない。

 多分、これを大量にやると下流域で公害が発生することになるんだろうが、今のところ最下流のコペルニクでも大きな問題は生じていない。この程度なら多分大丈夫なんだと信じたいところだ。


 その川下の一角には200人を超えるドワーフ達が集住し、十数軒の工房が軒を連ねていた。単純計算では1軒当たり15人前後。だがこれは妻子のほかに住み込みの弟子、そして通いの弟子まで含めた人数であり、彼等を除けば別にそこまで大家族というわけではない。



 工房街をブラつき一軒一軒しっかりと吟味した俺達は、ここぞと見定めた工房に入る……なんて言うと、俺達にどれだけ見る目があるんだよ?って話になるが、そこはステータス画面。

 例えば店頭に展示してある同じ素材の剣を比較して、より高い攻撃値の剣を打つ工房の方が職人としての技量が高いと言える。

 イヨと違いアケフは俺のステータス画面のことまでは知らないが、別に彼の鞘を作るわけではない。そのため、この件で彼にそこまでの主体性があるわけもなく、結果して工房の選定は俺とイヨに丸投げ状態であった。


 十数軒ある工房のうち鍛造を行っていたのは9軒。その9軒に展示してあった数打ちの鋼の剣を比較したところ、攻撃値の差はせいぜい1ポイントだった。

 俺達はその1ポイント高かった3軒の中で最も立地がよさそうで清潔感溢れる工房の暖簾を潜った。

 厳密には小数点以下の値まで見れば更に差はあったのだが、然程の差ではなかったため、工房の雰囲気を優先した形だ。生涯で一振りの名剣を打ってもらうわけではない。気難しい名工……ってよりは雰囲気や接客がいい方が重要だからな。



□□□



「いらっしゃいー!」


 と、10歳前後と見受けられるドワーフ娘が元気に出迎えてくれる。

 カワイイー!とイヨが抱き着かんばかりの勢いで駆け寄る。


「こんにちは!お嬢ちゃん。おねーちゃん、細剣の鞘を作って欲しくて来たんだけど、お嬢ちゃんはここの工房の子かな?おとーさんはいる?」


 うん、呼んでくるね!――そう言い残してドワーフ娘は奥の間へと姿を消す。


 少し補足しておくと、ココは工房で製作した作品の売り場。ドワーフ娘はここで店番の真似事をしているのだろう。

 工房は武具屋に卸す商品がメインであるが、売り場には主の腕前を示すための逸品や商品としては卸せない特殊な試作品、あるいは半人前の弟子の手による打ち損ないなどが所狭しと陳列されていた。

 加えてこれからイヨが依頼するように、オーダーメイドで直接取り引きする場合に備え、打ち合わせの場も兼ねて工房にはこうした売り場が併設されていることが多かった。


 娘に手を引かれて奥にある工房から出てきた主は、四十前と思われるコッテコテのドワーフオヤジで、俺が初めて王都に着いた日に見かけた、筋肉質な矮躯に針金のように硬質な赤茶けた髭――そう形容するに相応しい男であった。


「らっしゃい!鞘だけ欲しいんだって?ってことはオーダーメイドだな?高くなるぜ?」


 挨拶もそこそこに主は本題に入る。この主がそういう性格なのか、それとも職人気質からくるものなのか、はたまたドワーフ全体の特性なのかは分からないが、いかにも職人、いかにもドワーフ、といった対応だ。


 そんな主にイヨが返答する。


「えぇ、構わないわ。色々あって細剣だけ手に入れたんだけど、鞘がなくてね」

「そこまでするってことは、そこそこの名剣なんだな?」


 で、その細剣はどこに?――という主の問いに答えるようにイヨが空間魔法を発動する。


「おサイフ魔法持ちか……って、その細剣、まさかアダマンタイトか!」

「あら、流石ね。一目で分かるの?で、受けてもらえるかしら?」

「あぁ、そりゃ勿論。ウチの職人で得意な奴がいるからそいつにやらせよう。こいつは遣り甲斐があるな。んで、予算や希望はあるのか?」

「予算は金貨5枚まで。軽くて丈夫で剣の出し入れが容易なコト。あとは任せるわ……って、ゴメン、あと一つ。色はなるべく控え目で目立たないようにね」


 まだ若いのに鞘だけで金貨5枚たぁ豪気だねぇ。流石はアダマンタイトの武器を持つ嬢ちゃんは違うわ――そう言ってイヨから視線を切った主は、何故か俺に視線を送る。


「そっちの兄ちゃんは?よければその穴の開いた小盾、ウチで新調しないか?もう相当草臥れてるだろ?」


 なかなか目聡い男だ。職人よりも商売人に寄った目が、いつの間にか細剣で穿たれた俺の丸小盾を捉えていた。


 俺達も王都内をブラつくとき、普段なら革鎧を着込んだり盾を持ったりはしないのだが、せっかく工房街に行くのなら簡単なメンテナンスを――と、イヨやアケフにも声を掛け、フル装備で乗り込んでいたのだ。

 なにせ沫雪が舞う中だ。少し着込んでいるくらいの方が防寒的にもちょうどいい。



 ――さて、丸小盾の件だが。


 俺としては簡単に穴を塞いでもう少し使い倒そうか、それとも新調しようかと迷っていたところだが、いい機会だ。主が言うように品質自体も相当劣化していたし、主の腕も悪くないようだ。この際、新調してしまおう。


 そう考えた俺は丸小盾の新調に加え、もう一つ考えていたことを訊ねることにしたのだった。

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