第86話 ミスリルと云う勿れ

 工房街の外れ。


 大河オータランへと注ぐ支流が王都の城壁を潜るその場所には守衛所があった。

 守衛所の脇には通用門もある。俺達が初めて王都入りしたときに潜った正門と比較するとその規模は一回り小さいものの、それでも王都の水運を一手に管理する要所である。

 その門はそこそこの規模を誇り、守衛所に詰める衛士の数も少なくなかった。


 俺達三人はコペルニク家騎士団の副団長サブリナから渡された、白金貨1枚もの価値がある身分証を提示して門外へと出る。


 商業地区へ向かうのは一旦保留。

 ドワーフ親父と話しているうちに、俺にはどうしても試しておきたいことが生じてしまったのだ。そんなわけで更に寄り道することにした俺達は、通用門を出るとゴブリンクラスの魔物を求めて近場の森へと分け入ったのであった。



■■■■■



 その少し前のこと。

 件のドワーフ親父との会話である。


 ――雷魔法?そりゃ商売柄、知ってるけどよ。だがありゃ威力はスゲェが並の魔導師じゃ手に余るシロモノだって聞くぜ?


 工房の主がそう語ったように、パープルから貰った雷魔法使用可の指輪は、凡百の俺にはどうにも荷が勝ち過ぎるシロモノだった。

 昨晩軽く発動し、今日も人気がない場所で何度か行使してみたのだが、とても真っ当に制御できる気がしない。


 まず発動するまでが一苦労。加えて、狙いも満足に定まらないのだ。


 よく知られるように空気は絶縁体である。基本的にはゴムやプラスチックと同じで電気は通さない。電気が雷レベルにまで高まれば大気を切り裂いて走ることもあるのだが、並の量ではそうはならない。

 とは言え、そこは魔法。雷魔法としてならば相当量の魔力の補助で大気中を走らせることが能うのだ。


 が、そのことと、敵を狙い撃てることとはまた別の話。兎に角、狙ったポイントに当たらないのだ。

 周囲の魔素に干渉することで、辛うじてある程度の放出方向を定めることはできるものの、火や水魔法よりも数段速い雷を人間が空気中でまともに制御できるはずもなく、自然界の雷と同様、自由気ままに着地点を見出しては勝手に落雷してしまう。


 そしてここからは推測になるのだが、このように威力は高くとも極めて使い勝手が悪い雷魔法は、本来敵をピンポイントで叩くものではなく、複数の雷を走らせて範囲攻撃的に行使するものなんだろう。

 だがそれは、膨大な魔力の供給に加え、高い知力に基づく高度な魔法行使によって初めて可能となる業だ。パープルならまだしも、俺程度の能力ではとてもそんなことは叶わなかった。


 ってか、またこのパターンかよ……

 育成廚としては色々と工夫すること自体は嫌いではないのだが、たまにはお手軽に無双するって経験もしてみたい……んだが、ダメですか。はい、そうですか。



 仕方ない。当面は飛び道具としてではなく、剣を介して直接雷を流す方向でいくしかないか――


 やや自棄っぱちにそう考えた俺であったが、よく考えるとそれはそれで悪くないのかもしれない。

 というのも、よくよく思い返してみると、この世界では前世のゲームのように所謂「魔法戦士」という枠にカテゴライズされそうな冒険者にお目にかかったことがないからだ。

 元々攻撃魔法を使える人間の絶対数が少ない上、使えるヤツなら普通は危険な前衛職になどならない。稀にアケフのような存在もいることはいるんだろうが、アレだってあくまでも近接戦の補助でしかない。極端な話、実物の砂でも用は足りるのだ。

 そして――この俺にしても、重力の概念が分からない者から見れば、剣と魔法を組み合わせて戦っているようには見えないはずだ。


 つまり、近接戦でド直球の攻撃魔法を織り交ぜた戦い方をするヤツなど滅多にいないということ。

 そのため、この世界の住人は近接戦の相手からいきなり魔法をブッパされることに耐性がないはずだ。



 俺の場合、転移時の身体再構築の際、ポンコツ神が定めた世紀の悪法「極振り禁止令」により、全ての値を冒険者の平均値以上にすることが義務付けられてしまったため、一般的な魔導師ならばあまり鍛えることのない体力や筋力、そして敏捷値に至るまで、そこそこの値に育っている。

 また、重力魔法と空間魔法があまりにもしょっぱ過ぎたため、仕方なく剣をメインウエポンに据えて戦ってきたこともあり、Dランク冒険者レベルではあるがそれなりに剣も使える。

 だが通常は、攻撃魔法を行使する魔導師が剣を持つことなどあり得ないのだ。


 にしても――


 半端な腕前で泥臭く剣を振るって接敵し、意表を突いて攻撃魔法を放つ――か。ゲームとかの魔法戦士ってもっと華やかでカッコいいイメージがあったんだがな……



□□□



 まぁ、それは今更か……

 ゲームの魔法戦士よろしくクールに振る舞う方法は追々考えていくとしよう。


 それよりも今は剣に雷を流す方だ。


 重要になるのは剣の素材となる金属の電気伝導率。

 金属には電気を通しやすいものとそうではないものがあることは周知のとおりだが、通しやすい順に主な金属並べると、銀、銅、金、そして鉄だったはず。詳しい数値までは忘れてしまったが、銀と鉄とでは相当な開きがあったはずだ。

 だが銀は高価な上に硬度にも劣り、とても剣として使えるモノにはならないだろう。


 そこで俺は思った。ミスリルならどうなんだろう?……と。


 前世には存在しなかった物質だが、ファンタジー系の物語やゲームでは魔法なんて呼び方もあったくらいだ。そしてミスリルは魔力を通し易い性質があるのは確定している。もしかすると電気伝導率でも高い値を叩き出せるかもしれない。


 俺は工房の主に訊く。


「オヤジは雷を通し易い金属と通し難い金属があるのは知っているのか?」


 然して期待もせず軽い気持ちで訊いたのだが、意外にも主の回答は明快だった。


 ――あぁ、勿論知ってるぜ?


 勿論?マジか?何で知ってるんだよ?――思わず俺は訊ねる。


「そりゃ兄ちゃん、防具を製作するには耐性を知る必要があるからな」


 あぁ、そうか。防具の方ね。

 雷魔法を使える魔導師が剣に雷を走らせる――そんな通常はあり得ない状況を想定して訊いたため、オヤジが知っていることに若干驚いたのだが、確かに防具視点ならあり得ないことではない。


 んで、どうなんだい?――そんな俺の問いに主が答える。


「あぁ、メジャーどころの金属でよければ教えてやるよ。雷に耐性がある順に鉄、金、銅、そして一番弱いのが銀だぜ」


 おぉ、よかった。前世と同じだ。


 ちなみに――ミスリルはどうなんだ?


 俺は努めて冷静な表情を装って訊く。その問いに主は渋面をつくった。


「ありゃダメダメ!なんせミスリルは銀以上に雷を通しちまうんだぜ!」


 ほぅ、ほぅ、そうか。ミスリルは電気をよく通す――と?


 悪い笑みを嚙み殺した俺は、オヤジに悟られぬようさりげなく話題を変えるのであった――




―――――筆者あとがき―――――


 初投稿以来、1日PVにも満たない半年を経て、PV爆増が始まったのが今年5月。

 その後もPVは順調に伸び続け、最近は随分と落ち着き?を取り戻しましたが、それでも本日ついにPVを達成しました。


 読者の皆様からの御支援、御声援、本当にありがとうございました。深く感謝申し上げます。

 次の目標は……少し冷静になってから改めて考えたいと思いますが、引き続きこのクセ強めの物語を御愛顧いただければ幸いです。


 王都編はもう少しで完結しますが、勿論これで終わりではありません。

 もうちっとだけ続くんじゃ――ってヤツですね。

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