第110話 十年目

 ウキラの宿に冒険者ギルドの連絡員……と言う名の目付が訪れたのは、翌日昼過ぎのことだった。


 オッサン、やっぱアンタかよ――


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 名前 サーギル(元B、フラグ大好き)

 種族 人属

 性別 男

 年齢 44

 魔法 生活魔法


   (登場時)  (現 在) (武具反映)

 体力   7     7     7

 魔力   5     5     5

 筋力   7     7     7

 敏捷  10    10    10

 知力   8     8     8

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 合計  37    37    37

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 そこにいたのは、あの古城の戦いでギルドの検分役を務めたサーギルであった。


 ……にしても、つまんねー数値だな、おい!

 二年前も、今も、そして武具を反映しても、全部同じ値かよ?


 が、簡素な革鎧と短剣だけの装備とはいえ、武具によるマイナス補正が付かないこと、そして冒険者を引退しているにもかかわらず、この歳にして二年前の数値を維持していることには正直感心する。


 元Bランク冒険者にして堅実なる斥候職。ギルド職員として雇用される直前に箔付けのためBランクに昇格した男だが、それなりの人品や頭脳がなければその対象になることはないうえ、彼は二年前のアケフ並みの気配察知と、イヨほどではないにしても高いレベルの五感察知をも併せ持つ。加えて言えば、尾行や各種調査、罠の解除にも長け、ギルドとしては非常に使い勝手のよい男なのだ。

 そのサーギルは二年前と同じく、小柄だがよく引き締まった身体で俺達の前に現れた。


「よう!最近は飛ぶ鳥を落とす勢いだな、お前ら!古城に始まり、王都行、そして今回の潜入調査かよ。ったく、大したもんだぜ」


 サーギルさん、久しぶりだね。アンタが同行してくれるとは心強いよ――そう応じたキコは片手を差し出して固い握手を交わす。


 侯爵家からの目付があと一人加わるこの依頼で、ギルド側の目付が気心知れたサーギルなのはありがたい。彼は俺の秘密もある程度なら知っていて、あまり隠さずにすむのも好ポイントだ。

 ギルドの美人職員が同行……ってな展開を妄想しなくもなかったが、どうせイヨの監視下にある俺にとっては目の毒でしかない。加えて、最近では読心術までマスターしたに違いないイヨさんを相手に、俺はもう色々と諦めたよ……


 さて、俺がイヨからサーギルへと視線を戻すと、彼はアケフの肩を叩き、また大きくなったんじゃねーか?――と、嬉しそうに語りかけてアケフを見上げていた。

 次に彼が手を差し伸べた相手は俺。右の掌を差し出しながら彼は言う。


「おっ、ライホー元気か?お前さん、ついにアケフにランク抜かれたんだってな?おめでとさん!」


 オッサンよぅ、気にしていることを……と、なんとかそれだけを呟き、差し出された手をパンっと軽く打ち払った俺に、サーギルは追い打ちをかける。


「そこの新入りの嬢ちゃんも有望そうだな?またぞろ抜かれないようにせいぜい気張れや!ライホー!」

「オッサンこそ、まだ現場に駆り出されているのかよ?御苦労なこって。冷や水は年寄りには毒だぜ?いい加減、引き際を考えろよな」


 そんな俺の嫌味に、彼はニンマリと笑みを浮かべて応じる。


「いやいや、実はコレが最後の御奉公なのさ。年が明ければ内勤に回してもらうことになったんでな。この任務が終わる頃にゃ初孫も生まれる。もう無理をする気はないさ」


 あっー!やっちまったなー!コイツは全然変わってない。俺の胸中は二年前と全く同じ思いに支配された。


 ――あぁ、サーギル……、お前は……、何故……、そんなに……、フラグを……、立てるのが……、好きなんだ?――と。


 コイツが生きて帰ることは多分ないだろうな……。



□□□



 その後、サーギルから伝えられた依頼の詳細だが、大きくはノールメルク入りする前と後に分かれるんだとか。後の方はそれまでに収集した情報によって対応が変わるため、あまり詳細に詰めても仕方がないらしい。

 サーギルが侯爵家の目付――バイザーという名だそうだが、そのバイザーから言付かった話によると、高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処する方針だという。


「要するに、行き当たりばったり――ってことかい?」


 キコの皮肉に仲間達から乾いた笑いが生じる。

 ……が、そんな中たった一人だけ、腹筋が捩じ切れんばかりに爆笑する俺に、皆はドン引きであった。


 違うんだ!悪いのはアソドリュー准将とアレクサソドル中将だ!俺じゃない!――と明かすわけにはいかない俺は、無理矢理にでも笑いを抑え込むと一人寂しく黙りこくった。イヨには後で理由を打ち明けて慰めてもらうとしよう……



 さて。気を取り直して、ノールメルク前の話に移ろう。

 ノールメルク入りする前のお仕事は、北国街道に四つある宿場町の調査である。加えて大森林にも立ち入り、エルフの里の情勢も探ってもらいたいとのこと。そのエルフの里は、それぞれの宿場町を起点に大森林側へ五キロから十キロメートルほど進んだ先――ちょうど大森林の浅層と中層の境目付近にあるらしい。


 と、ここでイヨの表情が曇る。そんなイヨにサーギルが訊く。


「嬢ちゃんは里帰りの手紙、もう全く読んでないみたいだな?」


 えっ?なんだよ、里帰りって?初耳なんですけど?

 サーギルさん、そのことは……と、話を遮ろうとするイヨだったが、サーギルは構わず話を被せる。


「その様子じゃ、仲間達にも――ライホーにすら言ってないのか?だがな、里の調査は嬢ちゃんありきなんだ。嬢ちゃんが行かなきゃ話にならねぇんだぞ?」


 俺はふと思い出す。


 エルフ種は――

 森林内にエルフだけの集落を築いて生活する。そして森林近くの人属の街と交易を行い、必要に応じて交流を持つ。そんな中、イヨのように人属の街へ移住する者も少なからず存在するが、彼等、彼女等も五年、十年経つと集落へと戻り、所帯を持ち、子を生し、いずれ集落で責任ある立場となっていく――


 昔、そんなエルフ種の生態を聞いたことがあった。


 イヨは十五の歳に里を出た――以前キコはそう言った。

 来年でちょうど十年目か。五年、十年で里へ戻るのが普通だとすれば、以前から帰還を促す手紙が来ていてもおかしくない。


 眉根を寄せた俺はサーギルに訊ねる。


「イヨの実家から帰還を促す手紙が?」

「あぁ、そうだ。里から嬢ちゃんへの手紙は一旦ギルドに届くことになっているんだが、ここ数年は頻繁だったからな。ギルドが勝手に開封したりはしないが、俺達だってエルフのしきたりくらい知っている。時期を考えれば内容は容易に想像がつくさ。それにな、ギルドにも独自の情報網があってな。いっときは最年少Bランク冒険者だった嬢ちゃんを放っておくわけにもいかない。悪いが裏を取らせてもらったぞ」


 キコも初耳だったらしい。

 常ならぬ深刻な表情を浮かべたキコがイヨの肩にそっと手を添える。

 それが呼び水となったのか、もう何年も前からなの――と、まるで独り語りのようにイヨはぽつりぽつりと語り出した。



■■■■■



 イヨの話はほぼ俺が想像したとおりであった。

 彼女が二十歳を迎える少し前――すでに五年前から、送られてくる手紙でそのことが触れられるようになったのだという。だが、彼女はのらりくらりとそれを躱し、一年程先送りしていたそうだ。そうこうしているうちに、彼女には初めて気になる男性――俺のコトだぞ!――が現れた。


 そうなってしまえば、恋する乙女に里へ戻るという選択肢は存在し得ない。

 その後も、緊急依頼で俺に命を救われ、古城での大冒険を共にし、同じパーティーに属しての王都行。その王都でようやく俺と結ばれた彼女は、それ以降手紙を受け取ることすら拒否しているのだという。


 ――これは完全に実家との関係が拗れちまってるなぁ。


 原因の一端……じゃねぇな、そのほぼ全てを負う者としては、五十四年にも渡る人生経験から両者を導いてやらなきゃならない。おそらく、現時点で双方が納得ずくで合意できる解など存在しないだろう。が、五年後、十年後に和解するための種を蒔くことはできるはずだ。


 イヨと共にその場を抜け出した俺は、二人きりで語らい合える場を求めてコペルニク郊外へ歩みを進めた。


 その夜、フォ―ク准将とビュ⊃ック中将の件を切り出せなかったのは、言うまでもない。

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