第111話 百年なんてあっと言う間じゃない?

 翌朝、イヨは仲間達に告げる。


 この依頼、エルフの里での情報収集はもちろんのこと、その先の両親との話し合いからも逃げはしない――と。

 昨日、夜更け過ぎまで俺と語らった彼女の瞳に、もはや迷いの色はなかった。


 そんなイヨの覚悟を受け、常の如くパーティーを二分することにしたキコは、先行してノールメルクへと向かうキコ、イギー、モーリーとアナスタシア、それに侯爵家の目付バイザーを加えた五人の本隊と、エルフの里に立ち寄る俺とイヨ、そしてアケフ、サーギルの四人の別動隊を編成し、冒険者ギルドの目付であるサーギルからも承諾を取り付けた。



□□□



 サブリナから最初に打診された日から数えて一週間後。

 領都コペルニクを発つ俺達をウキラが見送る。既にイヨの事情も聞いているようだ。


 必ずまたここへ戻ってくるのよ――慈愛に満ちた声色で優しく語りかけるウキラ。ヘーゼルの双眸に揺るぎない意志を宿し頷くイヨ。

 そのまま軽く抱擁を交わした二人の傍で、キコとべランナが視線を交わし微笑んでいた。


 ――


 ――――


 ――――――


「……行ってしまわれましたね、女将さん」


 えぇ。でも年内には帰ってくるわよ。皆、揃ってね――べランナの言葉にウキラが応じる。


「でもイヨさん、大丈夫でしょうか?御実家の御両親がどう出られるか……」

「ふふっ。大丈夫よ、べランナ。私はあの人を信じてる。きっとライホーが何とかするでしょうよ」



■■■■■



 領都を発った日の夕刻。

 俺達は最初の宿場町スファートに入った。


 北国街道沿いの大森林には三つのエルフの里が存在する。

 最初の宿場町スファート、二つ目のカント、四つ目のスーフォ。それぞれの町から大森林側へ五キロから十キロメートルほど分け入った場所、そこにエルフの里はある。

 そして、ここスファートから入った里にイヨの実家はあり、父親は里のおさを務めているらしい。


 をぅっ、里長さとおさの娘だなんて聞いてないよー!


 ……ってな泣き言が今更通用するはずもなく、スファートで一夜を明かした俺達は、当初の予定どおり二手に別れ、本隊のキコ達は簡単な情報収集後に次の宿場町カントを目指す。そして俺達別動隊はエルフの里へと向かうことになる。


 別れ際、イヨの髪を優しく撫ぜたキコは、イヨのこと頼んだわよ――そう言って俺の背をドンッ!と叩いて送り出す。

 責任重大だな……と呟いて思わず身をすくめた俺に、気張りなさいよ!ライホー!――キコが発破をかける。その声が改めて俺の背を押してくれた気がした。



□□□



 森林地帯へと分け入った俺達の前には道なき道が……ということはなく、下草が刈り払われ踏み固められた小径が続いていた。

 大森林とはいえ浅層部ということもあり、出現する魔物はゴブリンクラスがメインで、オーククラスが時折顔を見せるかどうかといった程度。しかも小径の周辺は人間の縄張り――といった感覚すらあるようで、彼等も滅多には近付かないらしい。


 里まではそれほど危険じゃないのよ――と、イヨ。

 魔物の領域である大森林内に居を構える少数民族――どんな戦闘民族だよ?ってなことはないようだ。


「護衛を数人付ければ行商人でも問題なさそうだな?それに馬車は無理でも荷車ならいけそうだ」

「この轍がそれですかね?」

「おいおい、お前ら。ギルドでも時々護衛依頼が出ていただろ?まさかホントに知らないのか?」


 俺とアケフの会話に呆れたサーギルが疑問を呈すが、なにせ俺はソロの期間が長かったからな。DランクやEランクの冒険者がパーティーで受けるような依頼は熟していないのだ。それにハイロード加入後はもっと難易度が高い依頼を受けていたからなぁ。伯爵の護衛とか、伯爵の護衛とか、伯爵の護衛とか。

 それはアケフも同様のようで、早い段階でハイロードにスカウトされた彼も、このレベル帯のパーティー依頼は受けたことがないという。


 やれやれ、お前もアケフもどうなってんだよ?この手の護衛依頼は冒険者のお約束だぜ、お約束。なぁ、嬢ちゃん――と、ぼやいたサーギルに、そうですね――と、イヨも愛想交じりで返す。


 そんな感じで特にハプニングらしいハプニングもなく進む俺達であったが、流石に一度も襲撃を受けずに――とはいかず、途中三体のゴブリンに遭遇した。

 無論、俺達の力量はゴブリン相手ではオーバーキルでしかないので、余裕綽々で退けたのだが、その中にあの黄色が色濃く発現した希少種、ダンディー?ゴブリンがいた。俺が思わず目を留めたそれに、どうやらアケフも気付いたようだ。


「このゴブリン、随分と肌の色が変わっていますよね?ライホーさん」


 やや茶色がかった黄緑色――通常はそうであるはずのゴブリンがここまで黄色がまさっていれば、流石に違和感を覚えるからな。

 何故です?――と訊けば大抵のことは教えてくれるとばかりにアケフが俺に問う。


「俺達だって肌や髪、そして瞳の色は違うだろ?ゴブリンだってそうなのさ」

「でも僕達人間なら違う人は大勢いますけど、黄色いゴブリンなんてほとんど見かけませんよ。僕だってこれで三体目ですから」


 ふーむ、これは本格的に答えてあげなくてはなるまい。イヨとサーギルも聞き耳を立てているが、この二人になら聞かれても構わないだろう。


「そもそも黄色いゴブリンはなぜ数が少ないと思う?」


 俺からの突然の問いに、そんなの分かりませんよ……ってか、それが分からないから聞いているんですから――と、アケフは口を尖らせる。


「そりゃそうだ。スマンスマン。それはな、緑と土に囲まれたこの森にあっては、あそこまでの黄色は通常種よりも目立つからさ」


 なるほどねぇ――と言ちたのはサーギルである。数拍置いて彼は続ける。


「つまり目立ちやすい黄色のゴブリンは、狩る側であれ、狩られる側であれ、通常種よりも不利ってことだな?ライホー」

「あぁ、そういうことだ。だから仮に同数の色違いがいたとしても、生き残る数が多いのは保護色になりやすい通常種ってことさ。――が、ここが黄土の荒野だったら、逆に黄色のほうが生き残るんじゃないかな?」


 それも前世の知識なのね――ってな表情でイヨが訊ねる。


「つまりそうやって生き残るために不利な個体は自然に淘汰され、有利な個体が増えていく……ってことかしら?」

「あぁ、そうだ。この環境下で生き抜くために有利な特徴、この場合は色だな――それを持つ個体が生き延びて次代へと生を繋ぐ。結果、その色のゴブリンが増えていくってことさ。無論、百年、二百年程度ですぐにそうなるわけじゃない。もっと長いときを経てだがな」


 えっ?百年、二百年がすぐなの!?――と驚きの声をあげたのはイヨ。


 いやいや。エルフならそこはしれっと、百年なんてあっと言う間じゃない?――とかドヤってほしいところだが、前世では千年のときを超えて生きるとされたエルフ種も、この世界では百年程度の寿命でしかない。それは分かっちゃいるんだが、どうにも調子が狂うな……


 そんなもやっとした感情を抑えつつ、俺は言葉を継ぐ。


「あぁ、そうだ。それとな、俺達人間の場合はそこまで色の影響は受けないから多種多様なのがいるが、色以外の様々な特徴――例えば食生活だったり、生活様式だったり、そういったものでも気付かないうちに自然と淘汰されているのさ」


 思わぬところで自然選択説の講義をかましてしまったが、当然のことながら今世の学問はまだこの領域には達していない。まぁ、パープルならまだしも、イヨとアケフとサーギルの三人が相手なら大事になることもないだろう。



 危険地帯での講義を早々に切り上げた俺はゴブリンから手早く魔核を抜き、改めて歩を進める。

 それから二キロメートルほど歩いただろうか。

 突如として森が拓け、俺達の眼前にはエルフの里――その門扉が姿を現したのだった。

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