第112話 エルフの里
俺の体感ではスファートの宿場町から七、八キロメートル。
その里は、高さ二メートル、直径三十センチほどの丸太杭を隙間なく連ねた長大な壁で囲まれていた。杭同士も横木を渡して補強され、かなり頑丈な印象を受ける。これならばオーガが力任せに体当たりをかましても、一度や二度ではびくともしないだろう。
イヨ、そしてサーギルが門番の若いエルフ――何故か当然のようにイケメンだ――に話しかける。
二、三言葉を交わした後、入場を許された俺達はゆっくりと門を潜った。
落ち着き払ったテイを装ってはいるが、周囲がすべてエルフというファンタジーな空間に俺はかなり舞い上がり、妙に平静さを欠いていた。なんならこの世界に転移して初めてコペルニクの街に入ったとき以上かもしれない。
人属がメインの街であれば、ある意味で前世の延長線上と言えなくもないが、やはり異種族の集団に入ると違和感がハンパない。王都でドワーフの工房街に出向いたときの感覚に似ているが、王都とは違いここは完全にアウェー。
ふと横を見ると、アケフも同じ心情のようで、僅かに強張った表情を浮かべている。
おぅ、あんまビビるな、お前ら――そう声をかけてくれたのはサーギルである。彼はかつて護衛依頼で何度もこの里を訪れていた。
「ったく。お前ら、駆け出しのFランかよ?だからこの手の依頼を受けていないヤツは……」
と、彼は嘆息し、俺とアケフの背中をパンッと叩いて気合を入れる。
そのひと叩きでスイッチが切り替わったわけでもないだろうが、俺はようやく周囲を観察する余裕が生まれた。
どうやらファンタジー過ぎる雰囲気に少し呑まれていたようだな……
壁内の広さや周囲の家々の間隔などから察するに、人口は五百から六百人といったところか。里の脇には水量豊富な清流が走り、ところどころで水路を切って水を引き込んでいる。その水路沿いには花々が咲きほこり、樹々が繁る。
こうした自然豊かな風情を好む人にはたまらないだろうが、生活レベル的には街道沿いの宿場町よりも低く、領都や王都とは比べるべくもない。
日本の限界集落……とまでは言わないまでも、その三歩手前といったところか。日本との違いは、子供や若者の割合が比較的高いってことだな。
「さてと、それじゃ
サーギルの言葉にイヨが顔を強張らせる。
ふぅ、俺も気が重いぜ――
□□□
「来るとは聞いていたが、素直に里へ戻ってきたわけじゃないんだな?」
すんげぇイケメンエルフがこれ以上ないってくらいの渋面をつくり、イヨを睨みつける。イヨのオヤジなら多分五十前後のはずだが、どう見ても三十代半ばくらい。
そんなオヤジさんをキッ!と睨み返し、イヨは毅然と告げる。
「今回は冒険者としての依頼で立ち寄ったまでです。プライベートなことよりもまずは仕事の話をさせてもらいます」
「チッ!そのプライベートな関係に頼っておいて……身勝手な言い草はよせ!と怒鳴りつけたいところだが、まぁいい。サーギルさん、アンタもいることだ。ここは収めよう」
そう言うと、イヨの父にして里の
やだなー、やだなー、こわいなーとまるで某芸能人のような感想を抱きつつ、一方でサーギルの意外なほどの人望にも少し驚く。
里長にも顔が利くのかよ?このオッサンは。だったら無理してイヨを連れてこなくてもよかったんじゃね?と思ったが、後に聞いたところによると、オッサンも他の里ではここまでの伝手はなく、マンテの娘であるイヨの顔が利いてくるのだという。
加えて言えば、サーギル自身、この親子の関係修復を望んでおり、その機会をつくりたかった……ってなことらしい。まぁ、具体な方法は俺に丸投げなので無責任なことこの上ないが、あとはお前さんの仕事だろ?――ってな感じで、まったく悪びれた様子がない。にもかかわらず、どこか憎めないのはこの男の人徳なんだろう。
「……で、ノールメルクの動向だったな?」
イヨの父、マンテが語ったところによると、今のところこの里では特に変わった動きはないらしい。が、最もノールメルク寄りの宿場町スーフォから繋がるエルフの里には、数か月前からノールメルクの行商人が頻繁に訪れるようになり、格安な値で物資を卸しているのだという。
ノールメルクの水は甘い――そんな印象操作がすでに始まっているらしい。
ということは、すでにスーフォの宿場町にもノールメルクの息がかかっていると考えたほうがいいだろう。次のカントとそこに紐づくエルフの里では、更に詳細な情報を集めなければ……。
俺達はマンテからほかの里長に宛てた紹介状を書いてもらうと、この里での情報収集を早々に切り上げた。
さてさて、次は懸案のプライベートなお話ですか。
やだなー、やだなー、こわいなー
■■■■■
私、里には戻らない!――力強く宣言したイヨに、何を莫迦なことを……とマンテは返す。
「……で、その理由が後ろにいるオトコか?」
マンテがジロリと睨む。
あれ?そんな話、まだしてないよな?なんで知っているんだよ?と不思議に思ったが、訊ねてもいないのにまるで俺の心が読めたかのようにマンテが語り出す。イヨさんと同じで読心術に長けていらっしゃるようだ。エルフって皆こうなのか?
「サーギルさんから聞いたわ!ライホーとやら、お前がイヨを誑かしたんだな?」
まさかのサーギルの裏切りだった。
いや、サーギルに言わせれば、裏切るも何もマンテからイヨに宛てた手紙の裏を取るとき、軽く状況の説明をしただけ……ということになるらしい。が、あんまふざけたことをしていると、テメーが立てた死のフラグを遂行するのはこの俺になるからな!覚えてやがれ!
……まぁ、今はそんなことをしている場合ではない。サーギルへの報復は後の楽しみに取っておくことにして、俺は昂然とマンテに反駁する。
「アンタの娘はオトコに誑かされるほど愚かなのかい?彼女は自分の目で見極めて俺というオトコを選んだ。俺はそんな彼女に選ばれたことを誇りに思っているぜ?」
どーよ?この詭弁。娘の選択に託けて父親の口を封じる完璧な論理展開だろう?
……と、そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。
「黙れ!下らん詭弁を弄すな!」
マンテからの酷烈な一喝。
あぁ、ダメだ。全く効いていなかった。力技で強引に捻じ伏せられてしまった……
「そも、長の娘が里に戻らず自由気ままに外界をほっつき歩いていては、他の者に示しがつかん!イヨ、お前は里の秩序をどう考えているんだ?」
「そんなのどうだっていい!私は私として生きたいの!」
「ふぅ、少しは分別を弁えた大人になって帰ってくるかと思えば、我儘な子供のままだな……」
ライホーとやら、お前も同じなのか?――とマンテは怒気を孕んだ声で問う。目先の色恋に溺れるあまり、里の秩序を蔑ろにする――そんな男であれば即座に処断せんとばかりの意気込みが伝わる。
やれやれだぜ……と思いつつも、少し長くなるかもしれないが――と、前置きして俺は語り出す。
俺の祖国では――
と語り始めたとき、アケフとサーギルは俺がパルティカ王国の出身ではないことに少し驚いたようだったが、すぐに表情を戻す。
俺は改めて語り始めた。
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