第20話 vsお師匠

 2年前、アケフがオークリーに伸されてから1か月後。アケフは俺とともに改めて冒険者ギルドを訪れていた。

 この世界の1か月は5週間なので、ちょうと30日後のことである。


 ちなみに1か月はこの星の衛星ルーナが満ち欠けする周期と同じである。ホントあのポンコツ神、地球を創るときにこの星の設定をマルっとコピペしやがったな……



「おやボクちゃん。久し振りだな!今度は保護者連れで登録か?」


 食事処から赤ら顔をしたオークリーのヤジが飛んでくる。


 この豚野郎はいつもここで呑んでんな。一体いつ依頼を熟してるんだよ?


 俺は心中で毒づく。そんなオークリーを無視し、冒険者登録のために受付へと進むアケフにオークリーが近付いてくる。


 困った豚野郎だ――とは思ったが、心配はしていない。この1か月、道場で修行しているアケフの姿を見て、油断してないときの彼の強さというものは身に沁みて分かっていたからだ。

 案の定、豚野郎のテレフォン(がないこっちの世界での呼び方は分からないが、そのテレフォン)パンチを軽やかに躱しつつ、アケフはカウンターの肘を奴の顎に叩き込んだ。

 更に、崩れ落ちそうになる豚野郎の下に素早く身体を滑り込ませたアケフは、突き上げるようにまたしても肘を顔面に叩き込んだ。

 そして浮き上がった豚野郎の顎目掛けて止めの肘を叩き込む。


 あーあ、泡噴いて倒れちまったか。豚野郎。

 しかし肘の三連発って……拳を顎に一発合わせるだけ充分だったでしょ?態々高難度の肘を3発も合わせる必要なんてあった?前に伸されたことを余程根に持ってたんだな。アケフの奴。



□□□



 アケフはこの日、無事に冒険者登録を終えた。


 その記念というわけでもないのだが、俺は通りの武器屋で銀貨8枚で買った数打ちの片手剣をアケフに贈った。そしてお師匠は、彼が若い頃に使っていた古びた革鎧を譲った。

 俺がポンコツ神から授かった装備とは比べるべくもないが、それでも布の服と錆た短剣しかなかったアケフとしては上々のスタートを切ることができるだろう。


 そうそう、お師匠はこの世界では意外と小柄なのだ。

 身長は前世の俺とほぼ同程度であり、お師匠の革鎧は160cm台後半のアケフには少し大きめではあるものの、辛うじて装備できるサイズであった。

 お師匠は、バルティカ王国の成人男性よりも若干低い身長ながらも、昔は王都で騎士団に所属し勇名を馳せたこの街の有名人であった。

 その剣の腕は騎士団随一とも言われ、御前試合で優勝したほどであったそうだが、戦争孤児からの成り上がりであったためか、一団員のまま退役したそうである。


「儂のような無学者は幾ら腕が立っても団を指揮することなぞできん。まして団長ともなれば、組織管理の手腕や身分に裏打ちされた礼儀作法まで求められる。儂には到底無理な話じゃよ!」


 彼はそう言って呵々大笑したが、こういう人材を見かけるにつけ、もし俺が幼少期から適切に育てることができていたら――といった気持ちが湧いてきて残念で仕方がない。

 無論、そんな俺の考えは、自身の人生に満足して生きてきたお師匠に失礼千万であることは承知の上だが、育成ゲーマーであった俺としては「千里の馬は常に有れども、伯楽は常には有らず」――韓愈かんゆのこの言葉が思い起こされてならないのである。


 だから俺はアケフにも何かと目をかけてしまうのだろう。今世で育成するキャラは俺自身……と決めてはいるんだけれど。



 アケフの年頃の若者は成長が早い。

 冒険者になって1年が経つ頃には、彼は男性冒険者の平均身長である180cmに迫るほどにまで身長が伸びた。

 半年前には順当に冒険者ランクをFからEへと上げ、剣の腕の方も若さからくる未熟さがときに顔を出すものの、そのセンスは万人が認めるところとなり、この街で最も前途有望とされるCランクパーティー「ハイロード」にスカウトされた。彼らは既にパーティーとしてBランクへの昇格も間近と言われているほどの逸材揃いである。


 そんなパーティーにアケフは招かれたのである。


 俺は祝いとして、ワイバーンの革鎧に代えて使っていた一般的な革鎧をアケフに譲った。アケフがお師匠から譲られた革鎧はすでに彼には小さくなっていたからだ。

 そしてお師匠は、彼に秘蔵の剣を贈った。それは魔力に親和性が高いとされるミスリルを鋼に混ぜて打った逸品で、魔力を通すことで切れ味や硬度が格段に上がる業物であった。御前試合で優勝した際、王から下賜されたものであるという。

 こんなモンを隠し持っていたんなら、そら土魔法よりも剣の腕の方を磨かせるわ。アケフの方がお師匠よりも魔力は高いから、使い勝手もいいだろうし。


 こうしてアケフは、ハイロードのエースアタッカーとなるべく更なる研鑽を重ねていったのである。



■■■■■



 俺の方はといえば、この頃にはゴブリンスレイヤーという格好悪い二つ名で呼ばれるほど、地道にゴブリン狩りに勤しんでいた。


 やはりあの大森林には相当数のゴブリンが屯しているようで、街の兵士により定期的な駆除も行われているようだ。

 しかし俺がゴブリンを狩るペースは相当なものであるらしく、無理に兵士を動員しなくても街道の安全がある程度保たれているため、最近では駆除の頻度は以前の半分以下らしい。門番の兵士などからは、楽させてもらってるぜ――と感謝の言葉を受けることもあり、ギルドや兵士達からは地味に評価されつつある。


 相変わらずのボッチではあるものの、お師匠に師事しているためか、変なちょっかいをかけてくる奴もいないため、最近ではアケフに譲った革鎧に代えて元々のワイバーンの革鎧を装備している。


 棍棒だけに重力魔法を掛ける業もかなりの精度でマスターし、そこそこ腕に覚えがでてきた俺はお師匠に文字通り勝負を挑んだ。

 重力魔法を全開にして戦うため、お師匠とアケフ以外は人払いしてもらっている。


 アケフの開始の合図と同時に、俺は魔力を出し惜しみせず、全力の重力魔法をお師匠の剣に浴びせかける。


 ズシャッ――


 お師匠は一瞬驚愕の表情を浮かべた後、思わず剣を取り落とした。剣は地面に半ばめり込んでいた。


 俺は即座にお師匠の間合いへと踏み込み、上段から剣を振るう。が、お師匠の頭上で寸止めする積もりで振るった俺の手に、既に剣はなかった。そしてニヤリと笑うお師匠の手に、何故か俺の剣があった。


 何を言ってるのか分からないと思うが、俺も何がどうなって……以下略。


 まぁ、ぶっちゃけ真剣白刃取りってやつなんだろう。マジでやる人なんて初めて見たが。


「ほほっ、儂が剣を取り落としたところで油断したのう。寸止めする積もりであったことを割り引いても、元々甘い剣筋が更に甘くなっておったぞ!」

「ですね。自覚は……してますよ」


 俺は重力魔法を掛けたお師匠の剣を拾い上げようとしながら答えた。

 吃驚した。自分の魔法でやったこととはいえ、そのお師匠の剣はとても人の力で持てる重さとは思えなかった。


「ならばよい。次に生かせよ。それにしてもお主のその魔法――とんでもないものじゃの。まさかこの儂が剣を取り落とすとは……」

「お師匠にそう仰っていただくと自信になります。ですがお分かりかと思いますが、このことは内密に」

「分かっておる。まさか身体全体ではなく、剣だけを重くできるとはのう。ところでアケフは知っておったのか?」

「ええ。アケフには試したので、お師匠で2人目です。あーあ、アケフにはこれで勝ったんだけどなぁ」

「ふん、まだまだ弟子に負けるわけにはいかんわい!」


 お師匠はそう言いつつも、若干引き攣った表情を浮かべていた。

 どうやら俺の魔法戦士としての業も満更ではないようである。

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