第52話 更に3か月後

 施設のオープンから3か月が経過した。季節は夏になっている。



 アケフは既にCランクである……ってか、Cランクになったのはもう半年も前のことだ。

 新年を迎えたばかりの半年前、アケフが18歳になると同時にギルドからDランク昇格の通達があった。

 いや、普通はDランク程度の昇格でお知らせが来るなんてことはあり得ない。依頼を受けるためにこちらからギルドへ出向いたとき、受付嬢からついでとばかりに鷹揚な態度で伝えられる程度である。この扱い一つ取っても如何にギルドがアケフに大きな期待をかけているかが窺い知れようというものだ。

 しかもその通達には書状が添えられており、その内容は翌週に行われるCランク昇格試験への参加を促すものであった。


 いくら早く昇格させたいからって、どこまで特別扱いするんだよ?――とは思ったが、現実とは残酷なもので翌週の昇格試験を難なくクリアしたアケフは、あっと言う間に俺と並ぶCランク冒険者になった。

 いや、もう瞬殺である。俺が2度も落ちた試験を――である。

 しかもギルドもよほど人が悪いのか、対戦相手はなんとオークリーであった。



□□□



「おう、あんときのガキンチョがもうCランクの昇格試験かよ?」

「お久しぶりですね。オークリーさん」

「ふん、余裕ぶっこいてるんじゃねーぞ!あんときの俺と同じだと思うなよ?」


 自信に満ち溢れた声でオークリーが喚く。思うところがあった俺は、奴のステータスを覗いてみた。


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 名前 オークリー(元C、元豚野郎、ギルド職員)

 種族 人属

 性別 男

 年齢 42

 魔法 生活魔法


   (現在)      (2年9か月前:初登場時)

   【基礎値】 【現在値】 【基礎値】 【現在値】

 体力  11    10    10    10

 魔力   6     5     6     6

 筋力  12    12    11    11

 敏捷   8     8     6     6

 知力   5     5     5     5

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 合計  42    40    38    38

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 やはりか。この歳でまさかの合計値4ポイントアップである。特に敏捷値の伸びが著しい。

 どうやらギルドで解体作業の激務に勤しむことで、あのビール腹が引っ込み身軽になったようだ。そのため魔物との戦いで痛めた脚の関節への負荷も軽減され、短時間ならばそれなりに戦えるようにまで回復したらしい。それに加えて日々の肉体労働で体力や筋力までもが上昇している。


 ――こいつ、新人イジメなんかしていないで真面目に冒険者やっていればもっと上を目指せたんじゃねーのか?


 多分、冒険者としての資質には相当恵まれていたのだろう。ただ、努力が伴わなかっただけで……


 そしてこいつに運がなかったのは、その程度の資質ならば軽く超えていくほどの天賦の才を持ちつつも努力を怠らず、更には師にも恵まれた男――アケフが相手であったことだろう。


 受験生に勝利すれば銀貨3枚の臨時報酬が支給される試験官の役目は、元冒険者のギルド職員にとっては丁度よい小遣い稼ぎであるが、オークリーは何の見せ場もなく一方的にアケフに敗れた。

 身体が絞られ、動きに機敏さが出てきたオークリーは、魔法なしで戦えば確実に俺よりも強いだろう……が、その鼻っ柱はアケフによってあっと言う間に叩き折られたのであった。


 ギルド職員として採用されて2年が経過し、最近行動の端々に傲慢さが見えてきたオークリーに対する処罰の意味も込められている――そんなことを受付嬢?のトゥーラは教えてくれたが、そんな内輪の事情まで俺に漏らしていいのかよ?



■■■■■



 さて、話は施設のオープンから3か月後、アケフの昇格試験からは半年後に戻る。


 俺個人の拘りでしかなかった湯に浸かる方式の風呂は意外にも大当たりし、週1回の提供日には貴族気分を味わおうと宿泊客だけにとどまらずコペルニク中から多くの小金持ちが来場した。彼らはそのまま食事処で飲食してくれる優良顧客である。

 当初は冒険者の冒険者による冒険者のための施設を目指していたはずであったが、ビジネスモデル的にはさながら富裕層向けのスパリゾートの様相を呈していた。


 この調子であれば夏季限定で予定していた水風呂プールの方もそれなりに客の入りが期待できそうである。

 まぁ、そこらへんの差配は大女将であるウキラにお任せであるので、俺がちまちまと口出しすることはない。



 そんなわけで施設の経営が順調に推移しているのをいいことに、俺はアケフと共にふらりと街に出る。


 アケフは俺と同じ敷地内に居を構え、同じ師に教えを請い、同じCランク冒険者として同じパーティーに属している。

 必然、俺達は行動を共にすることが多かった。ギルドに向かうときも然り、武具屋を冷やかしに行くときも然りである。



 この日も俺達は、施設で奮闘するウキラとお師匠を残し、パーティーメンバーと合流するためにギルドへと向かった。



□□□



「やぁ、宿屋の若旦那!」


 相も変わらず空気読めない病が膏肓に入っているモーリーが、ギルドに併設されてた食事処から声を掛けてくる。その横には当然のようにイヨを含む他のメンバーもいた。イヨからの視線が痛い。


「羨ましいねぇ。情婦の未亡人に任せた宿屋が大当たりなんだってね?」


 流石にこの科白にはアケフがカチンときたようだ。


「ウキラさんは情婦とかそんなんじゃないですよ。モーリーさん、流石に失礼です。取り消してください。ライホーさんは真剣にウキラさんを愛しているんですから」


 あぁ……アケフ君?それ、イヨの前で言う必要があることかな?

 モーリーとは違い空気読めない病ではなく、完全に人生経験の不足からくる言葉であることは分かるが、イヨさんからの圧もちゃんと考えようよ?


「まぁ、なんだ……愛するって言うか、縁っちゅうか、なんちゅうか……本中華」


 しどろもどろになった俺は意味不明な返答をする。


「あぁそうか、それは申し訳なかった。ライホー謝るよ。ボクの軽口が過ぎたようだ。正式な手続きを経ていないだけでライホーと女将は夫婦同然なんだものね」


 ヤバい……アケフの天然とモーリーの空気読めない病が混然一体となり、会話は俺にとって最悪の方向へと進もうとしていた。

 何故かギルドカウンターからも強い視線を感じて振り向くと、ウキラの姉であるトゥーラがギロリと俺を睨んでいた。これでは下手に否定することもできない。


 俺がこの入り組んだ混沌から脱するため、知力+1の指輪の力に縋り脳細胞を最大限に活性化させようとしたとき、奇跡的にもパープルから救いの手が差し伸べられた。


「その辺にしておけ。今日集まったのはそんなをするためじゃないだろう?」


 いや、まぁ、助かったんだけれど……些末とまで言われるとそれはそれで気分が悪いんだよなぁ。


「ホントそうね。の話なんてどうだっていいわよ」


 あぁ、イヨさん激おこだ。

 ってか、そのって言葉は明らかにに掛けているよね?の方じゃないよね?

 多分、意図的にどちらにでも取れるような言葉遣いで俺に当て擦っているんだろうけど、俺が知っている彼女はそんなワルイじゃないのに……


「皆、そのくらいにしてそろそろ本題に入ろうか?あっ、2人にも果実水を!」


 キコのその言葉で俺とアケフは空いていた椅子に座り、店員が運んできた果実水で喉を潤しながらキコの話を聞き始めたのであった。

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