第4章 王都

第51話 半年後

 あの古城の戦いから半年が経過した。

 俺がこの世界に転移してからは3年が経っていた。


 季節は春。流石に染井吉野は存在しない世界だが、付近の山々を薄桃色の山桜が彩り始め、彼方の高山の残雪と見事なコントラストを成している。



 3か月前の1月、俺は23歳になった。


 そしてパーティー最年長のパープルは29歳となり、20代最後の年を迎えていた。

 予てから彼は、30歳になれば冒険者稼業を引退する――そう宣言している。



 平均寿命が50歳のこの世界における30歳は、単純計算では前世の50歳ぐらいに相当するが、だからといってこちらの30歳が向こうの50歳と同じかといえばそうではない。

 乳幼児の死亡率の高さであったり、栄養状態や治安、あるいは極端な貧富の差といったものが平均寿命を押し下げているだけで、前世であれ今世であれ肉体的にはそれほど大きな差はない。ただ、前世でもそうであったように50歳を過ぎると身体にガタが出始めるのはこちらの世界でも同じで、それを医療などで補うことができない分、こちらでは50代半ばを目途に隠居して数年後には世を去るといったケースが一般的なだけである。

 医療技術が発達していない今世ではどうしても癌や内臓系の病は治療が困難なため、たとえ若者であっても盲腸程度でもあっさりと死んでしまうほど死は身近に存在する。しかし、そういったマイナス要因を運よくすり抜けて生き残った者は、ときに80歳、90歳といったエルフ種にも匹敵するほどの長寿を保つこともあり、コミュニティー内で長老として敬われるのである。



 さて、俺達冒険者はどうかと言えば、冒険者に限らず体力勝負の仕事を生業としている者の引退時期は総じて早く、遅くとも40代半ばまでには引退し、成功者は悠々自適の隠居生活を、そこそこ有能だった者は冒険者ギルドなどで第2の人生を歩み始め、そうでない者は死ぬまで冒険者として自転車操業を強いられていずれ魔物の餌食になるか野垂れ死ぬか……といった最後を迎えることになる。


 そんな中、パープルの30歳での冒険者人生の引退は、時期的にはかなり早い方なのだが、彼には冒険者として第一線を張り続けるよりも研究の道に入りたいという願望が元々あったらしい。

 そもそもパープルほど有能な魔導師が冒険者をやっていること自体が稀有な事例であり、詳しくは聞いていないが、彼の場合はある程度の金銭が必要で冒険者稼業に就いていたようだ。

 無論、俺達は彼のそんな思いを尊重し、後押しをしているのだけれど、それでもパープルが抜けることで空くであろう穴を埋めるのは容易なことではなく、暫くの間は苦労を強いられることになるだろう。だが、これほどの魔導師――それも魔法の2つ持ちが所属するパーティーが珍しいだけで、普通はBランクパーティーであっても1つ持ちが1人、2人いればいい方なのである。


 いずれにしてもあと1年と経たずしてパープルは冒険者を引退し、パーティーを去ることになる。俺達もその日に向けて心構えをしておかなければならない。



□□□



 さて、半年前、俺はウキラに、そしてアケフはお師匠にと、それぞれ宿屋と道場の建て替えを申し出た。

 チョロいお師匠はあっという間に、ウキラもその数日後には申し出を受け入れてくれた。


 そこで俺とアケフはと思う。建て替えている間、どうすればいいんだろう……と。

 俺はウキラの宿に、アケフはお師匠の道場に住み込んでいるし、建て替えの間はウキラもお師匠も収入の道が途絶えてしまう。俺もアケフも半年程度であれば2人を養うなど造作もないほどの金銭を有しているので、2人と共にどこぞの宿屋に泊まればいいだけなのだが、あの2人がそれを善しとするわけがない。


 結局、俺とアケフは相談した結果、資金を合算して少しギルドからは遠くなるけれど宿屋と道場を併設できる広さを持つ新たな土地を求めることにした。

 新たな施設のコンセプトは、それなりに実入りがよく齷齪とギルド通いをする必要のない中級から上級にかけての冒険者が宿泊するための小洒落た宿と、金のない初級者が剣の腕を磨くために住み込めるようにしたお師匠の家、そしてそうした冒険者達が気兼ねなく剣を振るうための道場の複合体――謂わば、冒険者の冒険者による冒険者のための施設である。

 住み込みの初級者達の食事も宿でまとめてつくれば、宿の方はスケールメリットを、金のない初級者は安くて美味しくて栄養価の高い食事をと、双方共にメリットもある。

 当然、ウキラだけでは手が回らなくなるのは想像に難くないので、彼女の宿にヘルプで入ってくれていたあの中年女性をスカウトしたところ、快諾してくれたので完全雇用した形だ。


 宿屋2階の客室は、元のウキラの宿の3部屋から8部屋へと増やし、内2部屋を2人部屋として最大10人を収容できるように整えた。また、1階には少し拡張したウキラと俺の部屋に加え、宿泊客だけでなくお師匠宅の住み込み道場生や一般客も飲食できる食事処を併設し、道場の方はお師匠の家と一体化してアケフの個室も設けている。

 全体的なデザインは俺の拘りの監修で和モダンな感じで仕上げたため、コペルニクの街では見かけない異国風の建造物として建築中から評判になっていた。


 そして――この施設の目玉は風呂である。

 新たに求めた土地には水量豊富な井戸がついていたので……というか、積極的にそういうところを探したのだが、贅沢にもスチーム風呂ではなく湯を張る方式の風呂を造ってしまった。生活魔法で水を出せる世界であってもその量には自ずと制約があり、流石に生活魔法だけでそれなりの大きさの湯船の水を賄うことは困難なのだ。

 俺達は週に1度、この風呂を銀貨1枚で宿泊客と一般客に開放することにしていた。加えて夏季限定ではあるが料金を抑えた水風呂プールも提供する予定である。

 また、お師匠の道場に住み込む道場生には、井戸水の汲み上げや薪運び、風呂焚きを担う代わりに無料で残り湯に浸る権利を与えることにした。無論、漏れなく最後の風呂掃除の権利義務も付いてくるのだが、それでも彼らは大喜びであった。

 清浄魔法で身体を清らかに保つことができるこの世界であっても――あるいはそんな世界であるからこそ、風呂は一部の特権階級のみの贅沢品であり、広く一般に普及することはない。特に湯船に浸かる方式の風呂に庶民が入ることなど基本的には生涯あり得ないため、この施設のウリとして大いに活躍してほしいものだ。

 なにせ施設機能としては特段必要としないモノを、俺のゴリ押しで造ってしまったのだから……



 そんな感じで半年後に開設したこの複合施設は連日満員御礼であった。

 すぐに人手が不足したため、新たにヘルプの若い女性を2人加え、風呂焚きの道場生も含めると、気が付けばウキラは何人もの部下を従えて指示を出す大女将となっていた。

 そして何故かお師匠ですら、施設内の上下関係ではウキラの部下という位置づけであった。無論、お師匠自身がウキラの指示で雑務を熟すことはないのだが、自身の道場での指導のほかに、施設の人手が足りないときに手が空いている道場生を調整して派遣する――という役割を担っている。


 あのお師匠ですらそんな状態であれば、俺などは差し詰めウキラの若いツバメ……といったところだろう。

 ましてや、この施設の資金提供者としてウキラに宿代を払うことすらなくなった身としては、せめて食材である鳥獣の納入に励まなければ完全にヒモ状態になってしまう。


 無論、若いツバメとして防音が強化された部屋で今まで以上にアレに励む必要もあるのは言うまでもないことである……

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