第53話 護衛?依頼

「伯爵家からの依頼よ。伯爵の王都行きに同行しろってさ」

「うん?伯爵の護衛……ってことか?」


 俺が訊くと、キコが破顔する。


「まさか。ライホー、アンタ妙なところで常識知らずだね?」

「ボクらが直接伯爵を護衛することなんてないさ。それはお強い騎士団なり親衛隊なりのお役目だから」

「なら俺達は何を?」

「露払いさ」


 ――なるほどね。伯爵に先行して街道を往き、周囲に魔物や賊の危険はないか?道路は馬車の通行に支障ないか?橋は落ちていないか?等々を下調べして伯爵に知らせるってところか?さながら坑道のカナリアだな。


「半分正解」

「だね。伯爵に報告するのは伝令の騎士の仕事だよ」

「そう、あたしらは先触れや伝令の騎士と共に先行して、彼らをサポートする役目……かな?」

「それでも随分と名誉な依頼なんでしょ?貴族の護衛に絡むことなんだから」


 キコとモーリーの説明にアケフが割り込む。


「まぁ依頼の格とすれば、あの古城の討伐依頼よりも上よ。少なくとも伯爵家とギルド、双方からの信頼がなければ依頼されることはないでしょうからね」

「んで、どうするんだ?受けるのかい?」


 キコがアケフの問いに答えたところに、俺は素っ気ない口調で新たな問いを被せた。するとキコからは思いもよらぬ回答があった。


「あぁ、この依頼には実質的に拒否権はないの。だって伯爵家直々の指名依頼なのよ?無論、断る自由がないわけじゃないけれど、それはこの街に住む自由と引き換えだからね」

「断るなら出ていけ……ってか?」

「まぁそういうことさ。あからさまに出ていけとは言われないだろうけど、ボクらは実質的に出ていかざるを得ない状況に追い込まれるだろうね」

「というわけで、依頼を受けるのを前提で話を進めたいんだけれど、皆それでいいかしら?」


 そのキコの言葉に誰からも否やはなかった。



□□□



 キコの話を総合すると、出発は半月後。伯爵の王都行きに先行して先触れや伝令の騎士をサポートするのが仕事だ。

 伯爵は年が明けるまで王都に滞在するが、俺達はその間も王都に拘束されるため、こちらに帰ってこられるのは半年後のことになる。

 そして実質的な拒否権がなく拘束も長期間になる代わりに依頼料は破格である。何しろ道中や王都での宿泊費や食費等の諸経費は伯爵持ちで、それとは別に1人当たり白金貨10枚が支払われるのだ。

 9か月前、数日の探索で白金貨100枚も稼いだ身としては些か物足りないが、あれは別格。一緒にしてはいけない。拘束期間は長いものの約半年の出稼ぎで白金貨10枚が丸々手に入る依頼などそうはないのだ。


 俺達は半月後の出発に向け、各自持参する荷物の買い出しや関係各所への挨拶回り、コンディションの調整など、長旅に向けた準備を整えるため、出発まではパーティーとしての依頼は受けないことを確認した。


 そこまで話したとき、――ところで、とモーリーが切り出す。


「ライホーの空間魔法はどれくらい収納できるんだい?あれだけ広い異空間への穴を開けるんだ。収納量もそれなりにあるんだろう?道中、ボクの荷を運んでくれたら金貨5枚出すよ」


 並の空間魔法の使い手であれば、異空間への穴は拳大程度が一般的で、それより大きな物は収納できない。が、俺の穴は直径50cmにも達するのだ。背嚢を収納することも不可能ではない――ってか、元より俺は皆の分もそうするつもりでいた。

 金なんて要らないさ――そう伝えた俺に、そうはいかないよ――とモーリーは返してくる。


「モーリー、お前は依頼中に魔物との戦闘で仲間が傷を負ったとき、それを癒すのに金は取らないだろ?」

「そりゃそうだけど……そんなのは当然のコトだろ?」

「なら俺だって同じだよ。依頼中の仲間の荷を収納するのに金は要らないさ。モーリーだけじゃないぜ。他の皆の分も収納するぞ。そのくらいの容量はあるからな」


 転移したばかりの頃、俺の空間魔法は拳大の穴に石を100個も入れるとそれで限界を迎えていたが、3年以上にも渡る地道な魔法制御の訓練の賜物か、異空間への穴の広さが拡大するのと並行して収納容量も増大していき、今ではパーティーメンバー7人程度の背嚢であればなんとかいける程度には増えている。


「そりゃあたしらはすごく助かるけど……ホントにいいのかい?ライホー?」

「あぁ構わないぜ、キコ。ただ、お前達以外の連中には俺の空間魔法の最大能力は知られたくないんだ。だから、皆はカモフラージュのために別の背嚢に多少の荷を入れて背負っていてくれないか?」

「そのくらいならお安い御用さ!」

「あと……その代わりと言っちゃなんだが、道中で魔物に遭遇したら俺に魔核を優先して回してほしいんだ。無論、魔核の代金はきちんと払うからさ」

「いやいやいやいや、タダで荷を運んでもらうのに魔核程度で金なんてもらえないよ。パーティーとしてもそのくらいはさせてもらえないかな?」


 キコのその声にパーティーメンバーの皆が頷く。


 ここは素直に甘えさせてもらうところだな――そう考えた俺は、軽く頭を下げながら皆に告げる。


「悪いな、助かるぜ」


 こうしてハイロードの面々は王都までの旅路を身軽に過ごすことと引き換えに、道中の魔物の魔核を無償でライホーに提供することになったのである。



■■■■■



 ライホーとアケフの2人と別れた5人は自分達の宿への道すがら、声を潜めて囁き合う。


「背嚢7つなんてあり得ないでしょ?どうなのよ、イヨ?同じ空間魔法の使い手として……」

「そりゃあり得ないわよ。絶対に無理!私のはおサイフと矢を20本も入れれば、それでほぼ満杯。あと少しムリすればもうちょっとなら入るかな?ってくらいよ」


 低く抑えつつも鋭い声でイヨが応じると、モーリーもそれに続く。


「ボクだってそんな話は聞いたことがないね。パープルはどうだい?」

「魔法の深淵……実に興味深い!」

「駄目だこいつ……早くなんとかしないと……」


 第2の≠ラ同然の扱いを受けるパープルと端から会話に加わる気がないイギーは放置しつつ、キコは独り言のように呟く。


「いずれにしても……ライホーをメンバーに加えたのは、私の最大のファインプレーだったかもしれないわね」


 そんな某バスケ部監督のようなことを呟いたパーティーリーダーを先頭に、5人は宿への歩みを速めたのであった。

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