第54話 餞

 あれから半月が経過した。


 王都への出立を明日に控えた俺達ハイロードのメンバーは、ギルドに集い最後の確認作業に追われていた。

 ギルマスのマールズがリーダーのキコに語りかけてくる。


「いよいよ明日からだな。前の古城の討伐依頼みたく、いい働きを期待してるぜ?」

「護衛の騎士の下働きで王都を往復するだけよ。あんな生涯に1度あるかないかの成果を期待されてもねぇ」

「んだよ?つれねーな。ところでお前ら、王都でもギルドの依頼を熟す気があるなら、この手紙を向こうのギルマスに渡しな。便宜を図ってくれる……ってことはないが、少なくとも余所モンでも居心地が悪くない程度には配慮してくれるだろうよ」

「あら、気が利くわね。素直に感謝しておくわ。ありがとう」

「せいぜいコペルニクギルドの名声を高めてくれよ!」



 そんなキコとマールズの会話を聞き流しつつ、俺は受付嬢?のトゥーラに声をかける。


「スマンが俺のいない間、ウキラのことを頼む」

「こっちのことは心配しなくても大丈夫ですよ。私が時折様子を見ておきますから」


 今年39になったトゥーラが頼もしく応える。本人には口が裂けても言えないが、彼女からはアラフォー熟女の貫禄が滲み出ている。


「悪いな。よろしく頼むよ」

「ライホーさんのお陰でウキラの宿は繁盛していますし人手も多くなりましたから、私も感謝しているんですよ。それにハーミット様お師匠とそのお弟子さんが近くにお住まいなので、治安的にも安心ですから。滅多なことじゃ問題なんて起きないと思いますよ」


 確かにそうだ。お師匠が傍にいるんだから、大方の荒事には対処できるだろう。今だって酔客が暴れるなんてことは滅多にない。客の方も無意識のうちにお師匠を宿の用心棒的に捉えているのかもしれない。

 古い時代劇によくあるように、何かあればウキラがお師匠に、先生お願いしやす――ってな感じかな?


「ところでライホーさん――」


 俺がそんな下らないことを考えていたら、トゥーラが意を決して……といった感じで静かに語り始める。何か逆らい難い毅然とした覚悟のようなものを感じる。


「うん?なんだ?」

「王都で――女に困っても娼館には行かないでくださいね。妙な病気を持って帰られたらウキラが困りますから」


 あぁ、その手の話か……

 なんかお姑さんに説教されるお婿さんの気分になるな。


 前世でも玄人童貞であった俺は、今世でもとりあえずその予定はない。

 それに今世では、冒険者平均よりもやや高い背丈の細マッチョに加えて、涼やかな目元にシャープな鼻梁、薄い唇と、前世の3割増しの容姿に整えてもらっている。

 数か月間王都に滞在することを考えれば、娼館で金を払って玄人を相手にせずとも現地の素人ともそれなりの関係を築けるのではないか……そんな淡い期待を抱いていた。まぁあれだ、船乗りが港ごとに現地妻をつくるって感じか?


 そんな不埒な妄想をしつつも、俺は言質を取られぬよう慎重に答える。


「まぁ……善処はするよ」

「それじゃダメです。行かない――そう言明してくださいな。あと、当然ですけど素人相手でもダメですよ。間違って孕ませでもしたら面倒ですからね」


 あっ、トゥーラさん、全てお見通しですか。そうですか。


「これはもうウキラとも話したことなんですけど、どうしてもガマンできなくなったらイヨさんとでもシてくださいな。その方がよほど安心していられます。未通女おぼこでエルフの彼女なら、妙な病気は持っていないでしょうし、何より異種族だから孕むこともありませんからね」


 やはりこちらの世界には前世の日本地獄の中の地獄のように清廉過ぎる建前だけの貞操観念を強要する文化はないらしく、徹底した現実主義リアリズムがあるだけのようだ。

 若い男ならば半年間も女をガマンできるわけがない。自分達の監視の目も届かない。ましてや女の方から言い寄ってくるようなイケメン。女とまぐわうこと自体は止められない。ならばどうする?その答えがイヨなんだろう。

 イヨからすれば、失礼な話。ナメるんじゃないわよ!――と怒るところなんだろうけれど、その彼女も徹底した現実主義リアリズムの世界の住人である。これ幸いと俺を寝取りにかかる――なんてことも考えられる。


 ただ――何よりも問題なのは、俺にとってはイヨとまぐわうコトの方が、妙な病気を貰うよりも危険なコトなんだよな……



□□□



 その後、パーティーメンバーと別れた俺とアケフは馴染みの武具店などに顔を出し、半年間の不在を伝える。


「アケフ、王都で浮気しちゃイヤよ!」


 看板娘がいる店では、何故かアケフにそんな科白が投げかけられていた。


 ――浮気も何も、そもそも僕には彼女なんていないのに……


 行く先々でそんなボヤキを吐く激モテのアケフとは異なり、ウキラの存在が公になっている俺への科白はつれないものだらけであった。

 曰く、ウキラがいるのに浮気したら承知しないよ!、曰く、ウキラを泣かすんじゃないわよ!、曰く、もう帰ってこなくてもいいからな!ウキラちゃんは俺が貰う!などなど……


 ウキラが皆から愛されているのは非常に喜ばしいことではあるが、それが逆に俺の好感度を押し下げているようで、どうにも困ったことである。



 まぁそれはそれとして、俺とアケフは仁義を切るべき人達にしっかりと仁義を切ると、ウキラの宿へと戻った。

 今晩はウキラとお師匠が壮行会を催してくれるのだとか。まぁ、どうせお師匠は座っているだけで、特段準備とかをするわけではないんだろうけど。


 ――無事に帰ってきてね、ライホー。あと……おねーちゃんに聞いた?あっちの方はイヨに任せるから、それ以外はダメよ!


 ――この手紙を王国の騎士団長に渡してくれ。騎士団の詰所で儂の名を出せば届けてもらえるだろう。今の団長は儂が現役の頃、徹底的にカワイがってやったヤツじゃ。何か困りごとがあれば頼ればよい。儂のシゴキを忘れておらねば力になってくれるはずじゃ!


 ウキラさんもお師匠も言っていることがどうもオカシイ。

 イヨの同意も得ずしてあっちの方を任せてみたり、恩どころか恨みすらありそうなヤツを頼れと言ってみたり、どうにもその感覚がよく分からない。


 これが今世の基準だと言われてしまえばそれまでなのだが、未だに俺はそこまでこの世界に染まり切れずにいたのであった……

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