第55話 街道と宿場町

 盛夏である。

 陽光は燦燦と地上へと降り注ぎ、遮るものがない街道には俺達の影が伸びる。


 カラリと乾燥した風は汗と共に程よく俺の体温を奪い、ジットリと纏わりつくような暑さの日本とは比べものにならないほどの快適さである。

 加えて、温暖化もヒートアイランド現象もないこの世界では、高緯度帯に属するパルティカ王国はせいぜい年に数回耐え難い暑さの日があるかどうかといったところで、真夏であっても朝夕ともなれば気温も下がって過ごし易い。



 俺達は今、王都に向けた旅路にある。

 伝令の騎士達は後方のコペルニク伯爵本隊との間を数度往来して連絡を取り合い、先触れの騎士達もこの先の宿場町との調整などで忙しなく動き回っている。


 そんな中で俺達ハイロードのメンバーは、後方に向かう伝令の騎士達と前方に向かう先触れの騎士達のメルクマールといった役どころなのか、伯爵本隊とは等距離を維持しつつ粛々と旅程を熟している。


「俺達はただ歩いているだけでいいのか?」

「それがお主らの役目だ。他のことは我ら騎士団に任せておけ」


 俺の問いに答えたのはコペルニク伯爵家騎士団の副団長サブリナ=ダーリングである。

 この旅に帯同する騎士団のうち、団長は伯爵の側に仕えてその身を守り、副団長は先行して危険を除く役割なのだろう。

 そしてよほどの重要事案でもない限り副団長自らが伝令や先触れとして動くことはなく、自然彼女とその副官2人は俺達と旅路を共にすることになった。


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 名前 サブリナ=ダーリング(伯爵家騎士団副団長)

 種族 人属

 性別 女

 年齢 28

 魔法 生活魔法、治癒魔法


   【基礎値】 【現在値】

 体力   9     7

 魔力   8     7

 筋力  10    10

 敏捷  11    10

 知力  10     9

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 合計  48    44

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 彼女は家名持ちである。つまり、貴族かそれに連なる者。

 こちらから訊くのは憚られるため詳細な身上までは知らないが、少なくとも能力は優れており、突出したものこそないものの治癒魔法まで使える万能型として騎士団では重宝されているのだろう。

 部下への指揮も見る限りは迅速かつ適切で、俺達のような冒険者を必要以上に見下す素振りもなく、旅路を共にする者としては非常に接しやすい。



 その旅路であるが、有力な地方都市である領都コペルニクと王国一の繁栄を誇る王都パルティオンの間は王国が指定する主要な街道とされている。

 そのため、街道は王国側が7割、領主側が3割を負担する形で資金を供出して石畳で舗装され、不具合さえなければ一般的な馬車は1日に凡そ50km進むことができる。

 ちなみにこちらの世界の馬は、鹿との合の子のような容姿をしており、短いながら角も生えている。無論、こちらの世界には秦の趙高はいないので、馬と鹿の合の子であっても何ら不都合はない。


 さて、一方で馬車や馬を使わない俺達は徒歩で移動しているが、同じく1日50kmを踏破し、馬車で進む伯爵に先行すること2日の距離にある。


「それにしてもお主ら……魔法職の連中もなかなか精強だな?」


 馬上の人である副団長のサブリナは、疲れひとつ見せずに進むモーリーとパープルの健脚を褒めるが、彼等の背嚢は詰まっているように見えて、その実、中身はスカスカであり、荷物の本体は俺の空間魔法に収納されている。


 ――まぁ、こう見えてボク達も鍛えているからね……


 モーリーはサブリナを適当にあしらう。無論、パープルは無言を貫いてる。



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 この世界の主要な街道には、馬車が1日で進む50km程度の距離を目安にして宿場町が設営されている。

 これはつまり、順調に進んでさえいれば野営の心配をせずに毎夜安全な場所で寝起きできることを意味し、旅人にとってはこの上ないメリットである。そして宿場町には最低限の設備として、宿や食事処、厩舎と替え馬、糧秣などの備蓄庫が配備されている。

 手頃な距離に領都や町、村が存在する場合はそれを宿場町としても活用し、ない場合は新設して近傍の村が江戸時代の村請制のように管理運営に当たる。中にはそのような状態から始まり、最終的には村の手を借りることなく独立採算で回るまでに発展した宿場町も存在するようだ。

 江戸時代の宿場町もお伊勢参りなどの旅人や参勤交代の大名行列が利用することで繁栄を享受していたように、今世においても大都市同士を結ぶ街道からは旅人が途切れることはない。加えて、今回のように地方領主が王都に向かう際にも利用されるため、常にある程度の収入が期待でき、交通の要衝としての地位を確立している。


 前世の日本では科学技術の進展により、徒歩、あるいは馬から汽車へと移動手段が移り変わったことで1日に進める距離が伸び、加えて政治的な理由から参勤交代が廃止されて大名行列がなくなったことで、宿場町の多くは必要性を喪失して衰退し、その地理的な重要性は鉄道駅の周辺へと移っていった。そして俺が生きていた時代ともなると、地方都市ではその駅周辺ですら、移動手段が電車から自動車へと移行したことで優位性が失われ、衰退の一途を辿っていた。

 この世界だって、罷り間違って汽車や自動車が登場すれば、領都コペルニクから王都パルティオンまでの間の宿場町はその大部分が姿を消すだろう。一部には前世の馬籠宿や大内宿のようにノスタルジックな観光地として生き残るところもあるかもしれないが、それは最早交通の要衝として生き延びているわけではない。

 こうして考えると、交通の要衝としての条件とは、地理的な要素が全くないとは言わないが、そこは科学的、あるいは政治的な要素の方が遥かに大きいのだろう。


 無論、俺はこの世界の科学技術の進展を早回しする気もないし、もとよりそのための高度な知識も持ち合わせていない。

 何より生活魔法なんていう便利過ぎる魔法がある世界では、多くの人々はそこに安住し、それ以上の快適さを求める気持ちは前世と比較すると相当低くなるのだと思う。



 俺がそんな取り留めもないことをつらつらと考えながら歩を進めていると、サブリナから低く鋭い声が飛ぶ。


「総員警戒!」


 それはちょうどU字型に曲がった道、そのU字の底の部分に達したときだった。U字の内側は小高い丘になっており、森のように木々が繁茂している。そして外側には道に沿って領都コペルニクと王都パルティオンを結ぶ大河が大きなカーブを描いていた。


 俺の気配察知の能力は、魔素を感じることで人や魔物の存在を把握することができるというものだが、それは危険を察知することとイコールではない。

 このときも俺は丘の中の木々に紛れる幾つかの魔素を感じてはいたが、それが森に棲む動物のものなのか、それとも旅人を付け狙う野盗のものなのかまでは判別できない。オークやオーガ級の魔素を纏った存在であれば皆に警告もするだろうが、そこまでではなかったので放置していた。

 しかしそいつらは俺達を挟み撃ちにするように二手に分かれて丘を下って道に出ると、俺達がいるU字の底の部分に向けて素早く動き出した。

 明らかに一定程度の知性がある生物の動きだ。わざわざ道に出てから接近しているところから察するに、おそらくは人であろう。


「道の前後から何者かが接近中!人数は前後合わせて20人近いぞ!」


 俺が小声で囁くとサブリナは驚きの表情を浮かべる。多分、俺が詳細な動きや人数までも把握できるとは思っていなかったのだろう。


 それにしてもサブリナはよく分かったな。彼女も気配察知ができるのか?それとも殺気でも感じたのだろうか?


 いずれにしても、俺達に危険が迫っているのは確かである。魔素の量から考えれば脅威となるほどの存在はいないようだが、それでも油断は禁物である。魔素は少なくとも手練れの者は存在するし、遠方から大量の矢を射かけられても厄介だ。


 イギーではないが、なるべく痛い目に遭わずに乗り切りたいもんだな……

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