第56話 茶番

 今の俺達はハイロードのメンバーが7名とコペルニク伯爵家騎士団の副団長が1名、そしてその副官が2名の総勢10名の集団である。

 対して、前後から迫る集団は個々人の戦闘力としては俺達を下回るだろうが、合算した人数では17、8といったところだ。

 当方は副官2名が文官寄りの騎士であり、戦力としては然程期待するわけにはいかないことを鑑みると、前後の集団が仮に敵だとすれば倍程度の人数に挟撃されようとしていた。


「ダーリング殿、如何に?」

「この状況では主力はお主らハイロードにならざるを得ん。パーティーとしてお主らの考えは?」


 サブリナ=ダーリングから話を振られたキコが答える。


「我等ならば後方の集団をイギーとライホーが抑える間に、前方の敵を殲滅します。今はダーリング殿もいますので不可能ではないでしょう」


 ――なるほど、古城のゴーレム戦と同じだな。


「ほう、たった2人で後方の集団を抑えると?」

「ええ。この2人なら能うでしょう」


 キコは確信を持って応じ、更に言葉を継ぐ。


「もう一方の集団もパープルの最大火力が決まればおそらく半減します。その後、速やかに残党を排除すれば2人の加勢には充分間に合いますよ」

「それは確かか?」

「えぇ、もちろんです」


 サブリナの疑問にキコは自信満々で応じる。


「分かった。ではその策を採用する。……が、奴らが賊と判明するまでは手出しするなよ?」


 えっ?まさかの専守防衛なんかい!



□□□



 俺はイギーと共に後方から迫りくる集団へと向かう。

 キコの見立てでは俺とイギーの組み合わせは敵の足止めには最適なようだ。


 薄汚れた冒険者風の連中が8人、それぞれが粗末な得物を振りかざして迫ってくる。幸いにも弓矢などの飛び道具を使うヤツはいないようだ。


 これは……流石に賊でいいよな?


 俺は迷いなく重力魔法を連射する。日々の魔法制御の修練の甲斐もあってか、命中精度は以前よりも更に向上している。

 然して素早い動きでもないコイツらが得物まで取り落としてしまえば、もはやゴブリンと大差はない。野盗まがいの連中がお師匠のように真剣白刃取りなんてマネができるわけないのだ。


 イギーは大盾を翳しつつ、得物を取り落として狼狽する8人に体当たりをかます。

 即座に俺はイギーが取りこぼした連中に刃を振るう。狙うは脚だ。粗末とはいえ革鎧に覆われた心臓や、的が小さい首筋を的確に狙えるのはキコやアケフのような達人だけ。俺のような凡夫は的が大きく機動力を大幅に削ぐことができる脚を狙う方が確実なのだ。

 剣と短槍を取り落とした2人の賊を相手取った俺は、防具に覆われていない太腿を切り裂く。内1人は太い血管を傷付けたのか、鮮血が迸る。苦しそうな表情で必死になって裂傷を押さえつけて止血しているが、おそらく命を繋ぐことは能わないであろう。



 そのとき、後方で轟音が鳴り響いた。

 警戒しつつも後方を顧みると、パープルの魔法が炸裂していた。すでに4人程の敵が倒れている。

 そこにキコとアケフ、サブリナが切り込みをかける。数的には5対3。そして敵である5の方はパープルの魔法で皆が何かしらのダメージを負っていた。


「モーリーはパープルを護衛!イヨはイギー達の援護に回って!」


 そう叫ぶと同時にキコは低い姿勢から素早く敵に近寄り、1人を逆袈裟に斬り上げる。悲鳴と共に崩れ落ちる男を捨て置いて、反転したキコは俺達の方へと向かってくる。既にアケフもサブリナも1人ずつを斬り捨てている。残った2対2のタイマンで彼等が敗れるはずがない。



 イヨが射た矢が最後の敵の喉笛を切り裂いた。

 結局、キコの加勢を待たずして、後方の8人の賊の内、7人は冥府への門を潜っていた。

 残る1人も俺に脚を切り裂かれ、満足に身動きすることすらできない。


 前方からの9人の賊は既に全員が息絶えている。

 俺とキコは残った1人を尋問拷問するため、脚の傷口を強く締め付けて止血を施すと同時に手足を縛り上げて自由を奪う。

 血の臭いと賊の饐えた体臭とが混ざり合い、鼻腔に伝わる。

 俺が思わず顔を顰めたそのとき、後方からサブリナの細剣が賊の眼窩に刺し込まれ、続いて脳漿を破壊した。


 ――をぃをぃ、事情を訊く前に殺っちまうのか?やはりただの茶番かよ……


 驚きで身動ぎひとつできずにいるパーティーメンバーを尻目に俺はサブリナに詰め寄る。


「あまり趣味がいい試験ではないなぁ、


 俺は態と家名ではない方の名でサブリナ=ダーリングに呼びかける。


「それとも――まだあの丘に潜んでいる残りの5人を看破するまでが試験なのかい?」


 ――あはっ、そこまで分かるのかい?キミは?


 そう言うと、サブリナは嬉しそうに言葉を継ぐ。


「キミの想像どおりだよ。今、襲ってきたのは私が密かに雇った連中さ。放っておいても近いうちに身を持ち崩して賊に落ちるような奴らだから、早いか遅いかだけの違いだ。気に病む必要はないよ」

「丘に潜んでいる5人は騎士団の連中だな?万が一、俺達がヤバくなったときに手助けするつもりだったのか?」

「まぁね。だけれど――私とて好き好んでこのようなことをしたわけではないんだよ?お主らの力量を測るよう上からしつこく言われてね。仕方なくさ」


 上……ねぇ。伯爵か騎士団長か、あるいはその両方……ってところかな。

 いずれにしてもこの世界では人の命は羽毛のように軽い。そしてサブリナがに俺達を見下さない程度には多少はマシな部類の人種であったとしても、あくまでも他の連中との比較でしかない。身分差というものは如何ともしがたい壁として厳然と存在するのだ。キコが貴族連中と関わりを持ちたがらないわけだ。


「で、どうやらの目論見どおりになったみたいだな?。上……とやらへの報告のときも、その舌はさぞかし滑らかに動くだろうよ」

「気分を害したのなら謝るが、そう突っかからないでもらえるかな?こんな言い方はあまりしたくはないが、私とキミとではそもそも身分が違うんだよ。それにさっきも言ったとおり私としても本意ではないのだから、そこは酌んでほしいものだね」


 前世では俺も会社勤めをしていた身だ。上司の命令には逆らえないサブリナの心情は分からんでもないし、一応は謝罪の言葉も口にしている。騎士団の副団長としては、冒険者風情にこれ以上遜った謝罪をするわけにもいかないのだろう――が、俺としてもここで舐められるわけにはいかない。

 なにせ俺の肝である重力魔法は潜んでいる騎士達にバッチリ見られているのだろうし、パープルの最大火力の魔法も多分そうだ。切り札を白日の下に晒されて、軽々に許すわけにはいかない。


 俺は更に挑発的な口調でサブリナに食って掛かる。

 まぁ、ヤバくなれば誰かが止めてくれるだろう……多分。

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