第116話 ナヤレ・サズクシ

 くっさー!!!


 俺は思わず叫ぶ。

 公都ノールメルクでキコ達と合流を果たした俺達別動隊は、それぞれが集めた情報を擦り合わせるため、宿屋の食事処に集まっていた。

 俺達に先んずること三日。公都に着いていたキコとイギーがオススメだと言うので、とある料理を頼んだのだが、それが臭いのなんのって。前世のシュールストレミングほどではないにしても、今世にも似たような食べ物があるらしい。名をナヤレ・サズクシという。


 今でこそ北国街道を経由して大量の塩を輸入できるようになった北方諸国家群だが、元々塩は貴重品であった。故に魚を保存するために使用できる量には限りがあり、腐敗には至らないものの、食用として供するには必要以上に発酵が進んでしまった限界ギリギリの食べ物が流通するようになった……という事情は、同じく寒冷な北欧生まれのシュールストレミングとよく似ている。

 それが今、俺の目の前で不気味な存在感を放っているナヤレ・サズクシである。


「コレ……ホントにオススメなのか?キコ?」


 思わずそう確認せずにはいられなかった俺だったが、キコとイギーは旨そうに口へと運んでいく。一方でモーリーとアナスタシア、そしてバイザーは顔を顰め、俺達別動隊の四人も同じ表情をつくっていた。

 これは……とてもではないが食べられたものではない。


 大変申し訳ないが――と伝え、早々に下げてもらったところ、よくあることですからお気になさらず――と、笑顔を残して宿の女将は立ち去る。



 ふぅ、これで一安心だ。さて、これでゆっくりと食事ができる。こっちの白身魚のフライはサックサクで旨そうだ……と、熱々のそれにフォークを伸ばそうとしたそのとき。


 で、エルフの里の動向は?――とバイザーが訊いてきた。

 おいおい、一口くらい食わせてくれよ――と返した俺に、彼は首を横に振る。へいへい、雇われの身はツライぜ――そんな軽口と共に、俺は白身魚のフライを諦めて語り出した。


「ノールメルクに一番近いだけあって、スーフォの宿場町から入った先の里は、残念ながらかなり取り込まれているようだ。里長さとおさとの面会すら叶わなかった。ただ、コペルニクに近いスファートとカント――特にスファートの里、イヨのオヤジのトコは完全にコペルニク側だ」

「……が、スファートはいいにしても、カントのほうはときが経てばどちらに転ぶか分かったもんじゃないぞ?」


 俺の報告をサーギルが補足する。

 なるほど、宿場町の状況とほぼ同じだね――とナヤレ・サズクシの強烈な臭いを漂わせながらキコが返す。クサいよ、キコ。


 どうやら、一番ノールメルク寄りの宿場町スーフォと、そこに紐づくエルフの里は敵方だと思って動いた方がいいようだな。



 その後、俺達は先行してノールメルク入りしたキコ達からこの街で得た情報について報告を受ける。


 彼女達が冒険者ギルドなどで得た情報によると、ノールメルク周辺の大森林地帯に関して不穏な噂が流れているようだ。ギルドに屯していた冒険者曰く。


 ――深層に強大な魔物が棲みついたってのはホントかよ?


 ――謎の飛行生物を見たって噂もあるぞ?グリフォンやドラゴンだったら、マジでどーすんよ?


 ――そういや俺の親父がガキの時分、フェンリルが棲み着いたこともあったって言ってたぜ。あの辺は魔素溜まりがある。ヤバい魔物が惹かれやすいからな。


 ――おいおい、お前ら情弱か?もう何か月も前に公国の依頼でギルドが調査隊を出してたじゃねーか!マジでヤベーのがいりゃ、国のほうで何とかするさ。


 ――そういや、最近は兵士共が慌ただしいな。いよいよ討伐隊でも出すのか?


 とまぁ、こんな感じだったそうだ。


 フェンリルにグリフォン、そしてドラゴンか。随分と物騒な名前が踊っているな。既に死亡フラグを立ててしまったサーギルの死は規定事項のようだ……などとくだらないことを考えつつも、俺は真っ当な思考も巡らせる。


 もしこの噂が本当ならば、ノールメルク公国は他国にちょっかいを出している場合ではないはずなんだがな……



□□□



 さて、現代日本からの転移者である俺としては、こうしたメジャーどころの魔物には心底惹かれるモノがある。

 実は以前、お師匠からドラゴン討伐の話を聞いたこともあった。


 それはお師匠がまだ駆け出しの騎士だったころ。

 王都パルティオンから北西に進んだ場所に同じく魔素溜まりがあり、そこにドラゴンが棲みついたのだという。王都からはそこそこの距離があったので直接的な脅威にはなり得なかったが、そうは言っても周辺集落の不安解消や潜在的な脅威を取り除くため、討伐隊が組まれたらしい。

 で、意外だったのは、万全の態勢を整えた軍勢が平原で迎え撃つ分には、相手がドラゴンといえどもさほど被害を出さずに斃せるんだそうだ。実際、そのときも死者四人、重軽傷者が十数人とのことだった。


 そして討伐の方法もある程度確立されており、約二十人の騎士が囮としてドラゴンの気を引いている隙に、投石機や強弩を扱う兵士二百人余が翼を攻撃して飛行不能にし、そこにミスリル混の得物を装備した騎士三十人程が命懸けで吶喊して止めを刺すらしい。

 ということで、大体二、三百人の精鋭部隊を揃えれば安全に――死者四人が安全と言えるかどうかは、前世基準としてはアレだが――斃せる相手らしい。

 が、それは万全の態勢を整えて迎え撃った場合のみ。あまり例はないそうだが、街を急襲されたときなどはそれ相応の被害を覚悟しなければならないそうだ。

 ちなみに、そのときお師匠は督戦に訪れた王の護衛に回されたため、直接の戦闘には参加させてもらえなかったという。この世界じゃ最後に吶喊する三十人にはドラゴンスレイヤー竜殺しの称号が贈られるらしく、お師匠は未だに悔しがっていたものだ。



□□□



「けどよぅ、たしかドラゴンってのは魔法で飛んでいるんじゃなかったのか?翼を攻撃する意味なんてあるのかよ?あんなのただの飾りだろ?」


 そう宣ったのはサーギル。まるで、偉い人にはそれが分からんのですよ――とでも言いたげだ。


「あぁ、魔法使うらしいな。が、翼も要るらしい。多分、魔法と併用して飛んでいるんだろうな。あと、お師匠が言っていたんだが、夜目は利かないし、視力自体もそれほどじゃないみたいだ。ただ、その分ってわけじゃないんだろうが鼻は利く。相当遠くの臭いまで嗅ぎ分けるらしいぜ」



 ほらほら、アンタらドラゴン談義はそのくらいにして、現実と向き合いなさいよ!――そう言って話を引き戻したのはキコである。


 近隣の森に強大な魔物が棲みつき、近々に討伐隊が組まれる――か。


「ライホー、アンタの考えは?」

「コペルニク侵攻を企てていたノールメルクが魔物の存在に気付き、戦力を魔物狩りに振り向けた――普通に考えればそんなところだろ?」


 俺の見立てにキコも同意する。


 一方で侯爵家の目付バイザーは別の可能性を示唆した。

 コペルニク侵攻を諦めたにしては、どうにもノールメルクの動員規模が過剰なのだという。街での聞き込みや密偵から得た情報では、総勢で二千前後が想定されるらしい。従者や輜重部隊も含めるとさらに多くなるだろう。準備されつつある武具の数からもそれは明らかで、糧秣に至っては数週間分にも及ぶのだという。


 そこまでいくと、いかにドラゴンレベルの相手であっても、さすがにオーバーキル。

 そこから導き出した彼の結論は、棲みついた魔物を討伐するという噂――それ自体がコペルニク領への侵攻はない、そう思わせるために流されたブラフではないか――というものだった。



 いずれにせよバイザーは、明日一番で一度コペルニクへと戻り、侯爵に現状を報告することにした。

 往復で十日とかけずに戻るとのことで、その間俺達はこっちノールメルクでの情報収集に徹してほしい――彼はそう告げた。


 ふぅ、国家規模の謀略やら何らやなんて勘弁してもらいたいもんだ。こちとら前世では一庶民。今世でも面白おかしく生きていたいだけなんだがな……


 俺がそんなことを思って深い溜息を一つ吐いた頃には、熱々だったはずのフライはすっかり冷めてしまっていた。

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