第115話 Aランク

 宿に戻り、バイザーへの報告も済ませたアタシとモーリーは、一足遅れの朝食をとっていた。

 イギーとアナスタシアの二人はすでに食事を終え、寛いでいる。

 アナスタシアは初の遠征ということで疲労が溜まっていたし、イギーはそんな彼女の護衛として残していたのだ。まぁ、イギーの場合、厳めしい風貌のうえ、大柄で目立ち過ぎるからさっきみたいな情報収集には向かない……という事情もあったのだけれど。

 どうせこのあとは本格的に街へ出て、さらに情報を集めなければならない。パーティーメンバーを休めるときに休ませておくこともリーダーとしては大切なことなのだ。


 さて、ここノールメルクの食事についてだが……朝食は、生地にたっぷりのバターを練り込み何層にも折り曲げて焼いたサクサクのノールメルク風パンと羊肉の腸詰。それに簡単なサラダとスープが付いていた。サラダが簡素なのは、コペルニクと比べるとノールメルクでは野菜が貴重だからだという。

 そういえば、昨晩の食事で供された魚の塩漬けも発酵が進み、独特の風味だった。なんでも北国街道の整備以前、塩が貴重だった時代の名残で、少ない塩で漬けるとああいった感じになるんだとか。アタシとイギーはその風味がクセになってお代わりまでしてしまったが、他の皆は鼻を摘まんでいたっけ。


 ノールメルクは北方諸国家群の中では栄えているとはいえ、やはりコペルニクと比べれば貧しいのだ。

 そんな彼らが力と機会を得れば、餓狼の如く豊穣の地を求めるのは仕方がないことなのかもしれない。まぁ、だからと言ってコペルニク側がそれに応じてやる義理はないのだけれど。



■■■■■



 朝食後、街へと出たアタシらは、まず冒険者ギルドへと向かう。


 基本、バイザーとは別行動になるようだ。彼は彼で独自の伝手――アタシらには居てほしくなさそうだった――を使った調べごとがあるらしく、彼とすれば朝夕にきちんと報告を受ければそれで構わないとのことだ。


 そんなわけでアタシらは四人でギルドに乗り込んでいた。

 建物の規模はコペルニクのそれよりも一回り小さい感じだが、内部の構造はほぼ同じ。そういえば王都のギルドも規模感こそ違うものの、構造的にはさして変わらなかった。冒険者ギルドって全部こんな感じなのかな?


 ゆっくりとギルド内を見渡したアタシは、窓口の行列に並ぶ。たとえホームタウンを変えない一時滞在だとしても、こちらのギルドには仁義を切っておかなければならない。

 王都のギルドではコペルニクのギルマスが持たせてくれた紹介状があったから、随分と優遇してもらったが、さすがにノールメルクではそんなわけにはいかないだろう。


 こちらコペルニクオタクらノールメルクの動き、察知しているぞ――その警告も兼ねた些か危うい威力偵察。


 コペルニク侯爵家騎士団・筆頭副団長サブリナ=ダーリングから最初に依頼を切り出された日、ライホーはこの依頼についてそんな見立てを語っていた。サブリナは明確な返答は避けていたが、アタシらの存在をノールメルク側に知らしめ、圧をかけることもここを訪れた目的の一つなのだ。


 とはいえ、あまり派手にやらかさないようにはしたいんだけれど、果たしてどうなることやら……。



 見慣れぬ余所者ということで、すでに周囲からは好奇な色を含んだ、そして疑念交じりの視線を受けていたアタシらだったが、しばらく待たされてからようやく受付の順番が回ってきた。

 コペルニクからは避暑がてら来たんだ――そんな取って付けたかのような理由を受付嬢に伝え、軽く依頼を熟すこともあるだろうからよろしく頼むよ――と、なるべく気さくな感じで声をかけて冒険者カードを渡したが、このキナ臭い時期にコペルニクからの来訪者だ。しかもカードには冒険者ランクも記載されている。


「コペルニクの……Aランクの方ですか?あっ!あの……」


 アタシのカードを見た受付嬢は少し驚き、大きめの声をあげる。

 コペルニクにはアタシのほかにもAランク冒険者は存在するが、女となるとアタシだけだ。そしてその女冒険者がコペルニク侯爵の王都行に随行し、帰還後に侯爵家の推薦でAランクに昇った――その程度の情報はここノールメルクであっても冒険者ギルドに勤める者なら知っているらしい。

 そんなアタシらに訝しげな視線を向けつつも、それではよい滞在を――と、最後に受付嬢は冷たい笑顔とともにそう告げた。


 ――さて、これで取り敢えずの用事は済んだね。


 アタシは依頼の掲示ボードでも冷やかそうと踵を返したが、横合いから突然話しかけてきた者がいる。


「アンタ、Aランクなんだって?」

「うん?あぁ、受付嬢の話を聞いていたのか」

「ちょっと耳に入ったもんでな。実は俺もAランクなんだ。この街では唯一の――な。俺はイハンってんだ。よろしくな」


 イハンという大柄の冒険者が握手を求め、手を差し出してきた。

 年の頃は三十過ぎ……といったところ。太い腕にゴツイ指。よく日焼けした肌が彼の精悍な雰囲気を増幅していた。


「あぁ、そうかい。アタシはキコってんだ。コペルニクから来た。こちらこそよろしく頼むよ、イハン」


 そんな型どおりの挨拶を交わしたあと、イハンはクイッと頤をあげてギルドに併設された食事処を示す。


「よかったら茶でもどうだい?こんな北国に引き籠っているとあまり南の連中と話す機会もなくてな」


 えー、なんでよ?――と不平を漏らす連れの女をジロリと睨んで黙らせると、イハンは言葉を継ぐ。


「コイツはユウカ。Cランクだ。今日、明日は休暇でな。二人でぶらついていたんだ。明後日からは仲間達と大きなヤマを熟さなきゃならないんでな。――んで、どうする?」

「あぁ、そっちのお嬢さんのお邪魔じゃなきゃ、ノールメルク近辺の大森林の様子でも教えてくれるとありがたい。お茶でよけりゃ一杯奢るよ」

「そりゃどうも。奢ってもらっておいてなんだが、俺は王都パルティオンの話でも聞きたいねぇ。行ってたんだろ?アンタ達」


 ふーん、こっちの素性も知っているって?――まぁいいでしょ。ちょっと情報交換といきますかね。



□□□



 イハンとの茶話会は有意義なものになった。

 王都パルティオンの繁栄を彼は羨望の眼差しで聞き、アタシらはここいら辺に生息する魔物の特性や出現地点など、数多くの情報を得た。

 そして望外だったのは、あのイハンが相手をしたのだから――ということで、イハン達と別れたあと、ほかの冒険者連中とも大いに語らえたことだ。そこで得た中には非常に貴重な情報も含まれており、アタシらは初日にしては充分過ぎるほどの成果をあげたのだった。


 もっとも、そんなアタシの報告を受けたバイザー曰く。

 出来過ぎた話だ。私達が昨日ノールメルク入りしたことは、公国政府からギルドにも伝わっているだろう。そのイハンってヤツが公国の意を受け、お前達に接触してきた可能性もある。そんなことも考慮して動くように――とのことだ。


 それも分からない話ではないけれど、疑い出すとキリがないんだよねぇ。あーもうっ、こーゆーのメンドイなぁ。




―――――筆者あとがき―――――


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