第117話 G-SH○CK
バイザーが領都コペルニクに戻る期間を利用して、ノール教の総本山を調べることにした。
この件で教団がノールメルク公国と連携しているか否か、それを探ることができれば重畳であるし、元々、公国を訪れたからには少し足を伸ばしてでも見ておきたかった――という事情もある。
向かうのは俺とイヨ、そしてアケフの三人。いつもの別動隊の面々だ。キコ達本隊は公都ノールメルクに留まり、公国の動向を注視しつつ情報収集を続ける。
さて、そのノール教の本拠地は、公都ノールメルクからみて北東に位置し、間に小国を一つ挟んだ先にある。エルフの里の四、五倍程度の面積しかない極めて小さな国で、国全体が高さ五メートルほどの石積みの壁で囲われているという。
その国の名はガンダー……じゃねぇ、ノール市国という。
規模感としては前世のバチカンといったところだが、ノールメルク公国に負けず劣らずの繁栄を享受する国で、小国ながらも北方諸国家群では五指に入るほどの富国。
大聖堂などの宗教施設が半分以上の面積を占めるにもかかわらず、手狭な居住区域には約二千もの富者が集住し、寒冷な北方諸国家群にあって、そこだけは人々の熱気で沸き立っているかのようだ――とは、公都ノールメルクの商人から聞いたノール市国評である。
俺達は軽装のまま健脚を飛ばして街道を征く。
俺とアケフの革鎧や三人分の背嚢は空間魔法で異空間に収納してある。各々、緊急事態に備え、あるいはカモフラージュのため、最低限の食料と日用品を入れた小型の背嚢を背負っているが、俺が異空間に収納している重量と比べればないも同然である。
先達てエルフの里に向かったときは、大森林内とあって魔物への警戒を欠かすことはできなかったし、サーギルも同行していたため、あからさまに飛ばすわけにはいかなかったが、こうして条件が整えば本当に身軽に行動できる。
そんなところもキコが俺に別動隊を任せる理由なんだろう。
ノールメルク公国からノール市国までの街道は、北方諸国家群内にあっては最も整備が行き届いていると評判で、快適に旅路を進めた俺達は、ノールメルク辺境の街で一泊、小国の都で一泊し、三日目の昼過ぎにはノール市国の宿屋に入った。
今日はこのまま休みたいところだが、あまりのんびりするわけにいかない。なにせキコからは、できれば八日、遅くとも十日以内には戻るよう言付かっているのだ。ノールメルクの情勢がいつ、どのように動くか分からないからだ。
そんなわけで俺達は、休む間もなく冒険者ギルドへと赴くと、軽く情勢を窺うことにしたのだった。
■■■■■
翌日からも丸二日間、市中を駆けずり回った。
結果、コペルニク侵攻疑惑に関し、ノールメルク公国とノール教の間に明確な繋がりを示す証拠は見い出せなかった。
本当に繋がりがないのであれば調査した甲斐があったというものだし、ノール教が他の諸国家群に行使し得る影響力を考慮すれば至極好ましい結果だが、覚知できなかっただけだとすれば、影響力があるだけに油断はできない。
本当にシロなのか、それとも巧妙に尻尾を隠しているだけなのか――。
証拠がないことは、ないことの証明にはならない――消極的事実の証明。
前世ではしばしば悪魔の証明とも呼ばれたこの言葉は、今世でも同様に厄介な真実であるようだ。
まぁ、しゃーないか……限られた調査期間の中ではよくやった方だろう。マンガやアニメってわけじゃないんだ。常に当たりを引くとは限らないからな。空振ることの一つや二つあるさ。
それでも――ノールメルク公国とは違い、少なくともノール市国はコペルニクに対してあからさまな敵意を示していないことは分かった。それだけでも貴重な収穫である。仮に裏で繋がっていたとしても、公国の勝勢が明らかになった段階で勝ち馬に乗ろうとする程度だろう。
そんな報告を手土産に、翌日にはノール市国を発つことを決めた俺達は、身体を休めるため少し早めに宿へと戻ったのだった。
□□□
翌朝、出立前。
せっかくここまで来たんだから――というイヨの提案で、少しだけ大聖堂に立ち寄ることにした。
この二日間、市中やギルドでの情報収集を主としていたため、宗教施設まで見て回る余裕がなかったのだ。それに、基本的に大聖堂はノール市国外からの余所者が、巡礼や観光目的で集う場所だ。ノール市国の動向を探るためには、さほど優先順位が高いわけではないのだ。
宗教施設が林立する非居住区域。
そのエリアに入ってすぐの場所に大聖堂はあった。
荘厳で歴史を感じさせる佇まいだが、華美ではなく驕奢に走ることもない質実さを保った外観。
一般人は奥の院にまで立ち入ることはできないため、俺達は巡礼者や観光客向けに公開している本殿、そして教団が古来より継承せし神像などが収められている宝物館を一時間ほど見て回った。
その宝物館で、俺は衝撃のモノを目にすることになった。
――――これって腕時計だよな?
そこに神像などと共に鎮座していたのは、間違いなくCASI○のG-SH○CKだった。
――マジかよ?
どうしたんです?ライホーさん?――呆然と立ち尽くす俺を少しだけ心配そうな表情で覗き込み、アケフが声をかけてきた。
「いや、スマン。ちょっとな。大丈夫だ、問題ない」
俺がそう言うと、アケフはそれ以上気にするふうもなく、他の展示物に視線を移す。彼にとっては、すでに時を刻むことを止めてしまっているG-SH○CKなど、さして興味を引くことはなく、謎の神器の一つとしか映っていないんだろう。そんなものよりも分かりやすい神像などに目が向いて当然だ。
傍に残ったイヨに、
その後も二人だけでその神器――G-SH○CKを観察していると、前世で言うところのキュレーター的な女性が近付いてきた。
「なかなかにお目が高い。皆さんコレにはあまり興味をお示しにならないのですが、実は相当な代物なんですよ?」
そう言うと彼女は、G-SH○CKに纏わる諸々の歴史――無論、前世の……ではない――について教えてくれた。
□□□
俺に先んずること三十年。今から数えて三十四年前。
地球からの先客がこの地に転移していたことはすでに述べた。
登山が趣味だったその男は、俺のように肉体を再構成することなく、前世で鍛え上げたオリジナルの肉体と僅かな身の回り品、それにポンコツ神から授かった基本言語と生活魔法だけを手にこの地へと降り立った。
転移後、彼はわずか数年で腕利きの冒険者になったという。
俺と同じくぶっ飛んだレベルの魔素察知の力もあってのことだろうが、逆に俺のようにポンコツ神から魔法どころか武器や防具、そして金銭すらも授からず、文字どおり着の身着のままで転移したにも関わらず――だ。
その彼が二度目の最後を迎えたのは領都コペルニク。あの古城の隠し部屋であることは判明していたが、転移以降、それまでの間の動向は一切謎であった。
それがまさか、こんなところで、こんなものにお目にかかることになるとはな……。
おそらくこの近辺に転移した彼は、早々にここノール市国を訪れたようだ。俺とは違い、前世の服装――それも登山用の――で現れた彼を訝しみつつも、腕時計やコンパスなどこの世界には存しないアイテム、それを持つ男を教団は即座に保護したらしい。
キュレーター女性は教団の公式見解しか語らないので実際にどのような経緯があったかまでは不明だが、それでも彼が冒険者としてコペルニクを訪れたように、移動の自由は認められていたらしい。神の使徒として祭り上げられたり、逆に幽閉されたりしないあたり、存外ノール教は開明的で自由な気風の宗教なのかもしれない。
まぁ、俺達が今しているように、ノール市国の手の者としてコペルニクに潜入した可能性も捨て切れないところだが……。
教団の公式見解は彼がノールメルクを経てコペルニクに向けて旅立ったところで終わっていた。古城の隠し部屋で死を迎えたことは誰からも知られることはなかったので、それも当然だろう。
突如として姿を消した彼を教団はどう感じたのだろうか。
古城の依頼を受けたところまでは把握していても不思議ではないが、依頼に失敗して魔物の餌になったと考えたのか。それとも、保護してやった恩を忘れ、教団の軛から逃れて姿を眩ませた裏切り者?あるいは、教団との繋がりがバレ、密かにコペルニク側に始末されたとでも?
いずれにせよノール市国での調査活動は、本筋とは違うところで俺に貴重な情報を齎してくれた。
いつかこの件は少し掘り下げて調べたいもんだ――そんなことを考えつつ、俺は後ろ髪を引かれる思いでノール市国をあとにしたのだった。
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