第5章 北方擾乱

第101話 モーリーの試練

 新緑の季節が終わる頃。

 梅雨なんてものが存在しないパルティカ王国では、人々は日々深まる緑とともに爽やかな初夏の始まりを感じていた。


 あの王都行から帰還して三か月以上のときが経っていた。

 この間、イヨはお師匠の道場で剣の腕を磨き、オーク相手でもなんとかその身を守れる程度に剣技を伸ばしていた。

 アケフやキコには遠く及ばないものの、おそらく俺よりは筋がいいのだろう。お師匠は嬉々として彼女に剣を教えている。


 一方でお師匠は、キコには「師範」、イギーには「師範代」なんて肩書を与えて弟子達の相手をさせていた。道場をタダで借りる代わりに、お師匠にいいように使われている気がしないでもないが、キコもイギーもまんざらではないようで、冒険者として依頼を受けていないときは進んで弟子達に稽古をつけている。それほどハーミットお師匠の名には価値があるのだろう。

 そして教わる弟子達の方も――特に冒険者志望の者にとって、Aランク冒険者であるキコの実践的で分かりやすい手ほどきは、天才肌でときに感覚重視となりがちなお師匠の指導よりも刺さることが多いらしく、日に日に彼女を慕う者は増えていった。

 これはイギーの方も同様で、盾士としてタンク役を担う者や俺のように剣と盾で戦う者への実技指導だけでなく、パーティー全体としての効果的な防御態勢の構築……といった講義まで熟しており、お師匠の道場は単なる剣術道場という域にとどまらず、冒険者に幅広く戦闘技術を教える場へと昇華していた。


 まぁ、キコやイギーに指導を委ねている件については、実際のところ流石のお師匠も寄る年波には勝てないんだと思う。先日、久々にお師匠の能力を覗いたら、合計値がついに五十ポイントを割り、四十八ポイントにまで低下していた。あのお師匠であっても老いは確実に迫っているのだ。

 とは言え、冒険者の平均値が四十ポイントのこの世界にあって、お師匠の年での四十八ポイントが規格外であることに変わりはない。加えて、あの人には一撃で相手の剣を粉砕する奥義まであるのだから。

 ポンコツ神から貰ったボーナス五ポイントのお陰もあって、既にお師匠の合計値を超えた俺であるが、お師匠相手にはまるで勝ち筋が見えないでいる。


 その俺は相も変わらずアケフ育成マシーンと化している。

 が、アケフのような稀代の名馬の育成――その一端をお師匠ほどの達人と共に担えることは、自称名伯楽として誇らしいものがあり、俺にとってはこの上ない喜びである。

 無論そのことは、お師匠には秘密なのだが……



■■■■■



 よく晴れた冒険日和のとある日。


 にも関わらず俺達に相応しい依頼がなかったそんな日は、イヨとアケフはお師匠から直々の手ほどきを受け、キコとイギーは弟子達に稽古をつける。


 そして俺はと言えば、モーリーと二人で北方諸国家群へと通じる北の街道沿い、俺が初めてこの世界に転移した場所付近へと赴いていた。

 その目的は、ゴブリンを使った人体?実験のためである。


「ライホー、いい加減もう止めにしないか?ボクはもうウンザリだよ……」


 モーリーが泣き言を吐く。

 まぁ、それもそうだろう。俺もモーリーもコレに慣れるまで、何度反吐をぶちまけてきたことか。


 気乗りしていない様子の彼の手を引き大森林浅層部へと分け入った俺は、サクッと二匹のゴブリンを生け捕ると彼らが身動きできぬよう木の幹に縛り付ける。


 さぁ、いこーか!――そうモーリーに声を掛けた俺は、短刀でゴブリンの腕を深く抉る。


 ゲッ?ゲゲゲゥ――ギャウ!!


 ――ふむ、この森にはあの黄色がかった希少種、ダンディー?ゴブリンはいないようだな。


 そんなくだらないことを考えていた俺の横では、痛みで叫び声をあげるノーマル?ゴブリンを相手にモーリーが治癒魔法をかけていた。すると、軽くかけただけのその魔法は、深い裂傷をみるみると癒していく。


「また回復速度が上がったんじゃないか?モーリー」

「何か月もこんなことばかりやっていれば早くもなるさ……」


 そう。モーリーは、俺がイヨに教えた自身の爪を治癒魔法で伸ばす修行を日々行うことで、元々高いレベルにあった治癒魔法の効果を更に伸ばしていた。

 そして、時折こうして領都コペルニクの北方に広がる大森林に分け入っては、ゴブリンを使ってその効果を検証していたのだ。


「なぁ、そろそろ欠損部位の復元もできるんじゃないのか?」

「気軽に言ってくれるなよ、ライホー。あれは君が考えるほど簡単なことじゃないよ?」


 俺達……ってか、どちらかと言えば俺の方が前のめりになっているんだが、俺とモーリーの最終目的は、この世界では未だ誰も成し遂げたことがないとされる欠損部位の復元である。


「さぁ、モーリー、まずはしっかりと観察するんだ。そしてイメージして!」


 そう言うと俺は、第二関節からスッパリと切り落としたゴブリンの指を更に縦に切り分ける。自分の指を目の前で解体される――そんなショッキングな光景を目にしたゴブリンは、痛みと怒りで叫びまくるが、俺は一切気に留めることなく黙々と作業を続ける。


「特に注目すべきは腱、そして関節の部分だ。ここを上手く復元してやらないと意味がない。筋骨と血管だけを復元しても指としては役に立たないぜ?」

「何度見ても慣れないなぁ……うぷっ」

「そんなこと言ってないでよく観察して。それと――前にも言ったんだが、人体には意思を伝え、色々な刺激をフィードバックする糸のようなものが指先まで張り巡らされているんだ。俺達はその糸を通じて指を動かし、傷みや熱を覚知する。見ただけじゃよく分からないかもしれないけれど、このことは心に留めておくんだ」


 俺の言葉を受けたモーリーが静かに目を瞑る。

 治癒魔法の発動前に脳内でイメージを描いているのだろう。

 十秒ほどしてゆっくりと目を見開いた彼に俺は語りかける。


「さあさあ、ここから肉芽が増殖し、徐々に指を構築するイメージだ!モーリー、お前ならできる!」



 イメージが治癒魔法を強化する――そのことをイヨとの特訓で学んでいた俺は、イヨよりも治癒魔法への適性が高いモーリーなら、指程度であれば欠損部位の復元も能うのではないか――そんな予想をしていた。

 本来、治癒魔法の行使に際し、個々の部位の仕組みや役割を識り、治る過程を具体的にイメージする必要はない。が、それをすることで治癒魔法の発現効果に大きな差が生じることも事実であった。

 おそらく、細胞やDNAといったより深い知識までも熟知すれば、その効果は更に伸びるのだろうが、結局イヨはそこまでの理解は及ばず、爪や髪が伸びるイメージを援用できただけであった。それでも彼女はあのレベルに至ったのだ。


 最初、モーリーに前世の知識を明かすことも考えた俺であったが、イヨ以上に具体的なイメージをものにしさえすれば、前世知識などなくとも彼ならば充分な効果は見込めるのでは――と思い直したのだ。

 そしてどうやらその推測は正しかったようだ。ゴブリンの解体を通じ、人体への理解を大いに深めたモーリーの治癒魔法は日々深化していった。


 欠損部位の復元――いざ往かん!その前人未到の高みへと!!!



□□□



 遂にその日が訪れた。


 今日こそは……と臨んだあの日から更に三日後。遂にモーリーは歪ながらもゴブリンの指の復元に成功した。


「やったな!モーリー!!」

「あぁ……、ありが……とう。ライホー。感謝していいのか分からないが、君の深い知識と狂気染みた嗜虐性のお陰だよ」


 モーリーが褒めているのかどうか分からない言葉を並べているが、ここは素直に感謝してもらいたいところだ。


「さぁ、そうしたら、その感覚を忘れないうちに、次、いってみよー!」

「いやいや、今日はもう無理だって。魔力だって残り少ないんだし……」

「そうなのか?残念だ……。じゃ、最後は俺の実験をして終わりにしようか。命は粗末にできない。最後までしっかりと使い切らないとな。モーリー、周囲の警戒を頼む」


 そう言うと俺は、雷魔法を発動する。

 どの程度の魔力を込めると、どの程度のダメージと効果を与えられるのか――日々欠かさず行ってきた魔法制御の修練により高度な制御力を身に付けた俺は、ミスリル混の剣(劣化版)に流す魔力を精緻にコントロールしながら、ゴブリンに与えるダメージを黙々と検証するのであった。

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