第62話 異能
あの日俺に与えられた任務は伯爵家王都別邸の警備であった。
警備とは言っても、門番や邸内を警邏するわけではなく、俺の能力で不審者を検知して執事長のラトバーに知らせる……といった役回りである。
警備が必要となる裏事情など教えてもらえるはずもないが、俺達が独自に収集していた情報から鑑みれば、権力闘争に向けた謀議や根回し、多数派工作が行われるってところか。
んで、当然のことながら各貴族家の諜報機関も暗躍する――ってことだな。確かに俺の能力の使いどころだろう。
「ライホー殿には邸内の不審者を監視してもらいたい。少しばかり内密な儀があってな」
「ラトバーさん、俺の能力はそこにいるダーリング殿から聞いているんだろうが、俺は人の数や位置は分かっても敵か味方までは判別できないぜ?」
「無論それで構わない。初めに邸内の人間を一度広間に集める。そのとき広間以外に他の人間が潜んでいないかは分かるんだろう?」
「……あぁ、そういうことか。そこで他に誰もいなければ、その後の人の出入りを全てラトバーさんに知らせればいいんだな?」
「話が早いな。敵か味方かの判断は私が行う。君らはそこまで考える必要はない。ライホー殿とエルフ嬢の控室は私の執務室の隣に用意するからよろしく頼む」
ラトバーはそう言うと、6日後の昼過ぎに――と改めて念を押し、サブリナと共に去っていった。
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そして当日。
俺とイヨは数日前に宿を介して求めた小綺麗な衣装に身を包み、伯爵家から差し回された馬車に乗ると、伯爵家王都別邸へと向かった。
「なんで私達2人だけなの?ライホー」
「まぁ、理由は幾つかあるんだろうが、一番はあまり多くの部外者を屋敷に入れたくないんじゃないのか?そもそも俺達の任務は不審者を洗い出すことなんだから」
「キコ達は不審者じゃないでしょ?」
「そりゃそうだが、伯爵家にしてみれば完全に信用できるって相手でもない。不安要素はなるべく減らしたい……ってところだろ」
「それじゃ、私は?」
「……かなり粗い推測になるんだが、男1人だけを招くよりも富裕層っぽい男女をペアで招く方が外部からは疑われにくいってことじゃないかな?多分」
「外部?」
「あぁ。不審者の侵入を疑うってことは、外部から屋敷を監視されているって可能性も想定しているんだろ?おそらくな」
多分、おそらく……そんな曖昧な返答だらけだったものの、とりあえず納得してくれたイヨだったが、数秒後には視線を斜め上に移すと、まるで白磁のように白く滑らかな頬にこれまた白くしなやかな指を添える。どうやら新たな疑問が生じたようだ。
――俺の相方がパーティーリーダーのキコじゃなく、お前だった理由だろ?
イヨの問いを先回りした俺は、少し言い難そうな表情を浮かべながら続ける。
「そりゃ……キコのあのガサツな口調とボサボサ頭じゃ、貴族家に招かれる富裕層の役回りは熟せないってことさ。まっ、まぁ、いずれにしても不審者を発見するだけのラクな仕事だ。切った張ったの荒事は多分ないだろうし、あったとしても他の連中の役目さ。俺達は気楽にいこうぜ?」
俺は前段のキコを評した部分を深く突っ込まれないように早口で捲し立てると、速やかに車窓へと視線を逸らしたのであった。
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「すまないが少し試させてもらうよ」
ラトバーはそう言うと、渋みのある低い声色で続けた。
――この広間には屋敷中の使用人と護衛を集めさせてもらった。が、伯爵様はこの広間にはいらっしゃらない。護衛と共に自室におられる。その人数と方向を答えてもらおうか。
ラトバーはサブリナから俺の能力を聞いているはずだが、最終的には自分の目で確かめなければ気が済まないようだ。随分と慎重なオッサンらしい。
対する俺は、屋敷中から使用人やら護衛やらが移動してくる間に、一切動かない魔素の塊が5つあることに気付いていた。
「4人だな。伯爵様を含めて4人。方向はあっちだ」
俺が指差す方向は伯爵の居室なのだろう。サブリナが満足気な笑みを浮かべている。
「……正解だ。試すようなマネをして申し訳なかった。だがこれで安心できる。ライホー殿の能力は本物のようだな。さぁ、すまないが皆はまた持ち場に戻ってくれ」
ラトバーのその声と共に使用人は三々両々と散っていき、護衛の連中はツーマンセルで規律正しく持ち場へと戻っていった。
「君らは私と共に来たまえ。先日も話したとおり私の執務室の横に控室を設えてある」
そう言うと、中年のメイドを従えたラトバーは歩き出す。
広間を出て玄関ホールから2階へと続く大階段を登ると、そこから少し先にあるラトバーの執務室の手前に俺達の控室は用意されていた。
「では何かあれば速やかに私まで報告を。他に雑多な頼み事があれば彼女に申し付けてくれ」
ラトバーは中年メイドに視線を送ると俺達に背を向け、執務室のドアへと向かっていった。
俺は控室へ入ろうとするイヨの手を取り引き止める。そして当惑する彼女と共に中年メイドの脇をすり抜けてラトバーの執務室へ向かう。
失礼、ラトバーさん――そう呼びかけた俺に、なんだ?という猜疑の表情を浮かべてラトバーは振り返る。俺は片方の唇を吊り上げ、シニカルな表情で訊く。
「さっきの試験、本当にあれで合格だったのかい?」
俺の科白にラトバーは細く鋭い目を見開いた。
「その表情から察するに、伯爵様の部屋とは別に潜んでいた1人も……試験の一環だったんだな?」
そう。俺が察知していた魔素の塊は5つ、そして伯爵の周囲には伯爵を含めて4つの塊。
残った1つの魔素がラトバーの試験の一環なのか、それとも本当の侵入者なのか分からなかったため、俺はあえて沈黙を選択した。真の侵入者であればあの場では騒ぎ立てず、後で密かに拘束すべきだと思ったからだ。
一方のラトバーは、俺が5人目を指摘できなかったことを少し残念に、そして少し安堵しつつ受け止めていたようだ。
真一文字に結ばれていた唇を震わせながら何かを言いかけようとしたラトバーだったが、彼の口が言葉を紡ぎ出す前に俺は機先を制した。
「サブリナ殿もそうだったが、貴方も本当にお人が悪い。意地の悪い試験を課すのはコペルニクのお家柄ですか?」
俺は嫌味たっぷりに言い放つ。
「いや、驚いた。気付いていない――と思った。が、これは必要な措置だよ、ライホー殿。君がどこまで察知できるのか?それを知っておくことは、場合によっては我々の死命を制するのだからね」
えっ?えっ?と戸惑うイヨに、後で詳しく話すよ――と伝えると、俺は改めてラトバーと対峙する。
「そこは否定しませんがね。ならばこれで全幅の信頼を置いていただけましたかねぇ?」
「ライホー殿の能力については……ね。だが逆に恐ろしくもある。潜ませていたのは当家の暗部の長だぞ。私にはよく分からぬが、気配を察知できる者が相手であってもそうそう気取られるものではないと聞いていたが……」
それはそうだ。俺の能力はアケフやお師匠の気配察知とは本質的に異なる。
アケフ達は周囲の気配を察知する。それは気配を隠すことに長けた者を相手にした場合、その力を十全に発揮することができないことを意味する。伯爵家の暗部の長とやらも気配を抑える術を身に付けているのだろう。
が、俺の能力はその生命体が保持する魔素を直接感知するものだ。
この世界に生まれ落ちた者にとって魔素とは空気のようなものである。そのため、それを意識することはなかなかできない。故に魔素を抑えようとする意識も働かない。気配を抑えるときは自然と魔素の方も一定程度抑えられるようだが、その割合は保持する魔素全体と比較すれば数割程度でしかない。
逆に、魔素がない地球で生まれ育った俺にとって、魔素という存在は周囲に漂う違和感そのものである。人が動けば魔素も動く。魔物が動けば魔素も動く。そしてそれらが纏う魔素の量は危険度の判断基準にもなる。
転移した当初、この感覚は戦闘だけではなく日常生活においても大きなアドバンテージとなり得る。決してこの感覚を鈍らせてはならない――そう決意した俺であったが、現実には鈍らせないどころか、磨けば磨くほどその感覚は研ぎ澄まされ、今やこの世界で他に所持する者がいない俺の大きな武器に育っていたのであった。
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